詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ネクロポリスⅥ


老人は泣く男から離れると
岩に穿たれた小さな穴に出くわした
穴の底はキラキラと輝いている
泣く男がやってきて
「ピカドン教室さ、穴に耳を当ててごらん」と囁いた
授業中らしく、中から先生と子供たちの声が聞こえてくる


みんな科学の恩恵で生きているんだ
君たちを琥珀の中のアリさんにしてしまったガラス玉
これはいったい何ですか
ハイ教室の窓ガラスです
バンソウコウが張られていた薄っぺらなやつだった
爆弾が落ちるとビリビリ震えたやつだった
臆病なガラスが科学の力で水晶玉に早変わり
君たちの永遠の住処になりました
でも、窓からぼおーっと眺めていた景色はどこ?
光線の反射角度の問題だね
次元の問題かもしれないよ
違うよ、あれは蜃気楼だったのさ
君の見る景色と僕の景色は違うのさ


君たち科学的に考えろ
あの景色はとっくに蒸発しちまった
思い出と一緒にさ 瞬間だ
先生これって、科学の力?
何万度の熱を生み出す力さ
鼻くそから人間を造り出す力さ
パルスの空回りで、いろんな神様をこしらえる力さ
でも、時間だけは戻せない一方通行


先生僕たちはなんですか?
塵の一種さ カビも同然
だれかさんの脳裏に入り込んだ遠い昔の感傷さ
壊れてしまったDNAの化石と同じだ
しかし君たち科学の力を信じなさい
ひしゃげた細胞はいつまでも伝染続けるプリオンだ
生まれ持った頑固な遺伝子 石段を焼いた影と同じに
不気味な不気味なメッセージ
強いバイアスで怒り続けなさい
また来るピカドンの日まで…
ガラス玉がもう一度融け、ほら
みんな宇宙に飛び立っていく日だよ



響月 光(きょうげつ こう)


詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




響月 光のファンタジー小説発売中
「マリリンピッグ」(幻冬舎)
定価(本体1,100円+税)
電子書籍も発売中



『マリリンピッグ』とイデアの世界


 『マリリンピッグ』の主人公アチャナは、海底に立ち昇る火柱の中で、イデアの世界の自分と遭遇する。イデアのアチャナの後ろには、幼い頃に空襲で死んでしまった両親がイデアとして立っていた。そしてその背景にはイデアの地球があった。アチャナは自分のいる地球にも両親が欲しいと懇願するが、現実の地球ではこぼれた水はコップに還らないことを諭される。それよりも、いまの地球を少しでもイデアの地球に近づけなさいと励まされ、イデアの火をトーチとして分けてもらってマリリンの丘を目指すのだ。
 イデア論を唱えたプラトンだって、最初は現実のひどい世界を見ながら、「善」を核とした理想の世界を想像したに違いない。プラトンによれば元々魂はイデアの世界にいたが、輪廻転生で下界に下りてきて忘れてしまった。しかし、現実の不完全な姿を見るたびにイデアの世界の完璧な姿を思い出すのだという。そして知を愛する者は、自分の魂を肉体から分離解放し、イデアの似姿として形作ろうとする者、本来のイデアに近づけようと努力する者であるという。
 イデアの世界から落ちてしまった人間たちは、それぞれの境遇で自分なりの勝手なイデアを想像し、努力していることも確かである。自己中心的イデア論の世界だ。アニメにでも出てきそうな万能の野球選手を目指して練習に励む少年もいれば、名医を目指して受験勉強に心血を注ぐ若者もいる。中には天国の王宮を目指してテロ活動に専念する過激派もいれば、アウシュビッツのような生き地獄から解放されることを目指す囚人もいる。イデアを失った囚人は同時に希望も失い、生きた屍のような状態になってしまうのだという。 
   アチャナは年も若くて、知を愛する者とまではいっていないが、イデアの善に満たされた戦争のない世界を目指して駆け出したことは確かだ。彼女はイデアの両親に逢ってイデアの「幸せ」を目の当たりにした。それはいつもの夢と違わなかっただろう。両親の背景にはイデアの地球があり、それもいつもの夢にある背景と変わらなかっただろう。彼女が駆け出したのは、死んでしまった両親は戻らないが、死につつある地球はきっと戻ると信じたからだ。
 『マリリンピッグ』は、イデアの世界からかけ離れてしまった地球を、何とかイデアの地球に近づけようと努力する知的動物たちの物語だ。最近「人新生」という言葉が地質学的な区分の一つとして提唱されているという。プルトニウムやプラスチックが含まれる地層は、確実に現代のホモ・サピエンスだけがもたらした地層なのだ。人類が絶滅した後、未来の知的生物が新生代最後の地層からプルトニウムやプラスチックを発見したとき、かつて棲息していた人類の失敗をどう思うのだろうか……。
   プラトンのイデア論を、大昔の非論理的な哲学であると一蹴してはいけない。プラトンはイデアの世界から叫び続けているのだ。
「いまこそ、すべての人々が知を愛する者として理想の地球をイメージし、一丸となって、その似姿に近づける努力をすべきなのだ!」と……。

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