詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(十九)& 詩

ロボ・パラダイス(十九)


(十九)


 フランドルはヨカナーンの執務室に招かれ、二人だけの作戦会議が行われた。
「君は殺されたが、ロボットになってここにいる。この私もそうだ。不思議なことだと思わないか?」
「きわめて不思議だ。民族浄化を進める連中にも、神を畏れる気持ちがあるのだろう」とフランドル。
 ヨカナーンはハハッと笑って、「そんな連中ではない」と否定した。
「私は敵である世界連邦の議長と手を結ぶことにしたんだ」
 フランドルは驚いた顔をしてヨカナーンを上目遣いに見詰め、「奴はあんたが殺したはずだろ?」と押し殺したような声で言った。
「そう、正しくは議長のパーソナルロボットと手を結んだのだ。これにより、世界に点在する反抗的な少数民族は、各々の民族宗教とともに存続が許されることになった。もちろん自治権は保証される」
「あいつ、百八十の方向転換だな。きっと何か見返りを要求されたんだろ?」
「君は民主主義と民族主義のどちらかを取れと言われたら?」
 フランドルはしばらく考えてから、「糞ったれ民主主義め。俺は生まれたときから民族のために戦ってきた」とため息混じりに呟いた。
「私もだ。だから、まず荒廃した自分の故郷を考えざるをえなかったのだ」
「いまじゃ民主主義は民族主義さ。世界が一つになったいま、人数の多い民族の勝ちだ、いや、核を支配する民族の勝ちだ。とっくに民主主義は崩壊している」
「そう、貧乏人と金持の二層構造。下に溜まるのはヘドロのような貧乏人。上澄み液は金持というわけだ。金持による貴族社会。当然、少数民族は使用人。世界連邦体制は、強権を振り回さなければやっていけない。私たちのような不満連中がいるからな。知っているか? 君は死んでいないことを……」
「俺が?」
 フランドルは目をまん丸にした。
「これはあくまで予想だが、殺された仲間の多くも地下牢で生きているんだ。もちろん、私も生きている。どんな状況で生きているかは知らないが……。議長はしかし、私が確実に殺した。その議長が私に地球の運営を手伝えと言い寄ってきた。君は生身の君と仲間を牢から出したいとは思わないかね」
「当然思うだろうな……、本当に民族浄化はないのか?」
「議長は、議長を殺した私を許したのだ。地球温暖化を解決するためにな」


 フランドルは、ヨカナーンから世界連邦政府の行政方針を聞いた。特定額以上の税金を払えない六十歳以上の人々をロボ化し、月に送ろうという究極の人類浄化作戦だ。民族浄化の規模どころではない。「離脱」を死としない考えでは、それは尊厳の無いボディを取り替えるだけで、決して大量虐殺には当たらない。人間としての尊厳は脳味噌にあり、それをデジタル化しても毀損されることはない、というわけだが、実際には月に移送されても、狭小なロボ・パラダイスに移住できるわけではなく、頭部と体は分離されて月面に放置されるだけの話だ。月は将来的に、貧乏人たちの墓場と化してしまうのだ。
「しかし俺たちの宗教は? あんたらの宗教だってどうなるんだ。英雄が死んだら天国に行ける話はどうなるんだ?」
「議長は、自治権とともに信教の自由も認めたのさ。我々の仕事は、この世界法に背く反乱分子の制圧に加勢することだ。我々の脳データはこの基地の地下にストックされるので、破壊されてもここに戻ればいくらでも再生できる。我々は不死身の戦士として地球を救うことになる。君は人口削減以外に、地球温暖化を防ぐ方法を知っているかね?」
「科学者でもないのに、答えられるわけがないだろう」
「学者だって答えられないさ。人口削減という答えを出したのは、世界一の量子コンピュータだ。しかも時間がない。ティッピングポイントは間近に迫っている。そこを過ぎれば灼熱地球にまっしぐらだ」


 マミーが入ってきて盆を持ち上げ、外に出た。太陽は強烈に輝き、地面の土色を蒸発させた。「この話は決して仲間に口外してはいけない」とヨカナーンはフランドルに念を押した。三人は立ち入り禁止の札が立つ場所に行った。十人の男女が地面のシートを一斉に引くと、六千体以上のパーソナルロボが横たわっている。どれも高価格帯のオーダーメイド商品だ。それらは死体のように微動だにしなかった。
「君たちの頭部とボディだ。廉価品では地球に戻ることはできないからな」
「これらの脳情報は?」
「脳回路は承諾を得て抜き取り、地下の保管庫に入れてある。電流がないので眠っている。これらはロボ・パラダイスの近くに捨てられた違反者たちだ。彼らは地球への帰還を我々に託した。最初は彼らを工作員に仕立てようと思ったが、まったくの素人だし短気者が多い。しかし子供の頃から抵抗運動に加わってきた君たちの知恵は役に立つ」
「俺たちはこのボディに入魂し、地球に出兵するというわけか……」
「そして任務を成功させて、故郷に錦を飾り、生身の君とともに暮らすのだ。双子のようにな」
「月に戻されることは?」
「それも議長と約束した。我々にはその後の治安維持という仕事が待っている。政府の傭兵になるのさ」
「皮肉な結末だな。政府に噛み付いた犬が、政府の飼い犬になる」
 二人は笑った。



