詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(二十五)& 詩


休戦


灰色の希望は
虹色の夢想と違い
慎ましやかなものだ
誰もが生き残れる
小指大の安穏…
ゲルニカ色とは異なる
暁闇のわずかな赤みは
灰に落としてしまった
幸せの欠片
後ろを振り向かず
前の方角にひとまず半歩
重い義足に灰を被らせ
杖を使って倒れることなく
爆音しない灰色の空を見上げるのだ
嗚呼、何が欲深い人々を生み出し続ける
何が恐怖に苛まれる人々を駆り立てるのか
信じる者は救われぬという基礎方程式が
砂つぶてとなって顔面に吹き付け
憎しみの浄化を汚濁し
許し合う諦めに泥水を注す
しかしほんのひと時砂嵐は治まり
うっすらとした紅色の空に気付くだろう
それは人々の心から迸り出た一点の
希望というときめき色…




ロボ・パラダイス(二十五)

(二十五)

 ハワイに上陸したメンバーは、ひとまずハワイ全島をサタン・ウィルフリーの状態にして、そこを拠点にして日本やアメリカ本土を攻略することに決めた。
 一方ノグチは、甥にリム・リーポアというハワイの海藻を集めることを指示。ワクチンは、栄養液中のブタの細胞にウイルスを接種して培養すれば、どんどん生産される。しかし、治療薬は原料がなければ製造できない。この海藻の成分が原料となるのだ。リム・リーポアは海岸に行けばすぐに見つかるので、あらかじめワクチンを接種した地域住民が総出で採取に向かった。野口と甥は、三日以内にワクチンと治療薬の製造ラインを造ろうと、徹夜で頑張ることにした。
 チカと仲間たち総勢二千人のパーソナルロボたちは、背中にワクチンと治療薬を混ぜた薬液十リットルのタンクを背負って、ハワイ全島に散っていった。タンクは胃ろうのように、背中の穴を通して直接胃袋の唾液腺にリンクしている。薬液には半年以上消えない透明塗料が混ぜてあって、ロボの赤外線感知眼を使えば緑に光り、一度摂取した人間を見分けることができる。島から島へは泳いで渡った。高熱の患者は海岸に集まることが多いので、まずは海岸から薬液の投与を始めることにしていた。空将、大佐は世界連邦政府軍の攻撃に備えるため、パーソナルロボ軍の基地造りに専念し、チカとエディ・キッド、エディ、チコ、ピッポは主要八島を大きく五つに分割して、四百人小隊のトップとして救援活動を始めた。


