詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(二十六)& 詩


海岸に打ち上げられた男の夢想


かつてポセイドンが私に語りかけたことがある
それは美しい松原のある砂浜に寝転がっていたとき
目蓋の裏の血潮がさっと引いて辺りが真っ暗になり
驚いて目を開けたのだけれど それは日蝕と異なる怪奇現象だった
ガリガリに痩せた裸の老人が 薄汚れたごま塩の髭をねじりながら
太陽を遮り 私を見下ろしていたからだ
若者よ怖れよ ここで寝転がっていると畳の上では死ねないぞ
この場所はポセイドンの聖域 人間にとっては生と死の狭間にある
お前はなにゆえくつろいでいるのだ 
まるでお前以上に強い敵はいまいとばかりに…
そうだお前は すべてを征服した夢をみていたのさ
しかし目の前に広がる大海原に飲み込まれれば
たちまちにして死んでしまうだろう 
空気なしにお前は生きていくことができないのだから…


私はポセイドンに言いわけをした
都会の空気を吸い込みすぎて頭の天辺から爪先まで
すっかり錆び付いたのですからここに来て
はらわたを新鮮な潮水で浄化し
垢だらけの皮膚を爽やかな潮風で清めたのですと…
するとポセイドンはハッハッとわらって愚か者と答えた
都会のサルは都会の空気で英気を養い
田舎のサルは田舎の空気で英気を養う
この潮風と潮水は宇宙由来の虚無の毒気
お前の肺胞を一瞬のうちに腐食するに違いない
しょせんお前は都会を根城に
ガツガツとエサを奪い合いながら
全身を血だらけに仲間を蹴落とし
子孫を守らねばならぬ運命だった
神から与えられた動物の使命は 他者を蹴散らすことだけさ
さて、お前の下卑た人生に何の価値があったろう
ならば人生を止めることに何の価値があったろう
価値なきものから価値は生まれない
何をしても何も生まれないお前には何もない
錬金術師ですら果かない夢を生んだというのに…
お前は路傍の石のように ただ存在しただけだった
なにも自ら転がり落ちることはなかったのに…


知っているか? かつて私はお前の悪夢の中にいたのさ
しかしお前の体が石であるかぎり
神としての自由を得ることはできなかったのだ
いま私は魔法のランプから飛び出た魔人のように
かつての宿主を殺し 解放されて
魔界を自由に飛びまわるに違いない
さあ かつての宿主であるお前に別れを告げよう
お前を包み込むカチカチの殻に別れを告げる時が来たのだ
さらばお前、蛸のように石になろうとした臆病者
鼓動を止め、活動を止め、生き物であることを放棄せよ
腐り、骨となり、本物の細石になりつつあるお前に祝福あれ
ようやくお前に平穏が訪れるが、それは路傍の石とは無縁の感情だ
ごらん、私の住処である虚無の大海原を
目の前に広がるのは、すべてのことどもがお前に関わらない世界
心というお前の幻想が小波に弄ばれて砕け散り、小魚の胃袋に納まるとき
お前ははじめて「平穏」の意味を知ることになるだろう…







ロボ・パラダイス(二十六)


(二十六)


 突然、チカⅡがオアフ島に現われたのである。その背後には数千のパーソナルロボたちが従っていた。議長は資産階級に、パーソナルロボの出陣を要請したのだ。彼らは金持階級の邸宅に同居していた先祖たちで、民衆革命を阻止するために派遣されたにわか部隊だった。金持たちは、広大な邸宅の一部で密かにパーソナルロボを住まわせている。政府もそれを黙認していた。彼らは子孫の既得権益を守るために脳データをしっかり保存し、志願兵となって出兵したのだ。しかも、死んだ爺さん一人の脳データは、百人、千人のそっくりロボットに注入されている。邸宅の地下倉庫には、百体以上のグランパ・ボディがテロや革命に備えてストックされていた。 
 このロボたちは、月から来たロボだけを狙っているわけでもなかった。人間に対しても平気でレーザー銃を撃ちかました。生身の高額納税者はプラチナ回路を体内に入れているのでセンサーで種分けでき、誤って自分たちの子孫を攻撃することもなかった。金持ロボ軍隊は的確に金持と貧乏人を認識し、救護活動を行っている月からのロボ集団にレーザー銃を撃ち始めた。これに対して、警察や軍隊が応戦し、ホノルルの街は市街戦の様相を呈してきた。彼らは上からの命令を無視して、民衆のために立ち上がったのだ。
 いよいよ欲望の資本主義が最終局面を迎えようとしていた。いまや悪疫とパーソナルロボの進攻で、ハワイから第三次世界大戦が始まろうとしていた。大国と大国の戦いではなく、金持と貧乏人の二極に分かれて戦うことになったのだ。金持たちの目指すものは、民主政治から貴族政治へのレジーム・チェンジ。それは水面下で着々と進んでいたが、詰めの一手がロボ志願兵による武力制圧だった。悪疫による世界の疲弊に乗じた進攻作戦。温暖化防止を謳い、地球環境を破壊する核兵器は使わない古典的戦争だった。しかし兵隊の多くは、人格を持ったパーソナルロボだ。レーザー銃で撃たれた市民は黒焦げになり、撃たれたロボは体に穴を開けて煙を出した。それでもロボは戦おうとするので、確実に殺すためには頭を射抜く必要があった。脳回路が燃えて初めて、ロボは死を迎えた。彼らは軍隊が大型火器を使えないよう単独で走り回り、ふらつく病人たちを盾にしながら、月から駆けつけたパーソナルロボや、支援の軍人を狙い撃ちした。製作費用がかかっているから性能も良く、俊敏な身のこなしで敵兵を蹴散らしていった。こんな光景が、世界中で展開し始めていた。金持軍が圧倒的に優勢だった。


