詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ショートショート「 最後の晩餐」& 詩 「夜」

響月光の詩と小説

ショートショート
最後の晩餐

(一)

死刑前夜、テロリストはピカピカの広い独房に移された。中央には木製の大きなテーブル、それを挟んで、座り心地の良さそうなダイニングチェアが二つ。テーブルにはリネンのテーブルクロスが敷かれ、ナプキンも二つ置かれている。横の壁には大きなモニターが架かっていて、昔のギャング映画が放映されている。

「ほら、お前が観たいと言っていた『バラキ』さ。しかしなんで、死ぬ前にこんな古臭い映画を観たいんだね?」と看守が聞く。
「こいつは実在のチンピラギャングだが、俺そっくりだから愛着があるのさ。ほら、特にここのシーンだ」とテロリストは画面を指差した。

あぶく銭が入ったので、兄貴気分で仲間たちを引き連れ、バラキは食堂に入る。みんなに奢ってやろうと、店主に「この店で一番上等のステーキをくれ」と注文したが、出てきたのは食い飽きているハンバーグステーキだった。バラキは怒って「なんでハンバーグなんか出すんだ!」と怒鳴ると、店主は平然と、「この店で一番上等なステーキはこれさ」と答える。看守はそれを見て笑いこけ、「俺もお前の同類だな」と呟き、テロリストの肩を軽く叩いた。

「で、今日は俺にとっての最後の晩餐だ。どうせお前は、この店主みたいに、俺の希望を裏切るんだろ?」
「とんでもない。お前の願いって、大統領官邸の専属コックが作った特上ステーキだったっけ?」と、看守はとぼけた顔をする。
「そうだ」とテロリスト。
「それで、そいつをそのまま所長に伝えたら、偶然、コックは所長のご近所さんだった……」
「本当かよ!」とテロリストは驚き、「当然、ノーだろ?」と続けて、苦笑いした。
「一応、大統領に聞いてみるってことになったさ。律儀なコックだよな。しかしお前は運のいいやつだ。大統領がオッケーを出したんだぜ」
「へエッ、信じられねえ。冗談で言ったのにさ。あいつも粋なところがあるんだな」とテロリストは目を丸くする。

「この国の宗教は、そんなところがあるんだ。だから、お前が喜ぶようなビッグ・プレゼントも用意した」
「釈放かよ! いや終身刑かな……」
看守は笑いながら首を横に振る。
「甘いな。お前は死刑だ。いくら大統領でも、悪党に恩赦はないさ。殺した相手も相手だしな。エカテリーナ二世の時代とは違うし……」
「誰だい? そいつ……」
「ロシアの女王様さ、昔の……。わざわざ死刑囚の牢屋に足を運んで話を聞いて、そいつを釈放したんだ」
「ウソだろ? 女王様が牢屋に来るかよ」
「そう、ウソさ。世の中、大げさな話はみんな作り話だ」と言ってウィンクし、看守は施錠を確かめてから、その場を去った。テロリストはベッドに寝転がってビデオに集中し、明日のことは考えまいとした。

(二)

そのままうたた寝をしていると、ガチャリと牢の鍵が開き、先ほどの看守と、背広を着た頑丈な男二人が入ってきた。テロリストは驚いて、「エッ、飯の前に執行かよ!」と顔色を変えると、男たちは黙ったまま牢の中を調べ始め、「立ちな」とテロリストに声を掛ける。テロリストが仕方なしに立ち上がると、二人は念入りにベッドを調べ、異常なしと分かるや、無言のまま足早に出ていった。

「何だ、礼儀知らずに!」と吐き捨てながら、渋い顔で寝直す。看守は再び鍵を掛けてから「シークレットサービスさ」と言い、「そろそろ最後の晩餐が始まるぜ。お行儀よくテーブルに着席だ」と促して、去っていった。しかし、テロリストは横柄に、そのまま横になって廊下を見詰めていた。

しばらくすると、清楚な服装をした品ある初老の女を所長が案内し、その後ろに先ほどの男たちが従い、その後ろには高いシェフハットのコック長が続き、さらにその後ろには低いシェフハットの助手が二人、ご馳走を乗せたワゴンを押して付いてくる。最後は看守が四人という具合に、拘置所の狭い廊下は一転、お祭り騒ぎと化した。

「起きたまえ。君の会いたがっていたお方をお連れした」と所長は言って、お辞儀をしながら後ろに下がる。担当の看守が、最後列からちょこまか出てきて、大きな鍵をカチャカチャ震わせながら鉄格子の扉を開け、引き下がる。テロリストは女の顔を見て驚き、半ば反射的にベッドから飛び跳ねた。直立姿勢で深くお辞儀をし、「私の最後の晩餐に、大統領が来られるなんて光栄です」と謝意を表す。「どうぞ、お掛けになって」と大統領は牢の中に入り、所長が後ろから椅子を押して着席する。テロリストはそれを見てから、ゆっくりと対面の椅子に座った。

「あなたはまるで、エカテリーナ二世のようですな」とテロリストは付け焼き刃の知識を披露する。
「私には、彼女のような権力はありませんわ。本当はあなたと二人だけで食事をしたいけど、ボディーガードは許してくれません。ならば、私以外の人たちは石だとお思いになって、お気軽に最後の晩餐を楽しんでください」と、大統領は頬を引きつらせてほほ笑む。