 チカはハワイ島に残り、小隊の四百人はそれぞれ島内に散らばっていった。チカはまず、ヒロ空港に行って、閉鎖された空港に押し寄せている群衆の中に入り、活動を開始した。彼らは島内全域がウイルス汚染区域になってしまったので、島外に脱出を試みたが、飛行機やヘリコプターはすでに先着の連中を詰め込んで飛び立った後だった。それなのに救援機がやって来ると信じ、大挙して集まっているわけだが、この密集状態がさらに感染を拡大させていた。チカは「私は抗体人間です。私とキスをしてください。ウイルスは完全になくなります」と書かれた鉢巻を締め、幟を立てたものの、誰も怖がって近付いては来なかった。
 レスラーのような男が、「ここから出て行け!」と怒鳴りながらとんで来て、チカの胸ぐらを掴んだが、チカは男を軽く放り投げてしまった。警官が三人駆け寄ってチカを取り押さえようとしたが、チカが唾をかけたので慌てて逃げていった。意気地なしな連中だ。
重症患者の周りは誰も近寄らないので、そこだけ穴が開いたように空間ができていた。チカは横たわっている重症の患者を見つけると、積極的にキスをしはじめた。チカは蝶のように舞いながら重症患者に治療薬を口移しで投与し続けた。この薬はウイルスの核酸を取り囲むタンパク質の殻と脂質の殻を同時に溶かしてしまうので、急速な不活性化が可能だ。チカにキスされた患者は三十分もすると気分が良くなって、起き上がった。
 この奇蹟のような光景を見た群集は、チカにキスを求めて集まってきた。チカは次から次へとキスをしながら、人混みで近寄れない人には、その目に向けてピンポイントで唾を飛ばした。舌を銃身のように丸く巻いて発射するのだ。唾はレーザーのように十メートル先の的を正確に射た。目に入った薬液はキスと同等の効果を発揮する。こうして短時間のうちに、空港に集まっていた群衆に薬液の投与が終わり、彼女は彼らに向かって叫んだ。
「私を見てください。私は政府の陰謀を全地球放送で暴露した月の女、チカです。私はパーソナルロボです。皆さんを助けるために、月からやってきました。これで皆さんには抗体ができ、一生この病気に罹ることはありません。これからは皆さんが人を助ける番です。恐れないで、積極的にキスをしてください。抗体の入った唾液を島の皆さんに分け与えてください。それは生ワクチンの役割を果たすのです」
 空港の大型ディスプレイにはチカが月から送った緊急情報が映し出されたので、多くの人々が彼女の顔を思い出した。チカの話を聞いた群集はクラスター状態で島中を練り歩き、「キス・マーチ運動」を展開。キスを通じて抗体を人々に広めていった。これでチカはすでに症状の出ている患者の治療に特化することができた。チカはリーズ・ベイ・ビーチ・パークの方向に向かって走り始めた。道端に死体がごろごろ転がっている。しかし、その中にはまだ生きている者もいた。彼女は虫の息の患者を見つけては口移しで薬液を注入していった。
「もう大丈夫よ。あなたは治る」
「あなたは誰? マリア様?」
 老女の問いかけに彼女は答えず、笑みを返して立ち去った。一人でも多くの患者に接しなければ、手遅れになってしまう。途中で彼女は、キスする時間もロスだと考え、仰向けに倒れている患者の目に唾を吐いた。すると通行人の男が激怒して掴みかかってきた。彼女はロボの腕力で男を退け、その目に向かって唾を吐き付け、笑いながらすたこら逃げ出していった。
 ビーチに着くと、波の穏やかな海水に高熱の患者たちが浸かり、体を冷ましていた。彼女は水に入って、次から次へとキスをしていった。
「おいおい、俺は病気だぜ」とキスされた男が言った。
「私のキスは天使のキスよ」
「俺のキスはサタンのキスだぜ」と、隣の男がキスを求めてきた。彼はついでにチカの胸を触った。
 小さな子供が、気絶して海に沈んだ。彼女はすぐに泳ぎ着いて子供を救い上げた。そのとき彼女は、海に沈んだチコを思い出していた。
「そうだ、チコは子供のときに、私は二十歳のときに死んでしまった。その訳はエディが知っているはずだ。私がバカみたいに愛した男。いつも夢見ていた男。エディの原型はポールという別人になって、どこかで生きている。会わなければならない。会って、問い詰めなければ気が済まない。ハワイが済んだら、日本に行かなければならないわ」
 チカの涙は鼻を伝って唾液と混ざり、その滴が子供のつぶらな瞳を潤し、薬液が注入された。


 ほかの島々に派遣された隊員たちも、チカと同じように多くの人々に薬液を注入し、抗体のできた人々はキス・マーチ運動を広めながら、サタン・ウィルの封じ込めに協力した。薬液の製造拠点も数日で稼動を始め、世界中に散らばった隊員たちへの輸送を開始した。こうしてハワイでは、数日も経たないうちにウイルス封じ込め作戦が軌道に乗った。チカはこの成功をチカⅡに知らせたが、チカⅡからは一言「エディはどこにいるの?」という質問が来ただけだった。チカは「オアフ島よ」と答えた。


(つづく)



響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




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