 エディは、ワイキキビーチで水に浸かっている病人たちの救護活動を行っていた。その砂浜にチカⅡがやって来て、エディに電波を送った。
「戦争よ。のんびりと海水浴をやっている場合じゃないわ!」
 エディは海から出てきて、チカⅡにハグした。
「戦争が始まった? ハワイ島での救護活動は?」
「私はチカじゃない。チカⅡよ。あなたの知っているジミー少年は私の彼。でもあなたは昔々、私の彼だった……」
「君は僕を愛していた?」
「ええ、とってもね。でも、あなたはそれほどでもなかった。あなたは昔私を殺した。そうでしょ?」
「それがまだ思い出せないんだ……」
 エディの困惑した顔を見て、チカⅡは薄笑いを漏らした。
「きっとチカは、あなたのことを許しているはずよ。だって、立証困難だもの。でも私はチカとは違う人格なの。あなたがエディ・キッドと違うようにね。あなたは老人の脳味噌。きっと半分ボケていて、思い出そうとする気力も欠けている。人はみんな、自分に都合いいように、過去の記憶を修正するものよ。あなたの脳味噌は綺麗に修正して、過去の罪を大方消し去ってしまった。あなたを問い詰めたって、何も出てきはしない。私を殺したときのデータは、エディ・キッドの脳にも記録されていない。だから私は状況証拠だけで判断する。あなたは私を殺したの。私はそう確信する。私はあなたがチコを殺したことも確信している。あなたは私とチコの将来を奪った。あなたは殺人狂よ!」
 エディはおろおろして、「僕はなんて反論したらいいんだ……」と呟いた。
「反論なんて無意味。神を信じる者に神なんかいないって主張するようなものだわ。世の中のほとんどの人は思い込みや感情で動くのよ。私もその一人」
「で、どうしたら君の心を癒すことができるの?」
「そんなことは求めちゃいない。それより、ずっと昔のように、あなたと濃厚なキスがしたいわ。舌を絡め合うようなキス。恋人同士が交わすキス。若い頃、殺人狂を愛してしまった愚かな女が欲したキス……」
 エディはチカⅡの後頭部を掌で抱えてチカⅡの顔を引き寄せ、唇を合わせた。チカⅡの唇が開き、ヌルヌルとした舌が強い力でエディの唇を押し開き口の中に入ってきた。舌と舌が絡み合い、「アアッ」とチカⅡは声を漏らした。チカⅡはうっとりとしながらも、エディの首の後ろに手を回して赤いボタンをしっかりと抓み、ピンを思い切り引き抜く。エディの首はパンと十メートルの高さに飛んで近くの砂の上に落ちた。ボディは衝撃で倒れ、痙攣している。チカⅡは、エディの首に近付いてしゃがみ込み、顔を上向きにして覗き込んだ。
「酷いことをするな」
 エディの顎はガクガクと震えていた。
「昔あなたも私に酷いことをしたのよ」
「僕をレーザーで撃つつもりか?」
「ボディが首を探し始めるまで三十分はかかりそうね。それまでにあなたを殺す必要がある。でも、銃ではやらないわ。あなたには相応しい殺し方がある」
「それはどんな?」
 エディの震えは止まらなかった。
「それは最後のお楽しみ」
「お願い、殺さないで」
 エディの哀れな言葉にチカⅡは声を出して笑った。
「体に似合わず臆病者ね。私を殺した理由が分かったわ。チコを殺したのはあなただって、私が迫ったからよ。あなたは臆病者で、咄嗟に私の首を絞めた」
「僕は柄に似合わず臆病者なんだ」
「ありがとう。とうとう本音を吐いたわね」
「もうすぐ、思い出すかもしれない」
「待てないわ」
 チカⅡは薄笑いを浮かべながら、エディの髪の毛を両手で掴んで持ち上げ、高く上げて、エディの震える唇にキスをした。
「いまでも、あなたが好きよ」
それから、砲丸投げの選手みたいに体を数回転させて首を沖合に放り投げた。首は海に浸かる病人たちの頭上を飛び越し、二百メートル近くも飛んでボチャンと海に落ち、沈んでいった。エディの体は起き上がり、ふらふらと海岸を当て所なくさまよい始める。周りの人々が逃げる中、その体は容赦なく横たわる重症患者を踏みつけた。


(つづく)



響月 光(きょうげつ こう)


詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




響月 光のファンタジー小説発売中
「マリリンピッグ」(幻冬舎)
定価(本体一一〇〇円+税)
電子書籍も発売中



#小説
#詩
#長編小説
#哲学
#連載小説
#ファンタジー
#SF
#文学
#思想
#エッセー
#エレジー
#文芸評論
♯ミステリー

×

非ログインユーザーとして返信する