詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ホラー「線虫」八・九 & 詩


人生は戦いである


この世に飛び出たとき
同類の泣き声が耳に障り
敵も同時に生まれたことを知った
母親の愛情を独占するため
兄弟姉妹との戦いが始まった
学校に入ると受験競争が始まり
友達は敵ともなった
会社に入れば出世のために
多くの同僚を蹴落とした
そして遂には本当の戦争が始まり
狙撃兵として敵兵を殺し始めた
敗戦で殺戮の対象を失い
新たな目的が分からないまま
空腹を満たすことが目的になり
カラスのように路上の食い物を奪い合った
嗚呼、こいつは原初的で本質的な幸せだ
食が満たされれば、今度は衣と住の幸せだろうか?
それとも蓄財の幸せか? 女遊びの幸せか?
金満家を目的とし、自分のケツを鞭で打ち始める
同類に先んじ、待ち伏せ、蹴落とせ!
幸せを得るために戦う覚悟なら
戦利品は敵の不幸ということになる
人生は戦いであるなら
生きるために戦うことになり
戦うために生きることになる
こいつはきっと太古より
狭小惑星の生き物に割り当てられた
理不尽な宇宙法則に違いない
汝、努力して獲得せよ!
努力することは蹴落とすことだ!
賢くなれ! 戦略を練れ! 狡知を働かせろ!
頂点に立って栄華をものにしろ!
一%の選ばれし者になれ!
そして脳を異常進化させた生き物の九八%が敗者となり
不平不満を爆発させながら進んでいく方向には
アンモナイトと同じ末路が待ち受けているだろう
精神のグロテスク化に伴う機能不全、あるいは自爆的地球的な絶滅…
しかし忘れるな、まっとうな形体を維持し続けるその他一%は
地べたに散乱する薄汚れた落穂をついばみながら
ポーカーフェースでポッポと喜びの歌を唄っている
生きるに十分な幸せの欠片が、ここかしこに落ちている
彼らは、あるがままを目的に
あらゆる生物が生まれ出たことを知っているのだ
埃のような幸せは、一瞬の爆風で吹き飛ばされることも…




ホラー「線虫」八、九


 山田は町の放射線障害を県に報告した。国の調査団が四日後に現地入りするという。それまでは自宅で怯えながらひっそりしていようと武藤は決意し、霧吹き器に入った線虫忌避剤をもらい、ついでに放射能測定器を借り受けて、再び自宅へ戻った。
戻った早々、玄関先に隣人の熊倉が待っていて捕まってしまった。これから町内会が始まるから出席しろと言う。風邪で体の具合が悪いと断っても、大事な話なので十分ほどでいいから出てくれとしつこく勧誘する。武藤は仕方なく、荷物を玄関先に置いて熊倉とともに町の集会場に赴いた。


