詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(二十)& 詩


アリの告白


俺はワン・オブ・ゼムの働きアリだ
しかし母親は選ばれし女 女王アリ
俺は高貴な王族の血筋を受け継いでいるが
ほかの有象無象もそう言い張るのだから意味もない
しかしおれはやつらと少しばかり違う
少しばかり頭がおかしいという少しばかりの優越感だ
あくせくがむしゃらに働くやつらをバカにしている
しかしやつらは俺を怠け者だとバカにしやがる
こういう食い違いは放っておく以外にないだろう
この世界 決められた仕事をきっちりこなすのがリコウだとよ
いや 適当にズルをしながら長生きしたやつがリコウさ
お互いバカにしているところはどこの社会も同じこと
しかし、おれのケツはいまだピンピン黒光り
やつらのケツはもうシワシワヨレヨレさ
あいつら何十メートルも重荷を担いで
食糧プールに投げ込んでフーッとため息をつきやがる
「そのため息はなんなんだい?」
「大満足のため息さ。労働したっていう満足感だ」
驚いたぜ!
こいつら重い荷物から解放された喜びのために
重い荷物を喜んで担ぐってわけだ
俺はその荷物をこっそりくすねる喜びのために
軽い荷物を喜んで担ぐってわけだ
お互い喜びのために生きているんだなあ……


おれは隣の猛烈アリにたずねてみた
なんでそんなに頑張るんだ
するとそいつは明快に答えやがった
「不安をまぎらすためさ」
ああそうか 俺はキリギリスみたいに楽天的だ
落ちるところまで落ちたって
なんとか生きていけると思っている
仲間のおこぼれを拾って エサを見つけた振りをして
威風堂々と巣穴に戻ることも平気の平左さ
だが待てよ 俺も不安は持っているのさ
飢え死にしたキリギリスの死体を運んだことがあるからさ
「軽きに泣きて三歩歩まず」ってなわけ
皮ばかりで食うところなんざありゃしない
けんど実際はしっかり倉庫に運んでやった
ぐうたら社員がよくやる、はい「ポーズ」さ


いやいやちょっと脱線しちまった
真面目な話をすると、飢えなんざ大した不安じゃない
もっと根っ子にある不安があるだろ、ほら
そんなこと考えたら、神様に叱られるってやつが……
けんど働き者も怠け者も おんなし不安に苛まれているんだ
いったい何のために生きているのかって不安だよ
「お前、アリさんとどこが違うんだよ」って不安だよ
とっても気味の悪い、えげつない、哲学的な不安じゃない?




ロボ・パラダイス(二十)


(二十)


 チカの脳回路には、秘密基地で活動するチカⅡの日常も共通記憶として蓄積されていた。チカが千人、万人に増えようと、その共通記憶は同じで、それは人類のDNAに組み込まれた太古の記憶と似たようなものだった。DNAに刻まれた記憶は無意識の中で人の行動を均一に誘導するが、二人のチカは意識的に連携する必要があった。二人のチカは常にすり合わせていないと、人格自体がどんどんかけ離れていくだろう。ポールと二人のエディは元々同じ脳味噌だったが、互いに連絡を取り合うことがないので、三人三様の人格を持つ方向に進んでいる。ひょっとすると、二人のエディはポールに敵愾心を抱く可能性があった。エディとエディ・キッドも、二人の間に壁を造ってしまった。それを目論んだのはチカで、それは成功しつつあった。
 チカはエディが自分を殺した犯人であることを確信していた。彼女の脳データには殺されたときの記憶はなかったが、二十歳のときに脳情報をスキャンするまでの記憶は電子データとしてしっかり保存していた。特にスキャンする前の数ヶ月間、彼女はエディを脅迫していたことをしっかりと覚えている。「それは脅迫なのかしら?」と、チカは時たま自問するのだ。


 彼女はませていて、九歳のときからエディが好きだった。しかし、エディは女の子には興味がなく、いつも男の子どうしで遊んでいた。特に、双子の兄であるチコとはいつも一緒にいた。彼女はチコに嫉妬心を抱いていたのだ。
 そして事件が起きた。チコとジミーがあの海で溺れ死んでしまった。チカはその有様を浜辺から見ていた。チカは近くにいた大人に知らせたが、自ら海に飛び込もうとはしなかった。チコと違って彼女は泳ぎが得意だった。兄を愛していなかったわけではないが、身を挺してもといった気分にはなれなかった。結果としてチカが巻き添えで死ぬことはなかったが、後々後悔の念は付きまとった。ひょっとしたら、兄が死ねばエディの関心が自分に向かうとでも思ったのだろうか……、いやそんなことはなかった。
 チカはあの事件以来、エディがチコを殺したと思ってしまった。それなのにエディへの愛は消えることがなかった。エディは自らの命を守るため、首に絡み付こうとするチコの腹を蹴った。けれどそれは自衛行為に過ぎないだろう。しかしチカはしっかり見たのだ。男の子たちが砂浜の海に向かって走り出すとき、チカは愛するエディのことしか目に映らなかった。彼女は目撃した。エディが水泳パンツに何か差し込んだのを。それは真夏の陽を跳ね返してピカリと光った。一瞬ではっきりとは分からなかったが、細長かった。きっとそれは、男の子たちが手裏剣と称していたものに違いないと思った。彼らは時たま近くの線路に釘を置いて通過する電車に踏ませ、手裏剣を作って遊んでいたからだ。警察はチコとジミーの死体を引き上げたが、最初から事故だと決め付けていたため、破れた浮き袋を懸命に探すことはなかった。それからエディと再会するまで、二人はこの海に来たことがなかった。
 時が経つにつれ、チカは光るものが本当に釘であるかを疑うようになってきた。ひょっとしたら、水泳パンツの内ポケットにコインを入れたのかも知れなかった。マドレーヌ島を目指しても、海に突き出た単なる岩で、売店などあるはずもない。それなら、万が一のためのホイッスルだったら細長いし、可能性はある。しかし、子供がそんなことまで考えるだろうか……。だいいち、そんなものを持っていたら、きっと見せびらかしただろう。


