詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

奇譚童話「草原の光」 八 & 詩


英霊に捧げる詩(うた)
(戦争レクイエムより)


ある時茫々とした古の戦場を歩いていると
無数の英霊たちが草の根っこにしがみ付き
軽々しい霊魂を浮かせてしまわないように
必死に踏ん張っている姿を見て驚かされた


地球の自転は土屑となった幾多の魂を
とわの宇宙に飛ばすための排出作業だ
貴方は地球が搔いた血汗のようなもの
魂なんか雑草の栄養にもなりはしない


貴方の残影が残るのはほんのひと時
この星の悲劇は直ぐに忘れ去られて
再び同じような惨劇は繰り返される
何万年も何十万年も前からの伝承だ


なのになぜ人の心に訴えようとする
なぜ古の怨念を捨てようとはしない
貴方を駆り立てたのは、貴方自身だ
浮かばれぬ魂よ、それは僕の誤解か


朽ちた魂は浄化されてしかるべきだ
貴方はきっと祈るために留まるのだ
人が死んだ者に祈りを捧げるように
生きる者達に祈りを捧げているのだ


嗚呼、楽園を追われた人類に科せられし罪
勝ち抜くことが小惑星の住人の習い性なら
敗北者は後ろ髪を引かれる思いで留まろう
こんなことは二度と繰り返してはいけない
貴方にも私にも、祈る事しかないのだから




戦場の森にて
(戦争レクイエムより)


僕はいま、森の中を散策している
高台に登って下を眺めると
一点の陰りもない見事な森が広がる
木々はしのぎを削って太陽を奪い合い
一幅の完璧な絵画を完成させた
しかしそれがアートであるからには
美しさだけを楽しむわけにはいかないだろう
セザンヌの歪んだ絵の裏に、苦汁の人生が潜むように…


ここは古の激戦地
高台には機銃が据え付けられ
迫る敵兵を血祭りにあげた
木々は戦死者たちの血肉を肥料に
日の目を見なかった幼木たちをも糧にして
枝葉を翼のように広げ、勝ち誇る


枝々の下は漆黒の闇となって
食物連鎖の戦場が広がり
哀れな兵士の代わりに
小動物たちが死闘を繰り広げる


嗚呼、未来への飽くなき欲望よ
植物の、動物の、虫どもの、人間たちの
腹を空かせた貪欲さよ…
生き抜くために魂を食らう星、地球
食べ続けないと朽ちてしまう星、地球
それがこの星に生きる公認システムなら
きっと最大の罪は
無限の時空を侵し続ける巨大アメーバ
ビッグバンであるに違いない


僕はため息をつきながら
機銃の台座に腰を下ろし
緑きらめくパノラマを肴に
宿屋で貰った握り飯を頬張った
さて夕飯は肉か魚かと考えながら…




英霊からの返信
(戦争レクイエムより)


自分はいま
天国におります
天国は見渡すかぎり なんにもない
外からの刺激も 内からの反応も 必要ない
まるで 死んでしまったよう
ただ 揺るぎのない無があるだけ
これはきっと極楽の幸せ
私を苦しませた上官たちも
私を困らせた無謀な命令も
今となっては単なる陽炎
そう 私は悟った
無になることが 幸せの極致
悲しみも 喜びも 快感も 苦痛も
ひどく薄っぺらな皮のようなもの
私は悟った すべてを投げ捨て 風穴を開けよ
たった一つの脱出口 胸板の血飛沫


天国にはなにもない
敵に遭うこともない
友に遇うこともない
命令に従うこともない
刺激も 反応もない
欲望も 失望も 目的もない


これはまるで 消えてしまったよう…






奇譚童話「草原の光」
八 四人で一人


 ヒカリは草原を五百メートルほどはいはいしてから、急に立ち歩きをするようになった。先生とナオミとケントは心配して後を付いてったけど、エロニャンたちはぜんぜん気にしないんだな。エロニャンに言わせると、生まれた子供は立っちができるようになると、自分探しの旅に出かけるんだそう。草さえ生えていればお腹が空くこともないし、喉を潤す小川はいっぱいある。いまじゃライオンもハゲワシも草食動物になっちまい、牙も爪もない。一カ月くらいは草原のいろんな所を歩いて、それからエロニャンの群に戻ってくるんだ。