 新しい五体への入れ替えは、外輪山(リム)内の酸素を満たしたクリーンルームの作業場で行われた。彼らの宗教上の理由から男は男、女は女の体が必要だったが、予想の七割しか救出できなかったため、余分が出て調整もうまく行った。一人ひとりの好みを聞くと混乱するので、流れ作業で行われることになった。約六千人は男と女に分けられ、作業場の扉の外から一列に並び、その列はリム外の平地に続いた。寝かされていた身体から頭部が外され、百頭ずつ作業場に搬入される。作業ラインは五列あって、四列が男性にあてがわれている。反乱分子は圧倒的に男が多かった。
 入口は男女に分かれ、二重扉になっていて、扉と扉の間に十人ずつ入ってエアシャワーを浴び、体に付いた埃を吹き飛ばしてから作業場に入る。作業場では、まずボード上にうつ伏せになり、作業員が襟首の赤いボタンを引き抜くと首は勢い良く加工台に飛んで入り、ボードが傾いてボディは床に開いた廃棄口から奈落に落とされる。加工台では作業員が首の中に手を突っ込んで、中のボタンを押す。後頭部のソーラーパネルの一部がせり出すので、そいつを引っ張ると脳データチップの入ったカセットが出てくる。そいつを抜いて新しい頭部の同じ部分にはめ込み、首の中のボタンを押してセット完了。新しい頭はソーラーパネルの機能を持つ毛髪が生えているけれど、頭皮を剥がす作業はしごく簡単。セッティングすると新しい頭部はすぐに「もう終わったの?」などとしゃべり出すので、作業員は無視してそいつを横のワゴンの中に置く。廃棄物となった頭部は、横のダストボックスに投げ入れ、ボディと同じ奈落行きだ。部屋は空気圧が高いので、奈落の埃が作業部屋を汚染することはない。
 新しい首は十首まとまるとヒヨコのようにうるさくなり、作業員が搬出する。それを炎天下に敷かれたシートの上に置くと、それぞれの相方ボディが首からの信号を受けてやって来て、自ら勝手にはめ込んでくれる。まず最初にやる仕草は、両手で恥部を隠すことだった。彼らには月面仕様の迷彩服が配られた。


 ヨカナーンはフランドルを「流れ星作戦」の製造工場に案内した。兵隊たちを地球に送り込むには宇宙船が必要だが、それは簡単に捕捉されてしまう。そこで考えられたのが、一人ひとりをカプセルに入れて送り込む方法だ。工場はやはりリム内に造られていて、タングステン製のカプセルが製造されていた。一人用カプセルの内側は「スターライト」という名の超高温断熱材が詰められ、そこに兵隊が入ることになる。
 工場の横には二百メートルほどの縦穴が掘られていて、そこには氷の層がある。兵隊の入ったカプセルはそこに下ろされて、真球に近い直径五メートルの球体に精密加工された氷の中心にセットされ、穴は硬い氷で塞がれる。この氷球を月面の電磁式カタパルトで宇宙に飛ばし、月の裏側を回る地球への自由帰還軌道に投入する。軌道に入れば何もしないで地球に落ちるというわけだ。氷は大気圏に突入した後蒸発してしまうが、耐熱カプセルと断熱材で兵隊は守られ、最後はパラシュートも開く。大洋の真ん中に落ちても、ロボットはちゃんと岸辺に泳ぎ着くことができる。


 ヨカナーンとフランドルがヨカナーンの執務室に戻ると、長椅子の上にフランドルのそっくりロボットが寝かされていた。背が高く逞しい体で、精悍な顔立ちをしていた。
「これは俺の死体か?」
 フランドルは目玉を剝いて叫んだ。
「ロボットだよ。地球連邦政府からの贈答品だ。君はリーダーだから、別の見てくれになってはいけないんだ。地元じゃ君は英雄だからな。私が首だけなのは、殉教者のイメージを持ちたいからさ」と言ってヨカナーンが笑うと、盆を持っていたマミーもにやりとした。


(つづく)




博士の異常な告白


いいですか
直径百キロ程度の隕石がぶつかるだけで
地球上の生命は消え去るのです
そこで僕は重さ百キロ程度の爆弾をつくり
生きとし生けるものを葬り去ろうと考えました
これからは隕石など必要ないのです
もちろん僕はテロリストではありません
もっと軽い気持ちの人間です
そう ゲーム感覚というやつです
世界の運命を僕が握っているという満足感
ところがつい最近になって
僕のような暇を持て余した連中が
世界中に蔓延していることを知りました
お手製爆弾の威力を競い合っているのです
インターネットで自慢し合っている
私は日本を壊滅させる爆弾をつくった
俺の爆弾はアジア規模の破壊力だ
いやミーは北半球を人の住めない世界にできるんだぜ
…などなど、まったくお笑いぐさです
みなさん軽い冗談のつもりで本物をつくっていらっしゃる
しかし、どいつも僕の相手ではないと安心しました
なにしろ僕の爆弾は ワールドワイドに粉みじんですから
で 本当のチャンピオンは誰かというお定まりの論争です
しかしこればっかりはロケットと同じで
飛ばしてみないことには分からないのです
で 某月某日にXデーを設けることにしました
世界中の愛好家が一斉にスイッチを押します
みなさんうそつきでないなら 地球は消滅です
ということは愛好家のみなさんも蒸発です
しかし こんなバカバカしいことはやめましょうと
だれも言い出すやつがいないんです
ほらほら歴史の先生がよく言っていました
走り出したら止まらないってね…
意地の張り合いになったら
行き着くところまで行くしかない
どいつも本当に頭自慢の頑固な方々です
本当は臆病者なのに誇大妄想なのです
さあ 地球のみなさん避難してください 早く早く
どこへ避難すればいいんだって?
人間でしょう そんなことは自分で考えなさい 自覚を持って
こっちだって徹夜して 一生懸命爆弾をつくったんだからよ!




響月 光(きょうげつ こう)


詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




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「マリリンピッグ」(幻冬舎)
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