詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(二十一)& 詩

鎮根歌Ⅰ
聖者


村人は彼を「木の聖者」と讃えた
聖者は木になろうとしていた
拡げた両手はそのまま枝となって固まった
大樹にはなりえない貧弱な老木
しかし風雨に耐えながら何年も朽ちることはなかった
悟った者は死ぬ必要もないだろう
死すべきときに迎えがやってくるだけなのだから
神は遠い昔に死んで 聖者だけが生き残った
神は人のことを考えて死んでいった
聖者は人のことを考えずに生きている
自分のことしか考えないのが定めだ
自分は何のために生きているのかと…
幸せも 不幸も 喜びも 悲しみも
すべては自然の摂理である
神は人に関わりすぎて死んでいった
聖者は人に関わらないように生きている
木は愚痴も発せず、自然のなすがままに身をゆだねる
村人が枝を刈って薪にしようと怒ることはない
村人がか細い幹を鋸で引いて薪にしようと怒らない
すべては自然の摂理である
聖者が木になろうとしたのは
それがあまりにも寡黙であることだ
ただなすがままに 自然のなすがままに
当てにならない大地をしかと受け止め 握り締め
残酷な大気を吸って息づいている 


「嗚呼汚らわしい大気よ!」
聖者はようやく悟りの一歩を踏み出した 
――この高邁な意志に反して私は
物乞いのように村人にすがっているではないか
私の枝葉は穢れている あいつらの吐き出す毒気がなければ
私の緑はたちまち枯れてしまうであろう――
恐れた聖者はその場から逃げようとしたが
すでにその足は土の深くに根を生やしていた
だから… 村人が根こそぎ薪にしてくれることを願った
村人どもがいなくなれば聖者も枯れ果てるという腐れ縁
死んで時が経てば、村人どもは意に返さないという残酷さ
聖者はようやく気付いたのだ 
「愛とは腐れ縁か……」
愛のために人は生きていることを…
――ならば私は自らを愛するために生きている
愛とはこの体からにじみ出る粘々とした膿のことである
それは揮発性の松脂である
ときには毒々しい色をして悪臭を放ち
ときにはうっすら透明でみずみずしい香りを漂わせる
しかし愛は燃えやすく すぐに消え失せるものである
激しく燃える愛もあれば ゆっくり燃える愛もあろう
燃え尽きたあとには深く浅い傷口を見るに違いない
どちらが先かはニワトリとタマゴの関係であろう
すべては自然の摂理である――
さあ村人よ 聖者の体にまとわりついた松脂を皮ごと剥ぎ取り
夕べの仕度をしたらよい
それがこの世の愛のかたちなのだから
私の取るに足らない不幸は 
村人に一時の幸せをもたらすであろう…


聖者はようやく悟りの境地に辿り着いたのだ
私の存在は、村人の悲しみを受け入れるだけのものであることを……
私の愛は、村人の鼻に忍び入る揮発性のしびれ薬であることを……
ただそれだけが、太古より生き物たちの悲しみを癒してきたのだ……、と




鎮根歌Ⅱ
丘の一本樫


村はずれの禿山に生えた一本の樫の木
双葉から老木への五〇〇年もの間
住人どもを一瞥してきた
昔は走り回る人間がうらやましかった
崖っぷちに囚われ、風にからかわれるがまま
年輪を重ねるうちに賢しくなった
自由である人間の不自由が分かり
不自由な大木の自由も分かった
人間にとっても樫にとっても
一年を乗り切るのは至難の業だ
しかし孤高の樫には立ち枯れる自由があった
群れなす人間どもは死の自由さえも奪われ 
互いの体を絆で縛り合った
嗚呼、運命共同体という不自由
男どもはせわしく動き回り
王や地主に頭をペコペコ下げた
子供たちは腹を空かせ、弱い子は強い子に盗んだ実を捧げた
女たちは金持ちの男に色目を使った
老人たちは物乞いのように息子の顔色をうかがった
人間どもは、薄汚れたねばねばしい縄で結ばれ 足を絡め取られ
断ち切ることもできずに脱腸のように引きずっていた
寝床で死のうが野垂れ死のうが
しかし死ぬときは穏やかな顔つきになり 
それは闘争が終わり、天から自由が来た証だった
しかしつかの間の喜びは蛆となり、たちまちにして朽ちていった
比べるに、一本樫は五〇〇年泰然として穏やかだった
大風で軋ることはあった
寒さに震え上がることもあった
喉がカラカラになったこともあった
しかし怖くなかった 孤立していた
守るべき誰も抱えていなかった
大樹の心を持っていたのだ それは仲間を知らない心だ
春には無骨な根塊から栄養がなみなみと上がってきた
葉を通して太陽の恵みが降り注いだ
比べるに、人間は春を夢見るだけの飢えた動物だ
貧乏人はまだしも、地主も王様も夜には夢を見た
さらなる高みへと 収まらない欲望が募り 
下卑た狡知を加速度的に育ませた
しかし樫は 哀れで愚かな人間が好きだった 
樫は、夢見ることがまったくなかった
ただ見守るためだけに生きてきた老木だった
「私が生まれるずっと前から、彼らの祖先は捕食者を恐れる性格を持ち続けてきた。その恐怖が妄想を育み その妄想が悪知恵を生んだ。そしてその妄想は生きがいとなったのだ」