 でも百分の一の確立で、離れエロニャンになるんだそう。離れエロニャンってのは、離れ猿とは違って、ボスに嫌われたわけじゃない。エロニャンには親分なんていないからな。そいつは赤ん坊のときから孤独が好きで、仲間たちのもとに戻らない変わり者だ。たぶんトラの血が濃いんだな。だから、エロニャンたちはモーロクたちが後を付けているのを見て「やめなさい」っていさめたんよ。それでナオミとケントは仕方なく追いかけるのはやめたんだけど、先生だけは気付かれないように付いていくことにした。だって、ヒカリにはモーロク一族の将来がかかっているんだから。


 で、もちろん草原にはエロニャン以外にもいろんな動物がいるから、歩いてると誰かにぶち当たるんだな。ライオンだとかゾウだとか、ハイエナだとかスカンクだとか、そんな動物は当然エロニャンなんかに興味はないから通り過ぎるだけだけど、ヘビは違うんだな。ヒカリが出会った最初のヘビも、生まれたばかりで自分探しの旅に出てたんだ。


 ヘビは小さいくせに大げさに鎌首をもたげて「ハイッ!」て声をかけた。ヒカリも片手を挙げて「ハイッ!」って返事した。
「知ってる? 君の先祖はヘビが親友だったってこと」
「そうなの?」
「きっと君の肩に、ヘビ穴が開いてるはずだぜ」
 ヒカリは両手で両肩をさすったけど、そんな穴はどこにもなかった。
「なんだ君、エロニャンじゃないな」
「じゃないとどうなの?」
「じゃない君とは、一緒に暮らせないのさ」
「でも僕、エロニャンだよ」
「じゃあ、どこかに穴があるはずさ」
「ほら、ここにあるよ」


 ヒカリは口を大きく開いたんだ。するとヘビはビックリして、「おいおい、おいらを食うつもりかよ」って団扇みたいに首を広げたんで、ヒカリは生まれて初めて笑ったんだ。ヘビのほうも生まれて初めて笑って、二人は意気投合し、しばらく一緒に歩くことにした。


 ヘビはヒカリの首に巻きついて、楽をしようと思ったんだな。昔のヘビも大きな獲物を飲み込んだあとは、ずっと寝てたもんだ。でもヒカリはヘビに栄養を上げないから、時たま地面に下りて草を食べなきゃならなかった。そのときヒカリは、そのままヘビがいなくなったらどうしようって、生まれて初めて心配した。でもって、もっと仲良くなろうって名前を付けることにしたんだ。いつも首に巻きつくから「スネック」にしたんよ。


 先生は時たま土をかじりながら、二人の後を付けていたんだ。だだっ広い草原だけど、たまに木が生えてる。スネックは木登りが好きで、木があると、ヒカリの首から枝に飛び移って、天辺まで登って周りを見渡すんだ。ライオンやハイエナやシカやクマや、いろんな動物が草を食べてるのを見て、スネックは感激して叫んだ。
「いろんなやつがいるんだなあ!」


 ヒカリが目をつむると、スネックが見ている景色がまぶたに映るんだ。それで、スネックが自分の相棒になったことに気付いたのさ。先生は後ろの草に隠れて様子を見ていたけど、ヒカリに尻尾が出てきたんでビックリした。外見はモーロクなのにエロニャンの尻尾がある。それも蔦やヘビじゃない。ちゃんと確かめようとして背伸びしたら、二人に見つかっちまった。


「先生、どうしてこんな所に?」
「私が先生だってこと、よく知ってるね」
「だって僕が生まれたとき、みんなが先生って言ってたもの」
「君の尻尾に興味があって付いてきたのさ」
「尻尾?」
 このときヒカリは尻尾があることに気付いたんだ。スネックは木から下りてきて、ヒカリの尻尾に食らい付いた。
「痛いよ!」ってお尻が叫んだ。
「尻尾が怒ったぜ」って先生。
「でも、ここは僕が入る場所じゃないの?」ってスネックが主張するんだ。
「早い者勝ち」
 尻尾がペラペラ喋り出したんで、ヒカリもスネックも驚いた。
「そうさ、早い者勝ち。美味しい土は最初に見つけた者が食べるんだ」って先生。それはモーロクの考え方なんだ。
「そうじゃないよ。みんなで分けるのさ」
 ヒカリは先生に反対した。それはきっとエロニャンの考え方だ。
「じゃあ、そこの穴は、替わりばんこがいい。一緒に入ることはできないからな」って先生。