助手のコックたちはプラスチックのコップを二つ用意し、一つには赤ワインを、一つには炭酸水を入れてテーブルに運び、ワインを大統領の前に、炭酸水をテロリストの前に置く。大統領は「まずは、お互いの祖国の平和を祈って」とコップを掲げると、テロリストもコップを掲げ、乾杯した。それから食卓の真ん中に、ひよこ豆のペーストで出来たフムスが置かれ、二人は各自のパンにそれを付けて分け合う。

「私がここに来たのは、あなたと最後の晩餐を楽しく過ごすためじゃないわ。それは分かっていらっしゃる?」
「もちろんさ。大統領がわざわざ来るなんて、重い目的があるに違いない」
「私にとってのね……。もちろん、公的な目的じゃない」
「私的なものとは、娘さんのこと?」
テロリストは口を動かしながら、上目遣いに彼女を見詰めた。
「そう。目には目をというあの法律のことよ。あなたは演説会で、私を狙ったの? それとも隣にいた娘を狙ったのかしら……」
大統領は目を皿に落として、プラスチックのナイフでパンにペーストを付けた。
「当然、ヒットマンは上からの命令を実行する。ならば、俺が狙ったのはあなただ」

「でも……」
「でも当然、遠距離から狙うなら、弾が逸れて娘さんに当たるかも知れないとは思っていた。だからといって、止めるわけにもいかない。俺は組織の命令に従う一兵卒だ」
大統領は顔を上げ、死んだ娘を思い出すような寂しげな顔で軽く微笑み、テロリストを見詰めた。

「少しは気が晴れたわ。私の娘は事故で死んだのね。なら私のせいじゃない。あなたの射撃の腕が悪かっただけ……」
「俺は射撃の名手だから選ばれたのさ。でも、そう思ってくれてもいい。俺はあんたを殺る自信があった。仲間も確信してたんだ。しかし、何かの見えない力が働いた。引き金を引くとき、緊張がスッと解けたんだ。それはモーゼの仕業かも知れないな。あんたの宗教も、俺の宗教でも、モーゼは偉大な預言者だ」
「私の命令で、あなたの故郷は爆撃された……」
「そして、俺の家族は全滅したが、その苦しみをあんたにも味わってもらおうと思ったわけじゃない」
「私を憎んでいる?」
大統領は、きつい眼差しをテロリストに注いだ。しかしテロリストには、すでに同じ眼差しを返す力はなかった。彼は笑いながら「もちろんさ」と返した。

「でもあなた、優しい目をして微笑んでる……」
「そりゃそうだ。あんたの宗教でも俺の宗教でも、死んだら天国で家族が待ってるんだからな。あんたも悲しむことはないさ。いずれ娘さんと再会できるんだ。しかし、俺とあんたが天国で出会うことはない。宗教が別なら、天国も別なのさ。宇宙は多元構造になってるって話だぜ。天国も色々あって、天国どうしの諍いはないのさ」
「安心したわ。あなたも私も楽観主義者ね」と言って、大統領はテロリストに手を差し伸べ、握手をした。

あらかじめ切られた極上ステーキが登場した。モニターにはチャップリンの『殺人狂時代』が放映されている。二人は柔らかい肉を食べながら、テレビに注目した。
「これは俺の好きな映画だ。この死刑囚の最後の言葉を知ってるかい?」
「もちろん。一人を殺せば悪党で、百万人を殺せば英雄だ。数が殺人を正当化する……」と大統領は歌うように呟いた。
「そうさ。あんたはこの国の英雄さ」と言って、テロリストはコップを掲げた。大統領はそれに呼応してコップを掲げ、「あなたは、英雄になり損ねたわね」とからかって、ワインを飲み干す。
「確かに……。一人殺しても、それがあんただったら祖国の英雄になれたのにな……」
テロリストは水盃を飲み干してコップを力一杯壁に投げ捨て、「俺は単なるドジな悪党で終わっちまった……」と続けた。

二人はステーキを食い終わると、大統領は笑いながらテロリストの横に椅子を移動させ、チャップリンの最後の言葉を聞き逃すまいと、映画鑑賞を始めた。悪党どうしが肩を組んだことに従者たちは戸惑いながらも、衛兵のように微動だにせず、突っ立っていた……。

(了)


詩
夜

夜を光らせたのは君らの罪だ
獣たちは皆、暗闇の穴蔵で
空腹に泣き出す胃袋をなだめながら
朝日に照らされた野原を夢見ている

子袋の中の子供たちも皆
光に侵されまいと目蓋を固く閉じ
いずれ生まれる朝日を浴びるため
産声のソロパートを暗譜する

そうだ、夜は土壁に守られながら安堵し
仲間どうしで抱きあいながら
運命を共に分けあう覚悟をしっかり
昨日の無念を忘却の闇に閉じ込め
睡魔のとば口で明日の不安を蹴散らし
散財した英気を爆睡で取り戻すときなのだ

プロメテウスが神々から火を盗んだように
愚かな君たちは、朝の光を夜の暗闇に移植した
プロメテウスが岩山に縛り付けられたように
愚かな君たちは、眠れぬ夜を過ごすことになった

獣たちを侵すあらゆる邪気は光から発し
暗黒の中で初期化されるシステムなのに
君たちは夜に光を持ち込んじまい
純性のブラックを中途半端なグレーに変え
保護色のネズミたちは邪気を背負いながら
わが物顔に穢れた世界を走り回っている

光が光明だと信じているのは君たちだけだ
すべての獣を守っているのは闇なのに
すべての獣が愛しているのは闇なのに
不遜な君たちは、この恩寵を放棄した……



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