詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

アバター殺人事件(五)& 詩


美しい五月に


難病で死んでいく彼は、いつも若い奥さんに話していた
僕は千人のアバターでできていて
その一人として地球に生まれたんだ
ほかの九百九十九人は宇宙のあちこちに散らばっていて
そのうち九人は僕と同じ病気に罹っている
けれど残りの九百九十人は健康で
いろいろなことをしているのさ
だから僕は眠りに落ちると
星の王子様のように
いろいろな星の自分になれるんだ
そこではいろいろな女性と結婚していて
いろいろな家庭を築いている
いろいろな星だからいろいろな境遇にあるけれど
九百九十人はとっても幸せな人生を送っているんだ
けれど残りの九人は僕と同じ病気だから
傍から見れば幸せな人生じゃないだろう
でも地球の僕がいかれちまったら
その九人の僕のどれかを選ぶつもりさ
どの僕も残り少ない人生だけど
ここよりは長生きできると思うから…
僕は宇宙で一番の幸せ者になりたいのさ
だって、その九人の奥さんはどれも
君のアバターなんだから…


星の王子様が病気で死んだ明くる日から
奥さんは毎晩ベッドの中で
彼との楽しかった思い出を一つずつ
何万光年向こうの王子様に語りかけてきた
ちょうど千夜話したその明くる日の夜、どうしたことか
一つも思い出せなくなって大粒の涙を流した
すると彼女の額に星屑のような涙が落ちてきて
王子様の懐かしい声が聞こえてきた
僕との思い出話は君からの贈り物として
千人の僕に一つひとつ届けたよ
でも、これからの贈り物は
僕との思い出であってはいけないのさ
それはどうしてかって?
だって君からもらった僕へのご褒美は
千人の僕に等しくなければ喧嘩になっちまうからさ
君はもう、僕のことを思い出してはいけないんだ


明くる朝彼女は目覚め、窓辺に立つと
透明な五月の陽が差し込み
花々のつぼみは開き始めて
鳥たちが愛のうたを賑やかにさえずっていた
若葉の陰でブーケを手に微笑む男に
彼女は恥ずかしそうに笑みを返した
こんな朝早く、おかしな人……
千一個目から千が取れて
一個目の思い出がカウントされた
彼女は晴れ晴れとした心で
階段を駆け下りた





アバター殺人事件(五)


 ユウはというと、自力で牢屋から抜け出したわけではなかった。牢屋の中で横になっていると、鍵を開ける者がいた。敵国の兵士だが大統領の暗殺を狙う反政府組織の一員で、殺されたキタニ中尉の仲間だった。ユウはレーザー銃を与えられ、二人で空飛ぶ円盤に向かったが、衛兵に見つかって激しい銃撃戦となった。ユウを解放した兵士は撃たれて倒れ、「成功を祈る」といってこと切れた。殺人光線の飛び交う中、かろうじて円盤の場所まで逃げおおせたユウが音声認証でハッチを開けて乗り込むと、武器庫から仲間が二人出てきて、ユウを出迎えた。
「我々は壊滅的な被害を被った。おそらくこのアジトで生き残ったのは我々だけだろう」
「わが国の存亡は、君にかかっているといっても過言ではない」
「急ごう、目指すは彼女らが拉致された敵国の宮殿だ」
 ユウは二人の言葉にうなずいて操縦席に着き、円盤を飛び立たせた。すると、後ろで秘密基地が爆発音とともに炎上するのが見えた。
「ミッション関連資料はこれで灰燼と化したな」
「しかし、どこかに仲間が隠れていたかもしれない」とユウ。
「我々はみんな死を恐れない。君たちの成功のためには、喜んで犠牲になってくれるさ」
「必ずミッションを成功させてくれ」
 二人はユウを鼓舞した。