あるとき 村の利発な少年が樫のところに来てたずねた
あなたは五〇〇年も生きているのに父さんはなぜ四〇年で死んだの?
人間があなたと同じくらい生きられる方法はないの?
坊や それは実に簡単なことなんだ
トカゲの尻尾が切れても伸びるように
嵐で吹き飛ばされた私の枝もまた伸びるのさ
それはすべての生き物の特権なんだ
そう、人間も例外ではない まだ知らないだけさ
老人の細胞を赤ん坊の細胞に置き換えるだけの簡単な話なんだ
少年は大人になって不死の薬を作り出し 王様に献上した
そして王族と金持ち連中は 五〇〇年の寿命を得ることができたのだ
そして世界はいつしか 少数の長寿族と多数の短命族に分かれてしまい
短命族は長寿族の奴隷となった


芽吹いてから一〇〇〇歳の誕生日を迎えた日
悪魔が天から降りてきて第七の枝に腰をかけた
俺は小鳥ではない、神の使いとして降り立ったのだ 
お前に一〇〇〇年もの命を与えたのは
人間どもの最後を見届けさせるためだ
人間を愛しすぎ、神の秘儀を漏らしてしまった罰さ
神はすべてを平等に創造されたのだ
すべての生命に 相応の命を分け与えるため 
あえて単純なからくりを試されたのだ 
神は人を見くびったが人も神を見くびった
生命の神秘は川に沈む黄金の指輪に等しい
指輪を手にした者は人類を滅ぼすことになるのだ
プロメテウスは神から火を、お前の少年は不死を奪った
神は二度も愚弄され、去っていった
神は死んだのではなく、去ったのだ 
天は消え、人の上には人が造られ、人の下には人が造られ
人は人の道具として生まれゆくようになった
もはや人は神が創られた生命ではない 
人が造った機械に過ぎない それは怪物だ
神はすべての生命に従順さを求めてはいない
しかし怪物が神の代わりになることには耐えられないのだ
さあ樫よ、プロメテウスの子孫にその意味を示すときが来た
目には目を、火には火を
悪魔は枝の上でタバコに火を点け、そいつを枝葉に押し付けた
老木は巨大な松明となってファイアストームが起こり
一瞬にして、愛すべき丘の下の家々を焼き尽くしてしまった




ロボ・パラダイス(二十一)
(二十一)


