詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

小説「恐るべき詐欺師たち」六 & 詩


ヤンゴンの街角で

(失恋色々より)


あるとき素敵な身なりの女性が街を歩いていると
道端にうずくまる物乞いから声を掛けられた
「奥様、いくらかのお恵みを……」
女性は通り過ぎようとして男を一瞥し
驚きのあまりに立ちすくんだ
男は恥ずかしそうに垢だらけの顔に笑みを浮かべ
「お久しぶりですね」と囁くように言う
「両足とも失くされたんですか……」
「奴らにやられました。で、あなたは?」
「あなたに振られてから、その奴らの一人と結婚いたしました」
女性は皮肉っぽく笑いながらも、目には涙が溢れていた
「あなたは初恋の人でした…」
「僕も、君に恋していた…」
「なぜ私を捨てて、敵に加わったの?」
「さあ、きっと若かったからでしょう」
「そうね、私は大人だったわ」
「でも、僕は後悔していない」
「自由は、私よりも上だったわけね」
「それはたぶん誤解ですよ…」
女性は、ハンドバッグから一万チャット札を出し
男の前に放り投げて去っていった




研究室便り
(失恋色々より)


大学の研究室で
僕は彼女と二人きりで
徹夜をしながら研究を続けていた
久しぶりにアパートに戻ったとき
ボーッと湯船に浸かっていると
面白いアイデアが浮かんできた
翌朝早くに家を出て
さっそくその方法を試してみた
するといとも簡単に
目指していた物質を創り出すことに成功した
「ブレークスルーできたわね」
後から出てきた彼女と僕は抱き合って跳び跳ね、キスをした
知らせを聞いた教授がやって来て、満面の笑みを浮かべ
「君、良くやった。でかしたぞ!」と褒めてくれた


しかし結局、僕の研究成果は彼女ともども
トンビのように、教授が持ち去っていった……







小説「恐るべき詐欺師たち」六


 財産を放棄したチエは脱落者と見なされ、それ以降嫌がらせを受けることもなかった。しかしどうやら、ほかの四人の中では熾烈な追い出し合戦が続いているらしく、特にトシコが被害に遭っていた。地下にあるサウナに入っていたらいつのまにか服が無くなっていて、タオルを巻いて自室に戻るところを徳田に見られたり、部屋の中にサソリやムカデが出没してスリッパで叩き殺したりもした。しかしトシコは気性の激しい女で、やられたらやり返すのが心情だから、カリナの裸を盗撮して有害サイトに流し、そのURLを書いたメモをカリナのベッドに置いておくといった悪質な悪戯をしたのもトシコだ。ところがこうした嫌がらせ合戦はだんだん過激になっていくばかりで、万が一ケガをしたら刑事事件に発展する恐れもあった。例えばトシコが外庭を歩いているときに大きな石が上から降ってきて、一メートル横にドスンと落ちた。さすがに危機感を覚えたトシコは女たち全員を地下の会議室に集めて話し合いを持った。


「誰が私を狙っているのか知らないけれど、警察が入ればもうこの家にいることはできなくなって、認知を受けるどころの話じゃなくなるわ。みなさん深夜に動き回るのはおやめなさい。私はお父さんに頼んで部屋の鍵を付けてもらいます。なにをやられても出ていきゃしないから」
「それはこっちの台詞だわ。あんたがやっているのはミエミエだ」とハツエはトシコに反論。こうなると、水掛け論になって収拾が付かなくなる。
「それじゃあ、ここで誰を先に追い出すか多数決で決めましょう」とカリナは発案して「トシコAさんがいいと思う人」と言うと、チエを除いた三人が手を上げてニヤニヤわらう。トシコは逆上してカリナに襲いかかるが、三人でそれに応戦するからトシコに勝ち目はなく、ボコボコ殴られて顔中アザだらけになり、ほうほうの体で三人から逃れると、ポケットからナイフを出して振り回しはじめたので三人はたちまち青くなって硬直した。