 月もない真夜中、円盤は王宮の五○メートル上空でピタリと静止した。しっかりと闇にとけ込んでいるので、下からはまったく見えない。すでに戦争は終わっていたから、敵も油断していることは確かだ。二人が顔中に黒いペイントを塗り始めたので、ユウも塗ろうとしたが止められた。
「君を危険な目に遭わすことはできない。君の活躍の場は地球さ。我々二人がハーレムに降りて彼女たちを救出する」
「円盤下部のハッチを開けてくれ」
 ユウはいわれるままにハッチを開け、二人は細いロープを垂らして降りていった。降りたところは中庭で、昼間は女たちでにぎわう場所だが、そこには侍女が一人待ち受けていた。
「我々が助け出すのは一人だ」
「どちらの女?」と侍女がたずねる。
「ルナという女。エリナという女は残しておく。我々はルナを救出したあと、エリナとともに王宮に留まる。彼女がここに留まることは、ルナの地球での活動を活性化させるという我々の判断だ」
 侍女は二人をルナの住居に案内した。中にいた二人の侍女を射殺したあと、ベッドで寝ていたルナを叩き起こした。
「君を助けに来た。上空にはユウの円盤が待機している。君を助けるために来たんじゃない。君がミッションを遂行するためのお膳立てだ」
「ミッションというのは、私が地球で夫を殺すということ?」
 ルナは再確認のためにたずねた。
「分かりきった話だろ。地球で、怒れる僭主のアバターを殺すのが君の仕事だ」
「了解したわ。エリナの部屋に行きましょう」
「それは危険だ。まず、君の安全が担保されてから、エリナの救出に向かう。君が無事に円盤に搭乗したら、エリナを救出する手はずだ。地球での作戦は、エリナがいなくてもできるからね」
「分かったわ」
 二人の兵士はルナを中庭に連れ出し、円盤から垂れている細いロープをルナの胸に巻きつけた。二人はルナが円盤の中に入るまで見届けると、唐突にレーザー銃を乱射し始めた。駆けつけた王宮の衛兵たちと銃撃戦がはじまり、二人の兵士はあっけなく射殺されてしまった。ユウとルナはそれを上空から見ていた。
「エリナは戻れなくなったの?」
「すぐに地球に戻れるさ。地球での我々のミッションが成功すれば、怒りの国に革命が起こり、大統領の宮殿も解放される。エリナもその分身とともに地球に帰還できるというわけだ」


 地球への帰還の間、二人は濃厚に愛し合った。無重力空間では三六○度、どんな体位を取ることも可能だ。宙に浮き上がり、手と足を蛇のように絡ませ、何度も何度もインサートを繰り返した。精液が白い水玉となって空間を漂った。細かい一粒がルナの鼻の穴に迷い込み、青竹を割ったような香りが広がって脳髄を痺れさせた。無重力空間でのセックスは、どの宇宙飛行士も体験したことのない史上初の人体実験に違いなかった。宇宙人のルナは、宇宙人のユウを激しく愛していたし、宇宙人のユウも宇宙人のルナを狂おしく愛した。そして地球人のルナは、地球人のユウを激しく愛さなければならない立場になっていた。彼女は夫を殺すミッションを背負って、地球に帰還するのだから――。それはユウも同じだった。ユウはレンの一○○倍も優しかった。
「地球に戻っても、私を捨てないでね」
「アバターたちが夫婦であるかぎり、僕たちは地球上でも夫婦になる必要があるんだ」
「そう、私とあなたが夫婦になるためにも、夫を殺す必要があるんだわ」
「でもそれは、いうべきことじゃない。自分たちのために殺人を犯すわけじゃないからね」
 無重力空間では、男と女の肉体は均一に溶け合って強靭な愛が生成される。二人は互いの体を溶け合わせながら延々とセックスを続け、空飛ぶ円盤は二人が夢中になっている間に、あちらの穴に吸い込まれ、こちらの穴から飛び出して地球に向かい、神田の所定の場所に着陸した。二人はセックスの最中で、さらなるエクスタシーの極みを味わったところで同時に目を覚まし、「アッ!」とオボケな声を上げた。