 先生は、ヒカリが生まれたとき、イグアナがお尻の穴に入り込むのを見たような気がしたんだ。暗闇で、なにかトカゲのようなものが入っていくような感じだったけど、夢のような気もしたな。イグアナは仕方なしに穴から出て長い舌を上げ、そいつでペコリと挨拶した。
「じゃあ一日おきに交代しよう。今日はお尻、明日は首」
「でも、イグアナ君が穴から出るとき、硬いウンチが出るみたいに痛いな」ってヒカリ。
「じゃあ、トゲのないヘビ君に譲るさ」
「やっぱ最初の発見者でいいんだ。僕が見つけられなかったのは、僕のせいだし」ってスネック。
「それはヒカリが決めることだよ」って先生が口を挟むと、ヒカリが首を振った。
「僕の穴は僕のものでも誰のものでもないよ。穴はこの草原の一部なんだ。だから草原に生きるみんなのものさ。みんなが勝手に入って、勝手に出ればいいさ」と言って、「ほら、ここにもあるよ」って両手でお腹を引っ張ると、おヘソの穴が大きく開いたんだ。


 すると草陰から子供のカメレオーネが飛び出してしゃっかり納まっちまったので、結局スネックはもとの首に戻ることにしたのさ。イグアナもカメレオーネも生まれたばかりで、ヒカリはこの二人にも名前を付けたんだ。ハンナとジャクソンだ。ウニベルとステラが遠い星からやって来てから長い時間が経つから、カメレオーネはすっかり地球になじんで長生きして、どんどん増えてるんだな。そんなにたくさんのカメレオーネが、生まれたときから空飛ぶ円盤の取り扱い説明書を探しているなんて、きっと彼らのバイブルみたいなもんだな。みんなウニベルとステラが故郷の星に帰れることを願ってんだ。



 結局ヒカリは、スネックとハンナとジャクソンと一体化して、新しいヒカリに成長した。先生は、見た目がモーロクなのに、エロニャンのポケットを持っているヒカリに感激しちまった。
「ヒカリ、君はまさに新人類だ! モーロクとエロニャンの統合型理想人類だ」
「その統合型理想人類は何をしなければいけないの?」
 ヒカリが聞くと、先生は吹き出した。
「ここはエロニャンの国だから、エロニャンとして生きればいいんだよ。地下には戻らないほうがいい。私たちは美味しい土を探すために、モグラのように穴を掘り続けなければならないんだ。けっこう重労働さ」
「ここには美味しい草があふれているよ」
「そうさ、一日中美味しい草を食べてれば、ケンカなんかすることもない。太陽と水があれば草はどんどん生える。ここはパラダイスさ」


 するとジャクソンが異議を唱えた。
「でも僕は、草食動物の生活には反対なんだ。カメレオーネ族には目的があるんだよ。お腹を満たして子供を増やすばかりじゃダメ。このままカメレオーネが増え続ければ、そのうち草だって無くなっちゃう。僕たちは故郷の星に帰る必要があるんだ」
「その星はどこにあるの?」ってヒカリ。
「さあ、でもその星は地球の百倍の大きさがあって、食べ物も豊富さ」
「ここより豊かな星なんて信じられないけど、空飛ぶ円盤が直ったら僕も行ってみたいな」
「じゃあ一緒に、空飛ぶ円盤の取り扱い説明書を探そうよ」
「分かった」


 ヒカリは自分探しの旅の途中でカメレオンのジャクソンと合体し、目的を持って生きることになったんだ。そのとき先生も自分の目的のことを見返してみることにしたのさ。ヒカリは病気に強いモーロクの第一号として誕生した。これから新人類の仲間たちも増えて、みんな健康的に育って、ウニベルみたいにたくさん子供たちを増やしていくに違いない。
 けれど先生は地下で眠っているモーロクの子供たちのことをすっかり忘れていたのさ、っていうかモーロクの人々は治す方法も考え付かないから、ほとんど諦めていたんだな。でも先生はハッと良いアイデアを思いついたんだ。


「ジャクソン、君はカメレオーネだから変身が得意だろ?」
「もちろんさ」
 ジャクソンはヘソの穴から飛び出して、たちまちヒカリに変身した。
「ワッ、すごい! 君は天才だね」ってヒカリ。
「すごいわ、どっちが本物だか分からない」
 ハンナも驚いた。
「君は、ヒカリの心も分かるのかい?」
「分かるよ。ヒカリは僕だし、僕はヒカリだもの」
「なら、僕がいま考えていること、分かる?」
 ヒカリが聞いた。
「君の頭の中は、空飛ぶ円盤でいっぱいさ」
「すごい! 君はすっかり僕なんだね」
「じゃあ、今度は先生に変身してごらんよ」
 スネックが口を挟んだ。