 チカはエディへの恋慕を断ち切ることができず、エディの弁護をするような感覚に囚われて悩んだ。あれが釘なら、エディはチコを殺した犯人だ。しかし、釘でないならそれは濡れ衣だ。チカは長年悩み続けた末、十八歳のときにエディと再会することを決心した。エディに真相を聞くためにか、あるいはエディに愛を告白するためにか、チカにははっきりと分からなかったが、毎日のようにエディの面影が浮かんできて、精神的にも参っていたのだ。
 チカはにわか勉強をして、エディと同じ大学に入った。学部は同じでなかったしキャンパスは広かったが、すぐにエディを見つけることができた。
「お久しぶりね。十年ぶりかしら……」というのがチカの最初に発した言葉だった。そのときのエディの驚いた顔つきは、ロボットになった今でもしっかりと覚えている。それは亡霊に遭ったときのような恐怖で硬直した表情だった。エディはすぐに気を取り直し、「いいや、正確に言えば八年振りかな……」と返してきた。
 大学近くのカフェでしばらく昔の話をした後、チカはエディに愛を告白したが、それが恋しているためか、真相を究明したいためなのか、彼女自身にも分からないところがあった。
「あなたはチコを助けられなかったけれど、私を助けることはできるはずよ」
「君はチコにそっくりだから、フラッシュバックのように、事故のことを思い出すかも知れない……」
「いつも私を見ていれば、そんな病気飛んでいってしまうわ」
 こうして二人は恋人どうしになった。チカが死ぬまで……。


 死んでロボットになったチカはチコやジミーと再会したが、釘の話をしなかった。彼らが知っているのは、チカから聞いた死んだときの様子だけだった。エディは逃げ、ジミーは助けようと思って懸命に泳いで来た。結果として、生き残ったのはエディだけ。しかしそれは自己防衛で、エディに責任を負わすことではなかった。ところが二人のエディはチカよりも真相を知っていて、そいつを無理やり忘れたはずなのだ。チカの脳データにはエディに問い詰めた記憶が刻まれている。その一部始終をデータに残したのは、万が一殺されるときのことを考えたからだ。
「あなたが水泳パンツに隠したあれは何だったの?」
 しかしエディは「いったい何の話?」と寝耳に水のような顔付きでしらばっくれた。
「いったいどんな理由で、チコを殺さなければならないんだ!」
 そう言われると、動機をまったく思い付けなかったのだ。それならなぜ、自分は殺されたのだろう、とチカは自問した。しかしエディは、すぐにカッとなる人間でもない。冷静を装う人間……、ひょっとしたら強度なサイコパスとか殺人狂の類かも知れない。少なくとも、自分がエディに殺されたのだとすれば、あれは釘だったという証明にはなるだろうと思った。エディは故意に浮き袋に釘を刺した、だがいったいどうして……。



 エディ・キッドはチコを殺した記憶をゴミ箱に隠している。エディはチコとチカを殺した記憶をゴミ箱に隠している。しかし百歳の脳味噌のゴミ箱にはゴミが溢れていて、下の部分は押し潰されて、炭化しているかも知れない。まずは二十歳の脳のゴミ箱を漁るべきだ、とチカは考えてキッドに取り付いた。キッドのゴミ箱からチコを殺した凶器と動機を掘り起こすのだ。
 チコとチカ、エディとエディ・キッド、それにピッポの五人は水着姿で再び海岸を訪れた。チカはキッドと手を組み、エディとチコは手を繋いだ。子供の頃エディとチコは良く手を繋いで歩いていたのだ。突然チカは七センチくらいの平たく潰れた釘を手提げから取り出してキッドに見せた。
「海の底で拾ったの。あなたの釘でしょ?」
「まだそんなことを聞くのか!」
 キッドは癇癪を起こしてチカの手を振り切り、海に向かって一目散に走り、水に飛び込んだ。二十歳の脳は、チカの詰問を鮮明に思い出していた。
「そうだ、あれは僕の釘だ。しかしそれは、マドレーヌ島への遠泳記念として、岩にみんなの名前を刻もうとしたからだ……」
 三人は砂浜に腰を下ろし、波と戯れるキッドを見詰めていた。キッドは海から上がり、再び駆け足で三人のところに戻ると、いきなりエディの顎を殴った。バットで硬球を叩いたようなクリア音がした。
「さあ思い出せ! チカちゃんを殺したのはお前だろ。僕はちゃんと思い出したぞ。僕はチコを殺していない。あれは単なる事故だ。なのになんでお前はチカちゃんを殺したんだ!」
 ピッポが慌ててキッドを制止した。殴られたエディは悲しそうに微笑みながら、興奮したキッドをぼおっと見詰めていた。チカも驚き顔でキッドの鬼のような形相を眺めながら、「あんな顔を見ながら死んでいったのかしら……」と呟いた。この男の本性を見るのは、きっとこれが二度目だったに違いない。一度目はチカ自身が殺されたときだろうが、それが想像から真実に変わるにはエディが自ら記憶を掘り起こす必要があった。しかしエディの百歳の脳味噌は疲弊していて、それがロボットの顔にも現われていた。エディは認知症に罹った老人のように、無表情に涙を流し始めた。


(つづく)




響月 光(きょうげつ こう)


詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




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