 ルナとユウは椅子から飛び降りると、すぐにエリナの寝ている椅子を取り囲んだ。エリナは死んだように寝ているが、呼吸に乱れはない。事務局長が部屋に入ってきて、心配そうにたずねた。
「いったいぜんたい、どうして彼女は目覚めないんですか?」
「彼女の魂だけ、まだあちらにいるんです」とユウがいった。
「それはまずいな。まずいですよ。だって、ずっとここに寝かしておくわけにはいかないでしょ。魂がこっちにないのなら、意識が戻るわけもない」
「とにかく、円盤は無事戻ってきたんでしょう」
ルナは思い切りハンドルを回して扉を開け、円盤の置かれている部屋に入った。そのあとからユウと事務局長も付いてくる。三人は丸椅子に座って、円盤のハッチが開くのを待った。しばらくするとハッチが開いて、ドッペル・ユウとドッペル・ルナがタラップを降りてきた。二人はデッキチェアに座って、手を握り合っているユウとルナを見つめた。
「君たちは我々から分離したが、すぐにまた融合したようだね」
ドッペル・ユウはいって、微笑んだ。
「おかげさまで」とユウが返した。
「そこの中年のおじさんは、席を外してくれないかな」
 ドッペル・ユウが渋い顔していったので、事務局長は仕方なしに部屋から出て行った。
「忘れてはいないだろうが、君たちは重要な任務のために地球に戻った」とドッペル・ユウ。
「分かっています」とルナが返す。
「時間がないのよ。私たちには時間がないの。さっそく、ミッションをスタートすべきだわ」
 ドッペル・ルナが少しばかりいらいらしながら催促した。
「しかし、あわてるなよ。うまくやる必要があるんだ。君たちは確実に成功させなければいけない」
「うまくやります」とユウは答えた。
 ドッペル・ユウはポケットから小瓶を出し、「さてその手段だが、我々の星には優れた毒薬が存在するんだ。こいつは心不全を引き起こし、そのくせ薬物反応は出ないというやつ。こいつを異なる宇宙の君たちに届けるのは難しいが、不可能じゃない。ほら」といって、小瓶をいきなりガラス越しのユウに投げつけた。不思議なことに、小瓶はガラスに当たる瞬間に消えてしまった。
「消えた小瓶は君のポケットにあるさ」
 ユウがポケットを探ると、まさしく液体の入った小瓶が出てきた。瓶の大きさも一○倍になっている。
「UFOが地球上を飛行できるのも、この異次元物質変換技術があるからよ。でも、生命体には使用できないわ」とドッペル・ルナ。
「それが君たちの手段だ。さっそく今晩、レン大統領の分身を殺すんだ。その毒薬なら完全犯罪は成立する。かわいそうに君の夫は若くして逝ってしまうが、少なくとも我々と君たちはウィンウィンの関係にはなれる。あちらでもこちらでも、ユウとルナは夫婦になるべきだからね。それが異次元宇宙間の予定調和というやつさ」
 ドッペル・ユウはそういって、右手の親指を立てた。
「成功を祈っているわ。吉報を待っています」とドッペル・ルナも二人を応援したが、急に心配そうな顔つきになって付け加える。
「でも、たとえ完全犯罪が可能だとしても、私たちには一抹の不安があるわ。だって、あなたたちはプロの殺し屋じゃないもの。国運を賭けたミッションを無事にやり遂げることができるかしら」
「このさし迫った時にそんな心配をするなよ。一か八かだ。我々は君たちの成功をただただ祈るだけさ。しかし、君たちがプロでない以上、我々プロとともに殺人計画を練ることも必要になってくるな」とドッペル・ユウ。
「というと?」と、ユウが分身にたずねた。
「この場で綿密な計画を練るんだ。ルナに聞くが、今日、ご亭主は家に帰ってくるのかい?」
「そうだ、思い出したわ。私たち夫婦と夫の両親は、党の後援会長宅に招待されていたんだわ。月に一度は会っているの」
 ルナは内心ホッとして胸をなでおろした。少なくとも、今晩は計画を実行する時間的余裕がないだろうと思ったからだ。
「まずいな。我々の計画は一日でも早く実行しなければならない。レン大統領が一日生き延びれば、一〇〇万人の国民の命が奪われるんだ。ユウ、その毒薬をルナに渡したまえ。もし可能であれば、後援会長の夕食会で実行してほしい。衆人環視の中で難しいとなれば明日に延ばしてもいいが、明日君のご主人は帰宅するのかい?」
「帰らない確率のほうが高いわね」とルナ。
「なら、やはり確実なのは今晩さ。きっとチャンスがあるだろう。乾杯があればなおさらいい。シャンパングラスに二、三滴垂らせば十分だ。ご主人は一気に飲み干すだろう」
「もし完全犯罪が失敗して、僕たちが逃げなければならなくなったら?」
 ユウが少しばかり声を震わせながらたずねた。
「要はレンが死ぬことなんだ。君たちが犯人だとばれれば、ここに逃げてくればいい。僕と君、僕の妻と君の妻は合体して、我々の宇宙で幸せに暮らせばいい。もちろん、君たちの体は心の抜けた脳死状態となるが、宇宙友好協会の会員たちが守ってくれる。つまりホームシックにかかったら、いつでも地球に戻れるんだ。あらかじめ体を南米に運んでおいて、そこで入魂してアマゾンの密林地帯で暮らすこともできる。しかし、そんなことはどうでもいいことだ。僕は君の分身で、君は僕の分身だ。君が捕まって縛り首になったとしても、僕は君と一緒に死ねることを誇りに思うよ。少なくとも我々の国では、僕たちは多くの国民を救った英雄として讃えられるんだからね」
「分かった。なるべく早いうちにミッションを成功させる。エリナを地球に戻すためにもね。とりあえずこの毒は君に渡しておく。今晩実行だ」といってユウはルナに小瓶を渡し、二人はマンションを後にした。


(つづく)



響月 光(きょうげつ こう)
詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。


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