 ジャクソンはいったん自分に戻ると、今度は素早く先生に変身した。先生は「パーフェクト!」って叫ぶと、ジャクソンを鏡に見立てて、ボディービルの選手みたいな恰好をする。最初はジャクソンも鏡の真似をしたけど、ガリガリの体に笑いがこみ上げてきて爆発し、草の上に転げ回ったので、先生を含めてみんな大笑いした。
「ねえ、先生は何を考えてるの?」ってヒカリは催促した。


 ジャクソンはしばらく目をつぶっていたけど、つぶった目からどんどん涙が出てくるんだ。みんなは驚いて真剣な顔付きで、ジャクソンから出てくる言葉に注目した。
「嫌なものを見ちまった。先生、あの死んだ子供たちは何なの?」
 先生は涙目で、「あれはモーロクの子供たちさ」って答えたんだ。
「みんな死んだの?」ってヒカリ。
「いいや、眠っているのさ。でも、起きることはないんだ」
「どうして、どうして起きないの?」
 ヒカリは目を潤ませてたずねた。
「病気なのさ。伝染病だ。君たちにはかからないけど、モーロクにはかかるんだ」
「治す方法は?」ってスネック。
「お薬を探しに地上に出てきたのね」
 ハンナはゴアゴアの手を打った。
「いいや、この星に治す方法はないんだ。だから私たちは、病気に強い子供をつくるために、地上に出てきたのさ。そして、ヒカリが生まれた」
「僕って病気に強いの?」ってヒカリ。
「君の祖先はこの病気に強くなるために、ネコの血を入れたんだよ。私たちは、それをしなかった人間の子孫さ」
「きっとネコ嫌いだったのね」ってハンナ。
「だけど、なんで治せないって言えるのさ」
 スネックが怒ったように言った。
「そうだよ。きっと何か方法があるよ」
 言ってジャクソンは元の姿に戻り、目を三六○度キョロキョロさせ、周りを探した。


「ほら、あそこに良く効く薬草が生えてるよ」って、手と頭をそっちに向け、前後させた。
「それよりジャクソン、君に頼みたいことがあるんだ。君たちも私も、ヒカリもこの草原も、地球だって太陽だって、みんな宇宙の一部だし、あの子供たちもその例外じゃない。子供たちは親が産んでくれた自分を失くさないように必死に頑張っているのさ。もちろん、彼らが力尽きても、消滅したわけじゃない。その体は分解して小さな粒になり、宇宙に漂うだろう。でもその前に、彼らの親たちに、眠っている彼らが何を思っているのかを知らせてあげたいんだ」
 先生は涙声で言った。
「分かった、僕があの子供たちになって、彼らの思いをお母さんに伝えればいいんだね?」
「やってくれるかね?」
「もちろんさ。いったい何人の子供たちが寝てるの?」
「二千人もいるんだ」
 みんなから「ウワーッ!」ていう驚きの声が上がった。
「僕一人じゃ無理だな」
「なら、君の友達を集めりゃいいじゃないか」
 スネックがアドバイスした。
「そりゃいい考えだ。カメレオーネ一族はこの草原に一万匹以上いるんだもの」
「そんなにあなた、声を掛けられる?」ってハンナ。
「君たちのルーツ、ウニベルとステラに頼めるかい?」って先生。
「ナイス・アイデア。彼らは僕らにとっちゃ神様だからな。でも、ヒカリは自分探しの旅を切り上げなくちゃならないぜ」


 ジャクソンが上目遣いでヒカリを見上げると、ヒカリはジャクソンにウィンクした。
「僕はもう自分を探し当てた。僕にはモーロクの血が入っている。そのモーロクを助けるのは当たり前さ。でも、あのネコ爺さん、ネコ婆さんたちには会いたいな」
「じゃあこうしよう。とりあえず、僕と先生は神殿に行って、ウニベルに助けを求める。ウニベルが鐘を鳴らせば、二千匹ぐらいすぐに集まるさ。君たちはジジババたちに会えばいい」
 ジャクソンが言うと、ヒカリは首を振った。
「僕も君の仕事を手伝いたいんだ」
「それなら、ジジババに会ってから神殿に来いよ。僕たちは君を待ってるから」
 ジャクソンは先生の肩に乗って、二人は元来た道を戻っていった。
(つづく)








響月 光のファンタジー小説発売中
「マリリンピッグ」(幻冬舎)
定価(本体一一○○円+税)
電子書籍も発売中 


#小説
#詩
#哲学
#ファンタジー
#物語
#文学
#思想
#エッセー
#随筆
#文芸評論
#戯曲
#エッセイ
#現代詩
#童話

×

非ログインユーザーとして返信する