 集会場ではすでに酒宴が始まっていた。テーブルには悪魔酒が十本ほど置かれている。町内会長の隣には寺の住職が法衣を羽織って座っている。嗚呼、彼らもすでに悪魔酒の毒牙にかかってしまった、と武藤は悲歎した。
「先生、こちらこちら」と町内会長が手招きした。武藤は松葉杖で他人の尻を突かないよう気を使いながら指定された席に着いた。
「先生はお酒に弱くて、お寺さんの酒蔵を一日で辞めなさったそうですな」と町内会長が言い、爆笑が沸き起こった。
「しかし先生もこの町の住人であるからには、悪魔酒の販売には協力していただかなければいけません。ご住職は、地域復興の切り札として悪魔酒を開発されたんですからな」と町内会長。
「いったい僕が何をするんです?」
「いや、これから皆さんがです、手分けしてやることはいろいろありますよ。ねえ住職」
「まずは下戸をなくすことですかな」と住職が言うと、どっと笑いが沸き起こる。
「いえこれは冗談。飲めない方に無理強いはしませんよ。お酒の好きな方は悪魔酒を飲んで、その美味さを味わい、全国に噂を広める。この地方に美味い酒ありということで、全国から引き合いが来れば万万歳だ。しかし、全国の需要に応じた供給体制がまだできておりません。原料が不足しておるのです」
「米ですか?」と誰かが訊ねると、住職は「米ではありませんが秘密です。特殊な原料でな。真似られてしまったらアウトです」と答えた。武藤は「原料は死体にわく虫ですよ」と答えたがったが、ぐっと我慢をした。
「で、皆さんは、この酒の評判を口コミで広め、お寺にいっぱい人が来るように仕向けてください。悪魔酒は当分の間、境内のみで販売します。一年後にはちゃんとした供給体制を整え、全国に一斉販売する。収益の半分は皆さんに還元いたします。坊主ウソつかない」と住職が宣言すると盛大な拍手が沸き起こった。
「しかし住職。酒造の免許を取られたんなら、原料も明記したはずでしょう」
と武藤は住職に訊ねた。
「明記しましたよ。しかし、なにもこちらから宣伝する必要はない。雑穀類ですからな。イメージが悪くなる」
「ナスだ!」と、酔っぱらった自営農の老人が声を張り上げた。
「境内にはいたるところにおかしなナスが植わっておるで。今まで見たこともないようなバケモノナスじゃ。高い棚からヘチマみたいにぶら下がってよ、風もないのにブラブラ揺れちょる」
「おじいさん。それはヘチマかタヌキのキンタマよ」と酔っぱらった孫娘が口を挟んだ。
「いいや。あれはどう見てもナスじゃ」と老人。
「さすが農業をやられている方はお目が高い。いかにも新種のナスビ。悪魔酒の原料です。しかし、品種登録が済んでいませんから境内から出すわけにもいかん。来年からはみなさんの畑で育てていただこうと思っております」
「みなさん。来年からは、畑はすべてナスビにいたしましょう。ナスビ以外を育てたら、腕をちょん切られて村八分だ。悪魔酒造りのために身も心も捧げることを誓い、また、町の繁栄を願って、町内会全員の血判をいただきます。みんなみんな億万長者になりましょう」と言って町内会長は懐から小柄を出し、太い巻物を紐解き、勢い良く転がし開く。人々が列をなし、次々に署名して親指を切り、血判を押していく。不衛生な状況だが、この状況で反抗すればたちまち村八分だと悟った武藤は、一人だけ足の包帯に指を入れ、乾いた血を擦り付けて巻物に押し付けた。町会長は、全員が押したのを見届けると親指を切って押し、締めは住職である。小柄に当てる力が強過ぎたらしく、鮮血が飛び散り、巻物を汚した。小柄の横から線虫が一匹クネクネと躍り出し、畳の隙間に逃げ込んでいった。


 町内会の帰りに、酔っぱらった熊倉が素面の武藤を誘うのである。
「どうです。そのナスビとやらを一つかっさらってやりましょうよ」
「盗んでどうするんです?」
「金が絡むと仲間割れも起きますからね。一株だけでも盗んで栽培していれば、後々得することもあるでしょ」
「いいですね。ナスを盗んで、どこかで酒造りを始めますか」と、武藤は三本足で足手まといとは知りつつも、熊倉に付いていくことにした。線虫が人間以外にも食いつくことは知っていたから、ひょっとしたら、吉本はナスビを代替原料にできるものか研究しているのに違いないと思ったからだ。しかし今の時点では、酒類申請のためのカモフラージュではないかとも思えた。
 寺は安全上の問題という理由で、暗くなると門が閉ざされる。しかし、熊倉は寺に入り込むのは簡単だと言う。
「若い頃は空き巣をやったこともあってね。人様の家に侵入するなんて晩飯前なんだ」と熊倉は言って、腹の虫をグウと鳴らした。山門に着くと、熊倉は千枚通しのような道具で横の小さな木戸をいとも簡単に開けてしまった。
 二人は境内に入り、塀伝いにナスビを植えているという畑の方向に向かった。日は暮れて月もなく、どんよりした雲が町の灯火を反射する微かな光がたよりである。しばらく歩いていくと、腐ったような臭いが武藤の鼻を突いた。武藤はビクリとして立ち止まり、震え声で「帰りましょう」と熊倉の袖を引っ張った。
「臆病ですねえ。ここまで来て引き返しますか……」
「いやな予感がするんだ」
「いいでしょう。お帰りください。僕は行きます」
「それじゃあ」と言って武藤が踝を返したとき、突然雲間から煌々とした月明かりが降り注いだのである。同時にいたる所からキューキューという虫の声が聞こえ、青白い光が次々に点灯して二人を取り囲んだ。いつのまにかナス畑の中に入っていた。高さが三メートルもある棚から、無数のバケモノナスがぶら下がり、一斉に光り始めたのだ。武藤はとっさに、ナスに巣食った線虫どもが、月の光に驚いて騒ぎ出したのだと判断した。
「気味が悪いなあ」と熊倉は悠長なことを言っている。
「逃げましょう」
「一つもぎ取ってからね」
 もう熊倉なんぞはどうでもいいと思い、武藤は足を引きずりながら逃げた。すると、ナスどもが揺れながら蔓を伸ばして武藤の頭に降りてくる。キューキューという音が耳元で聞こえてくる。額に当たる、頬に当たる。鼻頭に当たったナスの皮が破れ、線虫どもが勢い良く飛び出して数匹が武藤の鼻の穴から侵入した。グニュグニュと鼻腔を這い回りノドチンコの上を通って、食道に落ちていった。
 「ワワワワワーッ!」と武藤は、松葉杖を捨て、得意の匍匐前進を開始。ナスどもの蔓は延び切って、武藤の頭の数センチ上でビヨンビヨンと上下動を繰り返している。ざまあ見ろ! ほうほうの体でナス畑から逃れ安心した瞬間、背後から鼓膜を突ん裂く断末魔の叫び。振り返ると、蔓に巻き上げられた熊倉が棚の近くで小刻みに揺れ、手足はバタバタと虚しく遊泳している。四方八方のナスから青白い筋が流れ出て、熊倉に向かっていく。ギャーッ!という悲痛な叫び声も、口から鼻から肛門から流れ込む線虫によって、すぐにかき消されてしまった。



