詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(二十七)& 詩




昔は生きていくために必要だったのに
今は生きていくために捨ててしまった
一振りで事済む野獣の長い刀だ
象牙の白に染み入る鮮血の赤は滝をのぼる錦鯉
それは昔 食い物を奪うための凶器
それは昔 雌を奪うための一物
君たちはどんよりしたスモッグの中で
透明になろうと引っこ抜いてしまった
草を食む動物には角のほうがお似合い
牙は肉を割く野獣の道具なのだから…
けれど君たちは軽率だった
牙でなければ守れないことがあるはずだ
牙がなければ届かない雄叫びがあるはずだ
獲物の尻に食らいつく快感もあるだろう
君たちはいつかきっと知るに違いない
自由だと思っていたのは夢の中で
現実は身動きの取れない網の中だと
牙を捨てた君たちはただ虚しくもがき続けるだけ
破らなければ外へは出られないはずなのに…




目的とは…

地球上に生命が誕生した目的とは何だろう
いたるところで生物が進化していった目的とは何だろう
人間があらゆる生物の頂点に君臨した目的とは何だろう
どこかの人間集団がどこかの人間集団を支配した目的とは何だろう
どこかである人間が生まれ、そしてその人間が死んでいった目的とは何だろう
俺がおまえを求め、お前がおれから逃げた目的とは何だろう
人類が消滅し あらゆる生物の目的が消滅したときに
地球が掲げなければならなかった目的とは何だろう…
目的が必要とされた目的とは何だろう
君たちが生きている目的とはなんだろう…




ロボ・パラダイス(二十七)

(二十七)

 チカが救護活動を行っていたハワイ島でも、金持たちのパーソナルロボが続々と泳ぎ着き、チカたちに攻撃を仕掛けてきた。多勢に無勢、総勢千名の部隊だった。チカはキス運動を中止し、レーザー銃を片手に応戦しながら、キラウエア火山の方向に撤退した。キラウエアは噴火活動が始まっており、ハレマウマウ火口はドロドロの溶岩で満たされ、いまにもこぼれ落ちそうな状態だった。チカは火口から溶岩が流れ出そうな場所を予測し、敵のロボットを誘い込もうという作戦に出た。チカたちは、脆弱な火口の縁に立って、麓から登ってくる敵のロボットたちを待った。チカの体温は百度に上昇したが、へこたれなかった。敵兵は強力なレーザー銃を持っていた。しかしその頭脳といえば、所詮は金持のボンボンの域を出ていないし、少なくとも数々の修羅場を潜ってきたプロの頭脳ではなかった。彼らは火口内の溶岩が溢れそうな状況にあることを知らず、細い道を一列縦隊になって登ってきた。
 チカは号令をかけた。全員が火口の縁の脆弱な一部分を目がけて、両側から一斉にレーザーを発射した。岩石は砕け爆弾のように飛び散り、大きな穴ができて、ダムが決壊するように液体状の溶岩がドッと流れ出た。溶岩は千の敵兵に次々と襲いかかり、彼らは煙を上げながら溶岩流に飲み込まれていった。