「やめなさい! あなた、財産ばかりか一生台無しにするよ」とチエは必死に止める。
「うるせえニセ野郎!」と言いながらも、次第に落ち着きを取り戻し「いいかよ、今度何かしやがったら切り刻んでやるから覚えていやがれ!」と捨て台詞を残して出ていった。残った全員はホッとして胸をなで下ろし、「ヤバイヤバイ」とカリナが照れ臭そうにつぶやいた。
「トシコAさんは手ごわそうね。莫大な財産を狙っているんだもの、みんな死に物狂いだわ。そう易々とは引き下がらないわよね。みなさんも、もう少し冷静になったほうがいいわ」とチエは気軽な気持ちでアドバイスして部屋から出て行くと、「うるせえニセ野郎」と小さな声がして複数のわらい声が漏れた。



明くる日にトシコのボコボコ顔を見た徳田が驚いてたずねると、「階段から落ちたんです」と嘘を言う。徳田が廊下を歩いているときにチエは横の小部屋に誘い込み、事情を説明した。
「じつはみなさん、少しでも相続人を減らそうとしのぎを削っているんです。いろんな嫌がらせが横行しているわ。昨日の晩はトシコさんがほかの三人に袋叩きにあってあんな顔になってしまいました。殺人だって起きかねない状態です。だから、相続放棄しない人たちは、財団の設立にはまったく貢献しない人たちばかりですから、早々に出ていってもらったほうがいいですよ」と告げ口した。


「しかし君は、追い出すのも大変だと言っただろう」
「だから、できるだけ早く財団を設立するんです。設立したらすぐに追い出しましょう。ここは財団の本部になるんだし、彼女たちがここにいる理由もなくなるんですから。だからお父様、私が今日にでも弁護士さんのところに行って、手はずを整えます。全財産のリストや通帳、債券なんかをまとめておいてくださいね。設立の手続きは早いほうが彼女たちのためにもなります。なにしろ、殺し合いをしかねない状態なんですから」
「わかった、さっそく財産をまとめよう。そうだ、銀行の貸し金庫にも行かなければならんな」
「普通に出かけてはいけませんわ。みんなに悟られては大変です。みんな、お父様の行動をビクビクしながら監視しているんですから。まるで徘徊老人扱いですわ。まずは弁護士さんに相談です。たぶん、全財産を財団に移譲するっていう契約さえすれば上手くいきますわ」とチエは言って、徳田を安心させた。



チエは呪縛霊のように徳田にしがみ付いている必要もなくなったので、気楽に外出することができた。ほかの女たちは、自分が留守の間に抜け駆けをされるのではないかと、いつも戦々恐々としているから、なかなか家を空けることができない。チエはシャマンの本部に戻って事情を説明し、至急財団を設立してくれるようシャマンに頼み込んだ。財団の理事長はもちろん徳田で、副理事長はチエである。もしも副理事長が若すぎるということであれば、誰かシャマンの会の人間を立てればいい。どころか理事だって全員シャマンの会のメンバーだ。シャマンは身内の弁護士と公認会計士に財団設立の手続きを進めさせることにした。設立するのはもちろん本物の財団だが、徳田の資産をすべて移行させるのが主目的である。移行した後、不運なことに徳田は心筋梗塞で帰らぬ人となる運命だ。徳田の遺志を継ぐのはもちろんシャマンの会から派遣された理事たちである。理事たちは新しい理事長にシャマンを推挙するだろう。これで徳田財団は実質的にシャマンの会が運営することになるので、その後の活動はシャマンの意志に委ねられる。書類をすべてそろえるには一週間ほどかかるが、あとは徳田のサインと実印だけで徳田の全財産を基金とした徳田財団が設立の運びとなるわけだ。