 武藤はどうやって戻ったものか、気が付いたときには家の中にいた。警察に知らせるものかどうか迷った。二人でナスを盗みに行き、ナスに襲われて熊倉は食われた、などと主張したところで相手にはされず、業務執行妨害で留置されるのが落ちだ。見ざる言わざるで通したほうが無難だ、と決めたところでドアチャイムの音。
「どなたですか?」
「熊倉ですよ。一人で逃げるなんてひどいなあ」
「いや、ごめんなさい。ご無事でしたか?」
「なんとかね。少しお話ししたいんですが、開けてくれますか?」
 武藤は、熊倉の声が変わっているのを敏感に察知した。舞と同じく、シャーッという発音前の微かな雑音を聞き取ったのだ。
「いえ、今日はちょっと」
「ほんの数分ですから」
「いえ、具合が悪いものですから」
「いいから開けやがれ、コノヤロー!」と熊倉の態度が一変した。
 音羽から貰った線虫忌避剤をドアの隙間から外に向かって吹き付けると、熊倉は罵声を浴びせながら去って行った。武藤はさっそく電話で山田と音羽に知らせようとしたが、電話線が切られている。武藤は心細くなった。線虫どもは夜中にまたやってくるに違いないと思ったからだ。忌避剤を浸した雑巾で玄関ドアの隙間を塞ぎ、両手に忌避剤のスプレーを握って壁際に座り、今夜は眠るものかとコーヒーをがぶ飲みした。