 チカとその仲間たちは喜びはしゃぎながらも、急速に崩れていく縁から逃れて両側に走った。火口の縁は二百メートルほど崩れて止まり、大量の溶岩が近くの海に流れ込んでいった。チカたちが山を下りようとしたとき、煙の中からこちらに向かう三人の影がある。近付くと、それはチカⅡ、ジミー、フランドルであることが分かった。
「私がここに来た意味が分かる?」
 チカⅡはチカに聞いた。
「もちろん。あなたは私だし、私はあなただもの」とチカ。
「でも、あなたはヨカナーンの命令に従わなかった」
「ヨカナーンは地球連邦政府の議長に騙されたんでしょ?」
「議長はパーソナルロボが地球で暮らすことを承認したわ。その代わり、ロボは人口削減に協力しなければならない。あなたはそれに反抗している。人間でないあなたが、なぜ人間を助けるの?」
「それは、昔人間だったからよ」
「あなたの仇はエディとそのご本尊のポールね。エディは私が殺したわ」
「エディは自白したの?」
「そんなの必要ない。私がそうだと思えばそれでいい。次はあなたの番。チカは二人必要ないわ。地球で人間らしく暮らすには、一人が二人あってはならないの。あなたは不要ロボット、影の私」
「残念だわ。あなたは私が産んでやったのにね」と言って、チカは苦笑いした。
「さあ、始めようぜ」
 ジミーは子供のようにはしゃぎながら強力な粘着テープを出し、「これを首の後ろの赤いボタンに付けるんだ。決闘は相手の白いテープを先に引いた者の勝ちさ。テープと一緒に首も吹っ飛ぶんだ」と言った。チカの仲間がそれを受け取り、剥離紙を剥がして首の後ろのボタンにくっ付けた。チカⅡのボタンにはジミーが付けた。
 二人は中腰になり、両手を前に突き出し戦闘態勢に入った。両陣営が奇声を上げる。リンクは火口縁の細いところで、幅は二メートルぐらいしかなかった。チカⅡが左パンチを食らわそうとしたが、チカは右手でガードした。チカが右足で蹴りを入れたら、その足をチカⅡが両手で掴んでチカを掬い投げた。チカが倒れたところを上から圧し掛かり、「これでお別れね」と囁き、ニヤリと笑った。
「あなたはチコよりもエディが好きだったのね」
 チカが妙なことをチカⅡに聞いた。
「それはあなたでしょ。エディに好かれていたチコに嫉妬していた」
「そう。あなたはチコを殺したエディを許していた……」
「愚かな女だわ。きっとエディの告白を聞いて、それを許そうとしたのね。でもエディはあなたが思うほど素敵な男じゃなかった」
「あなたは死んだチコを利用して、エディを支配しようとしたのよ」
チカⅡが首の後ろのテープを掴んで思い切り引こうとしたとき、すでにチカの手もチカⅡの首のテープを掴んでいた。二人が一瞬躊躇ったとき、「引いちまえよ! 君のテープはゆるゆるに付けたんだ」とジミーが怒鳴ったので、チカⅡはハハハと笑いながら思い切り引いた。一瞬遅れてチカもチカⅡの首のテープを引いた。チカのボタンは引き抜かれ、ポンと首が飛んで、勢い良く火口の溶岩の中に落ちていった。チカⅡのテープはボタンから剥がれて首も飛ばず、チカⅡは勝ち誇ったように立ち上がる。すると、怒ったチカの仲間がレーザー銃をチカⅡの顔面目がけて一斉に発射し、チカⅡの頭は吹っ飛んでチカと同じようにドロドロの火口に落ちていった。ジミーとフランドルは慌てて逃げ出したが、後ろから一斉射撃を受けて体はズタズタに砕かれ、同じく火口に落ちていった。首を失ったチカのボディはようやく立ち上がり、ヨロヨロしながら足を踏み外し、やはり火口に落ちていく。仲間たちは、呆然としてそれを見送った。 
 月からの救援ロボたちは、チカを失ってもめげることなくハワイ島の救護活動を再開した。ハワイ島でのサタン・ウィル撲滅作戦は成功したが、ほかの島は金持ロボ軍隊に邪魔されて、惨憺たる結果になった。空将と大佐はレーザー銃の餌食となった。チコとエディ・キッドは海に飛び込み、日本を目指して遠泳を開始した。世界中で金持ロボ軍隊が救援ロボを蹴散らし、月組は山に隠れる以外に生き残る術がなくなった。救護ロボを乗せた後続の宇宙船は宇宙区間で攻撃を受け、多くのパーソナルロボたちが宇宙の藻屑となった。