 フランドルとその子分たちは民族の自治権を奪い返すため、新しいボディを得て地球に帰還することになった。一方、マミーの腹の中にいるヨカナーンは、その役割をチカⅡに託し、安全な月の裏側から指示を飛ばすことに決めていた。
 ヨカナーンは地球連邦政府議長から地球人口半減のシナリオを受け取っていた。地球連邦政府は、月の裏側に「サタン・ウィル」という多臓器不全ウイルスの秘密研究所を造っていた。古のサタン・バクであるペストは、ヨーロッパの人口の半減も可能にするほど猛威を振るったが、サタン・ウィルもほぼ同等の効果がある。抗生物質のない時代、隔離以外にペストを封じ込める手段はなく、自然収束を願うだけだった。しかしウイルスにはワクチンという封じ手がある。ところがサタン・ウィルのワクチンは製造が難しく、一年前にこの研究所でようやく開発されたばかりだ。これでマッチ・ポンプの道具立てが揃ったことになる。
 議長は地球にサタン・ウィルをばら撒き、そのワクチンを高価格で販売することにしたのだ。これにより、アダム・スミスの「見えざる手」によって、放っておけば貧乏人は死に、金持は生き残ることになる。ワクチンの買えない大衆は反乱を起こす可能性があったので、パーソナルロボというはけ口を与えることにした。脳データさえ取っていれば、肉体は死んでも魂は永遠に生き続けるというわけだ。議長はサタン・ウィル作戦の十年前から布石を打っておいた。百歳以上の高齢者を「離脱」という名目でパーソナルロボ化する法律を施行したのだ。「離脱」が人間の死ではないことを常識化する目的だった。当然のことだが、温暖化解消への後戻りできないティッピングポイントは間近に迫っていたので、これは人々の意識を変えるための工作に過ぎなかった。大本命は、殺人ウイルスの地球汚染による急激な人口削減にあった。
 議長はこの汚れ仕事を、迫害によって消滅しつつある少数民族に押し付けよと考えた。民族主義者のテロ行為というわけだ。地球を夢見る一般的なパーソナルロボだと、地球上に住む遺族や親戚などのしがらみで殺戮の手が鈍る可能性があった。しかし少数民族は特定の地域に囲われ、孤立し、迫害されていて、「自由」というエサには食いつきやすいし、消滅を恐れているので逼迫していて、甘言にも乗りやすい。議長はヨカナーンに少数民族全員のワクチン供給を約束したが、供給が追いつかなくなってもそれぞれの地域には陸の孤島のような閉鎖空間が数多く点在している。それは抵抗運動に参加した人々を収容する強制収容所だった。皮肉なことに、ここに隔離すれば劣悪な環境下でもなんとか生き残ることができるのだ。


 チカⅡ、ジミー、フランドルは、数十人の部下を連れて秘密研究所を訪れた。月の裏側は起伏が激しく、月面車は通用しない。彼らは地球時間でほぼ一日かけて到着した。出迎えた十人は、地球でサタン・ウィルの開発に従事していたが、汚染事故で全員が死亡し、ロボットになってここに送られてきた。彼らは週一で脳データをスキャンしていたため、研究の継続に支障はなかった。
「我々が死ぬことも惜しまず、手塩にかけて育ててきた最強のウイルスだ。これで地球人口を半減させ、地球温暖化に歯止めをかけてくれたまえ」
 研究所長は、百個のウイルス爆弾を用意していた。直径三十センチほどの円盤で、起動させると二十秒で爆発し、付近にウイルスを撒き散らす。これを地球帰還カプセルの外側に貼り付け、大気圏突入の際、周りを取り囲む氷が融け切った時点で分離し、起動スイッチが入る仕組みだ。天から恐怖の大王が降ってくることになる。
「地球全体で百個というのは少なすぎません?」
 チカⅡの問いに所長はニヤリと笑い、「あんまり急速に広まったら、ワクチンを打つ前に金持どもが死んじまうよ」と答え、「それに地域的な偏りが出てしまうのも、自然発生を装うには必要なのさ」と付け加えた。帰還軌道から考えても、特攻隊が地球に急降下する場所は偏らざるを得ないというわけだ。
 すでに地球では秘密工場でワクチンの製造が進められており、フランドルとヨカナーンの故郷には秘密裏に搬送されていた。二人は地球の仲間から確認を取り、議長もヨカナーンにゴーサインを出した。
 フランドルたちはウイルス爆弾を各人二つずつ両脇に抱えて研究所を後にした。基地に戻る途上、フランドルはチカⅡに話しかけた。
「正直、ヨカナーンがこんなことを仕出かすなんて思ってみなかったよ」
「ヨカナーンは民族浄化を取るか、貧乏人浄化を取るかの二者択一を迫られたのよ。彼の地域の人たちはその両方に属する。いまや貧乏人は、金持にとって目障りな多数民族だわ。金持どもは貧乏人の吐き出す二酸化炭素の巻き添えにはなりたくないの。自分たちが一番吐き出してきたくせにね」とチカⅡ。
「いずれにしても、ヨカナーンが断ったら、あの民族は地球から一掃されてしまう。この作戦は、俺たちを利用しなくても簡単にできる。それなのに俺たちを利用したいのは、ヒトラーにはなりたくないってことさ。テロリストがウイルスをばら撒いたことにしたいんだ」
「あなたは自分の民族を守るために、私は……」
「私は?」
「私は所詮コンピュータ思考なの。地球温暖化で人類の半数以上が死ぬのは必然だわ。きっと地球は地獄になって、最後には核ミサイルも飛び交うでしょう。私は人間以外の地球生命体を守りたいの。ほかの生物はサタン・ウィルで死ぬことはないもの」
「確かに君は論理思考だな」と言って、フランドルはシニカルに笑った。