チエが財産放棄を誓約してから一週間ほど経ったある日の午後、ビジネススーツを着込んだ三人の男と二人の女が徳田家のインターフォンを押した。五人はシノの案内で五階の執務室にエレベータで向かった。とたんに女たちが集り、お茶の用意をしているシノにたずねる。
「さあ、どなたか存じませんわ。蒲田ですとお伝えくださいって言われたから旦那様にそう伝えると、執務室に案内してくれとのことでした。なにかマルサの家宅捜査みたいな感じでしたよ」と言いながら、シノは他人事のように落ち着き払った態度でお茶を入れている。
「私たちも入りましょうか」とトシコはいても立ってもいられないように武者震いしながら言った。
「早くトイレに行きなさいな」とチエはからかう。
「とにかく、お茶はあたしが持っていくわ」と言ってハツエがシノからお盆を奪い、五階に上がっていき、五分ほどして戻ってきた。
「やっぱ税務署のようね。北海道の山林の話をしていたわ。聞いていようと思ったけれど、席をお外し願いますってオッサンに言われちまった。でも、お父さんから呼んだ連中じゃないから、少しは安心だわ」と言うので、みんなホッとため息を付いて解散した。ところが、この連中はシャマンの会の蒲田弁護士をはじめとする仕掛け人たちだった。チエは今日弁護士が来ることをあらかじめ徳田に知らせ、女たちに気取られないために自分は席を外す旨を伝えておいた。今ごろ徳田は蒲田の思うままになって、いろんな書類にサインし、実印を押しているに違いなかった。徳田の資産がどのくらいのものかはおそらく老齢の徳田自身も分かっていないかも知れないが、全財産を財団に移譲する契約書を結んでいるはずだった。
 一時間ほどしてから、弁護士グループは帰っていった。女たちは再び群れをなして徳田の執務室に押しかけた。
「税務署がお父さんになんのご用だったんですか」とハツエがたずねる。
「なあに、北海道の私の土地を中国人に勝手に転売した悪徳業者がいるらしい。しかし二束三文の原野だからな、どうということもないさ。いずれ警察に捕まるだろうて」と上手いウソを言う。女たちが去った後にチエだけが残ると、徳田はソファーから立ち上がって、チエを抱擁した。
「ありがとう。とうとう財団が発足したぞ。あとは、君と私、そして蒲田君も私の基金を元に運営を手伝ってくれることになった。蒲田君の知り合いが、理事にもなってくれるんだ」と言って、一枚の紙をチエに手渡した。徳田理事長を先頭に、理事の名前がずらずらと書かれている。その中にチエの名前も入っていた。
「まあお父様、私はまだ二十歳ですわ。理事なんかになれるかしら」
「いいのさ。誰も君の歳なんか分からんよ。名前が必要なんだ。理事は多いほど箔が付く。さあ、エネルギーが湧き出してきたぞ。そうだ君、二人で世界の極貧国をリストアップしよう。その中でももっとも救済を必要とされる国を二、三選び出して蒲田君に提出しよう。蒲田君の知り合いの公認会計士が財団の基金を管理することになった。子供たちにどのくらいの支援ができるか、それを計算するのは公認会計士の仕事だ。蒲田君は一生懸命やると約束してくれた。君は蒲田君と連絡を密にして、早いところ実績を上げるようにするんだ。こんな家にじっとしているわけにはいかんぞ。NPO団体やジェトロに行って情報を仕入れておくれ。そうだ、門には看板が必要だな。この家の空き部屋を事務所にする。娘たちには部屋を移動してもらうかもしれないな。一、二階はぜんぶ事務所にしよう。あの中庭にもいろんな国の人たちが集うようになるんだよ。昔のように、この家も賑やかになるなあ」と、徳田はひどく興奮して部屋中をおぼつかない足取りで歩き回った。思わず涙を流したチエを見て徳田はよろよろと歩み寄り、干からびた両手でチエの右手を包み込むようにして「ありがとう」と言った。徳田の目からも涙が流れている。この屋敷すら徳田のものではなくなったのを知らないで、これから徳田が使えるお金はわずかな年金や年金保険くらいなもので、さらにいつまで生きていられるのかも分からなくなったとういうのに、嬉々としてチエに感謝する。思わずもらい泣きしたチエの涙には成功の涙と後悔の涙が入り混じっていた。チエは徳田の喜ぶ姿を見ていて憂鬱な気分になってしまたので、思わずシャマンに電話をした。シャマンはチエの心を透視し、すぐに来るようにと促した。