 パームスプリングの大頭脳は多くの分身ロボたちに囲まれてご満悦だった。議長の分身たちはヨカナーンとフランドルの髑髏杯にウィスキーを注いで回し飲みし、余った酒を二人の脳漿に注いだ。感覚のない脳味噌は痛みを感じないがアルコールが脳に染み渡り、二人とも酩酊状態になった。
「どうだね、私は世界の平和を願って努力してきた人間だった。その最後の一手が致死率五十パーセントであるサタン・ウィルのパンデミックというわけだ」
「あんたは神のように振舞ったが、所詮は悪魔だった」と酔っ払ったヨカナーンがスピーカー越しに叫んだ。
「私が悪魔? 私は大審問官のごとく最大多数の幸せを常に願っていたんだよ。私の願いをコンピュータに尋ねたところ、人間を半分減らせという解答が出てきた。コンピュータは私と同じ考えを持っていた。手術だ。腫瘍の手術だ。再発しないように、患部はその周りを含めてごっそり取ってしまうことなんだ。嗚呼、世界の大部分が金欠病に苛まれている。それは癌なのだ。削除する以外にないのだ。もっとも性質が悪いのは、君たち宗教民族さ。信念が強すぎて、扱いにくい。最初は施設に詰め込んで、再教育を施そうと思った。しかしコンピュータは叫んだ。生ぬるい、温存療法は再発の危険があるぞ。全部こそいで取っちまうんだ、とね。君たちはスキルス性の悪性腫瘍さ。放っておくと知らぬ間にどんどん増殖して、最後には地球全体に蔓延ってしまう。宗教や思想というものもウイルスと同じで、パンデミックになる可能性があるのさ」
「しかし、我々を騙したのは人間として恥ずべきことだ」と酔っ払ったフランドル。
「人間? 私は人間じゃない。五体を奪われた優秀な政治家の脳味噌だ。嘘を平気で付かない脳味噌では政治はやれんよ。どんな手を使おうが、最後に勝ったものが正義となるのさ。騙された奴は泣きを見るが、それで終わるのが世の常だ。ひとたび世界が動くと、止めることは不可能だ」
「呆れてものも言えん。卑怯なおっさんだ」
 ヨカナーンのは吐き捨てるように言った。
「ところで、この一件が落着したら、私の健全な脳味噌は若い健康な男のボディを得ることになるのだ。脳移植さ。私の分身たちはロボットだが、私は人間であり続けたいのだ。君たちのテロで私は死んだが、キリストのように復活することになった。そのとき、君たちのフニャフニャ脳は廃棄されることになる。残念だが、もう、私の恨み節を聞くこともないし、私に虐められることもない。君たちはようやく、神の元に行くことになる」
「ありがとさん。ようやく陰湿なジジイから解放されるんだな」
 フランドルは大笑いした。
「いいや、廃棄されるのは議長の腐った脳味噌さ!」
 巨大ホールの下の入口から、聞き覚えのある声が響き渡った。入ってきたのは月のヨカナーンだった。その首は、筋骨逞しい若いボディの上に鎮座している。後ろから月組の部下たちが五十人ほど乱入し、議長の分身たちと激しい戦闘が始まった。ホール中に耳障りなレーザーの発射音、炸裂音が響き渡る。配置された脳味噌たちの幾つかがレーザーに当たって爆発し、脳髄が粉々に飛び散る。それらは、月組のオリジナルかも知れなかった。十分ほど戦闘は続いたが、所詮は素人である議長の分身は次々に倒れていった。彼らのレーザーは的にほとんど当たらず、月組の損害は数人だった。
 ヨカナーンはヨカナーンの脳味噌のある場所まで駆け上り、ご本尊に挨拶した。
「来てくれると思ったよ。議長の脳味噌は一番上の居室にある。ずっと虐められてきたんだ。電気ショックの拷問さ。直接脳味噌が傷付くわけじゃないけれど、脳に繋がる神経に痛みを与えるんだ」
「分かった。この手でガラスを割り、脳漿を流してから脳味噌に一撃を加えてやる!」
「手づかみにして潰すんだ。それから飲み込んでやれ。きっと美味いぞ」