 いよいよ地球帰還の日がやってきた。チカⅡ、ジミー、フランドルをはじめとする百名の特攻隊員は、最新の脳データをスキャンしてデータバンクに保管した。もし戦闘で脳回路が破壊されても、データがあるかぎり何度でも再生可能だ。チカⅡはカプセルに入り込み、作業員がウイルス爆弾をカプセルの外側にセットした。そしてカプセルは氷の球体の中に入れられ、氷の栓でしっかりと密閉された。氷玉は地上に上げられ、コンベアに乗せられてカタパルト式の発射台に装着された。発射台の角度が調整され、自動的にスイッチが入り、リニアモーターにより玉は勢い良く発射される。立て続けに百個の玉が角度を微妙に修正しながら発射され、百個すべてが地球への自由帰還軌道に投入された。


 チカはチカⅡの出撃の有様を共有した。しかし、そのとき初めてウイルス爆弾を知り、チカⅡの秘密指令を理解したのだ、ということは、チカⅡは何らかの方法でサタン・ウィルス作戦の情報をチカに伝えず、ほんの少しのミスで、情報の一部がチカに漏れ、察しの良いチカが気付いたことになる。チカⅡは出撃の有様からチカへの通信を再開した。そこで、「ウイルス爆弾はちゃんと装着した?」というチカⅡの言葉を拾ったのだ。「成層圏で爆発し、地球に降り注ぎます。これでワクチンの無い貧乏人は全滅です」という作業員の言葉も入ってきた。ポールから分離した脳情報が、エディ、エディ・キッドという三重人格に育ったように、チカⅡもチカから離れて独自の人格に育っていくのを目の当たりにした。
「そうだ、元々人間には多くの人格が共存しているんだ。多くの細胞が協力して一つの個体を創り上げるように、多くの欲望が凌ぎを削りながらなんとか安定した心を築いている。第一世代が死んだ私だとすれば、私は第二世代、チカⅡは第三世代だ。オリジナルはもう無い。でもオリジナルに近いのは私だ。ひょっとしたら、チカⅡの脳はオリジナルとはかけ離れたものになっているかも知れない。その心は温かみを失いつつある。きっとメタルの回路を回りながら冷えていったに違いない」
 チカは、血の通っていたオリジナルが殺されたときの無念さを想像してみた。想像しかできない無念さが、ロボットになったいまでも釘のように鋼の心に刺さっている。チカもチカⅡも、月なんかに居たくはなかった。思いは見えない翼に乗って地球に渡り、想像の中で愛を求めていた。それは平和な地球の営みだった。ヨカナーンもチカⅡも、地球のスクラップアンドビルドを考えているのだろうか。チカが憬れている地球は、生きた人間とロボットに転生した人間が平和に暮らす社会だった。地球にウイルスをばら撒くような阿鼻叫喚の世界ではなかったはずだ。


 チカは海岸にエディとエディ・キッド、ピッポを集め、カメラの前で緊急避難命令を発したのだ。
「月から地球に発信します。皆さん、悪辣な地球連邦議長の命により、月の裏側にある秘密基地から地球に向かって殺人ウイルス爆弾が発射されました。緊急事態です。直ちに安全な場所に避難してください」
 チカの言葉は三人の目を通して地球に送られた。これを受けた放送局のディレクタは驚愕し、上司に相談することなくブロードバンド網に乗せてしまった。政府はすぐに揉み消したが、後の祭りだった。時は一九三八年、ある性格俳優がラジオで「火星人が攻めてくる」と怒鳴って全米がパニックになったときのように、全世界がパニック状態に陥るのは必然だった。しかし火星人は真っ赤のデマだったが、今回は真実なのだ。チカは三人に向かって宣言した。
「さあ、私たちは地球に戻るのよ。人を殺すなんて、もうウンザリなの。死ぬのは私だけで十分だわ。人類は優雅に滅びていくべきだわ」
「優雅って、ちょっと詩的過ぎない?」とキッド。
「しかし僕たちが戻って、何ができるって?」とエディ。
「じゃああなたたち、ここで指をくわえて見ている?」
「よし、俺は戻るよ。月なんかウンザリだ!」
 ピッポの投げやりな言葉に全員が共感し、なにがなんでも地球に戻ることになった。そうだ、ロボ・パラダイスの住人は、十人が十人地球に戻りたいはずなのだ。


(つづく)





響月 光(きょうげつ こう)


詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




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