 やはり、やって来たのである。建付けの悪い家だ。敵は忍者顔負けの芸当をやってのける。畳と畳の間から、射的の的のように薄っぺらな熊倉の顔が現われた。やみ雲に二丁拳銃で忌避剤を吹き付けると、そのまますんなりと引っ込んでしまった。まるで縁日の射的ゲームだ。
「こんばんは」
 突然真後ろで女の声がして、武藤は両手をねじ上げられた。あまりの痛さに思わず忌避剤を二つとも落としてしまったが、それで安心したものか、強引に武藤をくるりと転がし、袈裟固めで攻めてきた。裸の舞だ。力が強く、まったく抵抗できない。
「いい加減にしてくれ!」と、武藤は泣き声で叫んだ。
「いい子ね。そんなに泣かないで。今日は換気扇の隙間からお邪魔しましたわ。こんなボロ家、どこからでも入れてよ。あなたの体だって、穴だらけ。もうあきらめて楽になりなさいな。今夜もたっぷり虫さん入れてあげる」
「分かった分かった。少し力を緩めてくれよ。虫さんをもらう前に、すこし聞きたいことがある」
「いいわよ、何かしら」と言って舞は武藤から体を離し、側に正座した。鼻の穴から興奮した線虫がポタポタと落ち、恥毛の森に消えていく。
「あんた、脳味噌だって虫に食われちまったのに、なんで喋れるんだ?」
「いい質問ね。あたし、単なる虫袋ですわ。だから何も考えていないの。あなたの声をお耳のマイクでキャッチして、本部に電送する。すると本部から電波が帰ってきて、刺激された虫たちが体を震わし、声になるのよ」
「なんだ、がっかり。ケツ振って音出すミンミンゼミかよ。あんたは単なる虫けらってわけだ」
「まあ、言ってくれるわね。言葉なんて必要ないわ。男と女の話なんて、半分は嘘っぱち」
「……ということは、僕は吉本君と話していることになる」
「そういうことだな武藤君」と、舞が突然男の声で喋り始めた。
「いったい、すでにこの町には線虫人間は何人いるのかね」
「悪魔酒を飲めば、一週間後には虫の卵が孵るから、もうだいぶの人間が線虫人間ないしはその予備軍さ。パンデミックだ。もう、悪魔酒なんて必要ないさ。虫人間が人間を襲えばいい。君はあまり夜の街に出ていないだろう。線虫は夜が好きなんだ。石を投げれば虫人間に当たるさ。もう俺にも制御ができなくなりつつある」
「悪魔酒が必要ないなら、いったい君の目的は何なんだ!」
「酒を売ってぼろ儲けをするのが目的でないことは確かだ。要するに人間が嫌いなのさ。嫌いな人間が増えすぎている現状は耐えがたい。君は知らないだろうが、必要以上に人間が増えると、質も落ちていくのが自然の摂理だ。おかめとひょっとこがどんどん増えてくるのさ。例えば、欲の深さ。周りに人間が多すぎると欲望が満たせなくなってくる。不景気になれば、食えない奴も出てくるだろう。そうなると、みんなバカになって騒ぎ出し、再び戦争だ。しかし、戦争はもうこりごりだろ。だから、バカを起こす前に、間引きをする。日本の人口を食糧事情に合った形態にする」
「なるほど。食糧を増やせなければ、人を減らす以外にない。極めて論理的だ。君はある種の平和主義者だ。それとも神様か?」と言って、武藤は皮肉っぽくわらった。
「君にとっては虫の好かん虫野郎さ。で、俺にとっての君だが、君は危険人物だ。どうでもいいことに首を突っ込みたがる、おせっかい焼きの人間さ。だから君にも虫になってもらう。異議はあるかね?」
「大ありだね。君のムチャを叩き潰すまでは、虫にはなりたくない」
「それはだめよ。体の中の小悪魔ちゃんが、出たがってうずうずしてるんだもの。もう止められないわ」と舞は再び武藤に襲いかかった。片手を忌避剤に伸ばしたが、手の届くような距離ではない。武藤はもうあきらめる以外に方法がなかった。
 舞の身体が完全に武藤に乗っかり、その唇は武藤の唇にあてがわれる。ダリの絵にあるフニャフニャ時計みたいに、身体が見る見る柔らかくなって武藤の上でダラリと伸び始めた。しかし、線虫が出て行くのに武藤の体内には入ろうとしないのである。線虫は舞の口からは出ないで、下腹部から出ているようだ。武藤は力いっぱいに覆い被さる舞を撥ね退けると、舞は軽く跳ばされグニャリと畳に転がった。
 下腹部から線虫どもが隊列を作って畳の隙間に消えていく。大慌てで逃げている感じだ。突然、舞の口から分隊長が飛び出し、蛇のようにシューシュー音を立てながら素早く便所の方に逃げていく。頭がいい。肥溜めの中に隠れるのだろう。武藤は助かったと胸をなでおろし、部屋中に異様な薬剤の臭いが充満していることに気がついた。シュッシュッシュッという音が玄関から聞こえてくる。誰かが鍵穴から霧吹きしているのである。玄関を開けると、音羽が立っていた。
「大丈夫でした? 心配して来てみたら、女の声がしたので舞さんかと思ってスプレーしました」
「助かりました。まあ、どうぞどうぞ」と言って武藤は音羽を家に入れ、「紹介します。舞さんの抜け殻です」と両手でペッタンコになった舞を摘み上げた。
線虫はパニック状態になったらしく、大事な住みかを残して消えてしまった。音羽は、足の部分をめくり上げながらしばらく触っていたが、つま先からクルクルと巻き始め、巻き上がったところで武藤が紐でぐるぐる巻きにした。
「一応これは死体ですから、警察を呼ばなければいけません」
「ご冗談。警官はきっと怒り出す。どう見ても空気を抜いた大人のオモチャだ」
「とりあえず放置しておきましょう。だれも死体だとは思わない。この家にいるのは危険ね。でも、外はもっと危険だわ。ここに来るまでに、暗がりの中で青白く光る顔を何人も見ました」
「で、僕はどうすれば?」
 音羽はしばらく考え、「私の家でよかったら」と答えた。


(つづく)





響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




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