 ヨカナーンと部下十人が議長の居室に上がると、議長の脳味噌の後ろに五人の分身が銃を構えて待ち受けている。ヨカナーンは手榴弾を彼らの後ろに投げ込んだ。手榴弾が機能し、五本のレーザーが発射されて五人の後頭部に当たり、一瞬にして五人全員が死んでしまった。
「知っているかね? 昔、アメリカの大統領は核のボタンを常に携帯していたことを」
 落ち着いた口調で、議長はヨカナーンに語りかけた。
「俺は歴史に疎い人間でね。民族の悲惨な歴史を振り返ると、心が湿っちまうんだ」
「お前は運が悪かっただけさ。そんな民族に生まれちまったんだ。私は、お前たちのことを思って、世界単一国家を創ろうとしたんだ。信教の自由を否定したわけではない。ただお前は頑固者で、お前の宗教を世界に広めようとした。そして、私の地位を脅かしたのだ」
「あんたはあんたの哲学で世界を統一しようとした。俺は俺の宗教で世界を統一しようとした。俺とあんたのどちらが勝つかという問題に過ぎない。で、結果的に俺が勝った。俺の脳味噌は健全だ」
 ヨカナーンは勝ち誇るように言った。
「さて、核ボタンの話を続けよう。私を殺すと、君たちも同時に死ぬことを知っているかね?」
「脅迫かよ。俺はどうでもいいんだ。俺の民族の多くが死んだ。それはお前がやったことだ。俺はその復讐にやって来たのさ。俺が死のうが、そんなことはどうでもいいんだ」
「いや、待て!」
「待てないね」
 ヨカナーンは、ままよとばかりに脳ケースをレーザーで破壊し、議長の脳味噌を掴み上げて思い切り握り潰し、そいつを金色の柱に投げ付けた。脳はキラキラ光りながら軟体動物のように柱を伝い、床に落ちて広がる。まるでゲロのようだ。ところが、議長の棺の下にもう一人分身が隠れていて、頭に脳漿を浴びながら、胸の上に赤い大きなボタンを乗せていた。ボタンの下のピンを抜いてから、思い切りボタンを押し、スイッチをONにした。
 本来このボタンはサタン・ウィルによる世界人口半減作戦が成功して貴族社会が復活したときに、議長が議会の承認を得て押すべきものだった。貴族連中は、フランス革命前のアンシャンレジームを理想の社会と考えていた。そこには、いまを生きる貴族の快楽だけがあり、先祖の魂が小言を言う原始社会ではなかった。議長は万が一の緊急事態を考慮して、身近にボタンを置いておいた。議長の脳に危険が迫ったとき、棺の下の専用ロボが議長の代わりに押すことになっていた。


 ボタンを押して一分後、地球全域、月に向かって破壊電波が発信された。最初に、ボタンを押した本人の首がパンと飛んで居室の壁に激突し爆発した。一秒遅れてヨカナーンと部下たちの首がパンと跳ね上がり、居室やホールの天井に当たって爆発した。すべてのパーソナルロボットに製造時から組み込まれていた自爆機能が特殊な電波によって起動し、全世界に展開していた月組救護隊の首がポンポン飛び始めた。敵対する金持祖父ちゃん部隊も同じだった。次々にポンポン首が飛び、十メートルの高さに上がったところでパンと爆発し、粉々になって降ってきた。金持の地下倉庫にストックされていた祖先ロボたちも急に起動してから、ポンポン首が飛んで爆発し、倉庫は炎上して上の豪邸まで燃え上がった。
 月にあるロボ・パラダイスのパーソナルロボたちも同じ運命にあった。エディ・ママも、チコ・ママも庭先で首が飛んで爆発し、庭に落ちた。黒目がキョロキョロし、顎がガクガクしながら次第に生気を失い、ガラクタと化した。首塚の首たちも一斉に爆発した。道路には首を失った胴体が、ゾンビのようにフラフラさまよった。メタリックなすべての知性が消失し、それとともに望郷の念も跡形もなく消えてしまった。洞窟内では火災警報が鳴り響き、発生した煙が空気とともに地上に排出されたが、月面に逃げるロボは誰もいなかった。
 月の裏側にある秘密基地のロボたちも同じ運命にあった。そこで働くロボットも、出陣した救護隊の脳データも自殺遺伝子が電波を受けて覚醒し、次々に破壊されていった。秘密基地は完全に機能停止した。そして、地球と月にいるすべてのパーソナルロボットが消えてしまった。


(つづく)




響月 光(きょうげつ こう)


詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




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