 珍しいことに、シャマンはチエを居酒屋に誘った。普通のOLと変わらない服装をしても中身が良すぎるものだから、シャマンには男も女も一瞥を注ぐ。二人は奥の席に座ってジョッキを頼んだ。
「まずはおめでとう」と言って、シャマンはジョッキを上げてチエと乾杯した。
「あなたはよくやった。グループの中で最初に成し遂げたわ。でも、あなたの心は傷付いた。それもよく分かります。例えば、多くの詐欺師は判断能力の低下した高齢者を騙そうとする。彼らだってきっと、あなたと同じに自己嫌悪に陥ることもあるでしょう。でも、あなたと彼らとはまったく違う。なにが違う?」
「さあ……」とチエは考えが思いつかずに言った。
「彼らは自分のためにやっている。あなたは?」
「世界を救うため?」
「いいえ、それが成せるのは神だけだわ。あなたは神ではない。でも、神とあなたは誓ったはず。契約を取り交わしたの。神を愛し、神のしもべとなって行動するという。そのときからあなたは、神の軍団の兵士になりました。神を愛するということは、神への愛が隣人愛に勝るということなのです。つまり、神への愛のために隣人への愛を切り捨てるケースもアリということ。そして、神のしもべ、兵士というのはしもべなのよ。どんなに苛酷な戦いでも上官の命令には従わなければならないの。上官が敵を殺せと言えば殺さなければならない。捕虜を殺せと言えば縛られた人間の首を刎ねることも辞さない。上官の言うことは正義だと信じなければ、命を張って戦うことなんかできないから脱走兵になるしかない。あなたは脱走兵になります? 神話の時代や大昔には、勝利するために自分の妻を川に投げ込んだ英雄もいたし、自分の息子を生贄にした王もいた。なぜ? 神への愛を優先させたから。彼を英雄や王に仕立て上げた神がそれを望んだから。そして神は、この犠牲はムダではないと約束してくれたから。神が裏切ることはないのよ。老人を騙してお金を巻上げる。それどころか、その老人を死に導く。確かにあなたは極悪人ね。でも、神があなたに極悪人になることを望まれた。それはなぜ?」
「…………」


「この仕事は、立派な兵士になってもらうためのイニシエーションなのです。神は優秀な兵士には難題を与えます。時にはこれから一年間、一言も口を利いてはならぬとおっしゃるかも知れない。時には多くの人を殺せとおっしゃるかも知れない。やるかやらないかの判断は一人ひとりの兵士に委ねられます。脱落するのもいいでしょう。でも、きっと一生後悔するような人生がそこから始まる。あなたは世界を救うことを放棄したのですから。人生というのはほんの数秒の判断で、まったく違う方向に行ってしまうものです。交通事故がその良い例です。後悔しても元へは戻れません。あなたは何を目的にこの会に入ったのですか?」


「神と人間の間の超人、シャマンのような存在になるためです」
「私がこの地位にあるのも、神の忠実なしもべとして神が与える理不尽な課題も受け入れて多くの試練を乗り越えてきたからですわ。だから神は私を信頼なさって、私はこの世からサタンや海の怪物、陸の怪物を一掃する大任を負わされたのです。だからあなたもいまの試練を乗り越えなければなりません。できますか?」
「できます。シャマンが私を後押ししていただけるなら……」


 チエは涙で赤くなった目をシャマンに向け、シャマンの高い理想を共有しなければならないと心に言い聞かせた。シャマンの瞳は大きく開き、その奥には茫洋とした暗黒宇宙が広がっていて、そこは神の領域だった。シャマンは優しく微笑んで、「もちろんです。世界は神の御意志で動いているのです。私たちは地上に派遣された神の一師団、そしてあなたは最前線で命を賭ける兵隊。私は師団長として兵站はもちろん、あなたの心の傷を癒すナイチンゲールにもなって全面的に後方支援を行いますわ。また、少しでも悩み事があったら連絡しなさい」と言ってチエの右手を両手で握った。シャマンの愛情が手を伝わって、チエの後頭部をピリピリと痺れさせる。シャマンの掌は少女のようにしっとりとしていて柔らかく、徳田のガサガサ乾ききった感触との違いに驚かされた。きっとあの老人は神様の望む寿命をはるかにオーバーしているに違いない、とチエは思った。


(つづく)





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