詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(二)& 詩

ロボ・パラダイス(二)


 二台のロボットが完成した日には、ポールの隠れ部屋も用意されていた。ポールは田島の案内で隠れ部屋を訪れ、目を丸くした。全方向のVR空間で、部屋は地球と月の間を浮遊している。
「これで拘禁ノイローゼもナシです。月には広大な洞窟があり、ロボ・パラダイスはそこに建設されました。完成した二人のアバターは、来週にも月に行く予定です。それでは二人を紹介しましょう」
 宇宙空間に忽然と現われた二人を見て、ポールは再び目を丸くした。二十歳のポールはいまのポールよりも長身でがっちりとした体つきだった。十歳のポールも子供のくせに一七五近く、骨太の体つきだ。二人はポールの側に来て、右手を出した。ポールは二十歳のポールと握手し、左手で十歳のポールの頭を撫でた。
「二十歳の私はこんな感じだったろう。十歳の私はこんなに背が高かったっけ……」
「DNAの解析能力は、あなたの失った記憶よりも優秀ですよ」といって田島は笑い、「さあ、声をかけてください」と続けた。ポールは少しばかりためらってから二十歳の自分に話しかけた。
「君はいまの私の脳味噌だから、私の希望は理解しているはずだね」
「もちろん。十歳の私だって理解しているはずさ」
「もちろん。脳年齢二一歳の私は、人生でいちばん記憶喪失に悩んでいた時期だ」
「子供らしくない喋り方だね」
十歳のポールを見つめながら、ポールは苦笑いした。
「僕はロボットだから、簡単に修正できるさ。あっちに行ったらね」と十歳のポール。
「いずれにしても、失われた過去を求めて我々は月に向かう。我々の見聞は放送局に送られ、そいつがご主人様のVR空間を彩ることになる。地球を離れるところから同時体験ができるんだ。さあ、これ以上老いぼれ爺さんと話すことはないさ。乞うご期待」
 二十歳のポールは自虐的な台詞を残して背を向け、十歳のポールの手を引いてバーチャルな宇宙空間に消えていった。
「神のご加護がありますように」
 ポールは心の中で呟いた。




 ポールの死亡届が提出され、偽りの葬儀と埋葬が行われた。葬式では、納棺したダミーのポールが会場に安置され、二人のアバターロボットが横に立って参列客に頭を下げた。喪主はいないので、二十歳のポールロボットが「このたびは私の葬儀にご参列いただき、まことにありがとうございます」と挨拶した。遺言書に書かれた百億もの大金が病院に寄付された。ポールは残りの余生を、広大な病院の敷地内で過ごす覚悟を決めたのだ。失われた記憶を取り戻せなかった場合は、本当に人生を終わらせようと思っていた。
 田島は二人のアバターとともに放送局を訪れた。死んだ人間の身代わりロボはロボ・パラダイスに行く前に、生前お世話になった人を訪問する仕来りがある。しかしその場合、逃亡しないように警察ロボも付けられている。彼らはあくまで死んだ人間なので、地球で生きることは許されないのだ。訪問の様子は、まだポールの部屋と繋がっていなかった。三人が通された部屋にはプロデューサと政府関係者がすでにいて、打ち合わせをしていた。二人は立ち上がって、田島たちを迎えた。
「このケースは恰好の宣伝になりますよ」
 政府関係者は田島に右手を差し伸べ、二人は硬い握手を交わした。それから二人のロボにも握手を求め、生身の人間と変わらない手の感触に驚きの表情を浮かべた。
「政府は大分前に百歳からの離脱解禁を法律化しましたが、生身の人間からAIへの乗り換えはいまだに大きな壁です」
「一般の方たちは、精神というものがスピリチュアルなものだと、まだまだ思っているんです。しかし実際はAIと変わらないアルゴリズムだ」と田島。
「いまはまだ、平均寿命は百五十歳ですが、二十年後には二百歳に届くでしょう。ロボットにでもなって月に行ってもらわないと、地球は老人だらけになっちまう」
 プロデューサは政府関係者の禁句をすんなり言ってのけた。
「で、失われた記憶を求める旅は、政府の期待するところでもあるのです」と政府関係者。
「結果として、ハッピーエンドですね?」と二十歳のポール。
「当然です。高齢者はみんな、幸せだった子供の頃に戻りたがっています。我々は、子供の時代に戻れるんだったら離脱もいいね、と思ってくださる高齢者を増やしたいわけです」
「結果が最悪な場合でも、こっちで勝手に創作してしまえばいいんです。名目上はノンフィクションですがね。主人公は失われた記憶を求めてロボ・パラダイスに行き、両親や幼友達と再会して記憶を取り戻し、身も回路も錆びるまで幸せに暮らしましたとさ」
 プロデューサの言葉に全員がわらったところで、スタッフがトレイに四つの眼球を乗せて登場した。二人のアバターは、手馴れた手つきで各自の眼球を摘出し、通信機能付きの眼球と交換して目の位置にはめ込んだ。
「これで月から放送局にダイレクトに映像と音声が届きます。もちろん協力者の田島先生にも送られます。これらのデータを基に、我々は二時間番組を制作する予定です。」
「お二人の月でのご成功を!」
 全員がハグをし合って、出発式を兼ねた会合は終了したかに見えたが、「ちょっとお待ちください」とプロデューサは言って部下にサインを送った。登場したのは雑誌記者風の若い男で、「始めまして、お二人に同行する記者ロボットのピッポです」と自己紹介。
「お二人の眼球カメラだけでは映像が不十分ですのでね。政府の許可を得て、カメラロボットを用意したのです。彼は取材ディレクタとしても優秀なので、なにか困ったことでもあれば、お気軽に話しかけてください」とプロデューサ。
「ロボ・パラダイスにはパーソナル脳のロボットしか入れませんが、取材目的なら一台に限り、専門技術のAIロボットが入国可能です」と政府関係者が付け加えた。二人はピッポと固い握手を交わした。


(つづく)





永遠回帰


犬に追われたテロリストが
けりを付けようと樹海に入った
格好の枝があちこちにあったが
なかなか決められず
迷っているうちに出直したくなった
途中で死にかけている老人を見た
うつろな眼差で男にウィンクし
「お前とはまた会うだろう」といった
男は三日三晩歩き続け
再び老人の所に戻ってきた
「お前は回るばかりだ。死ぬまで歩き続けるがよい。次に会うときは私も亡骸になっているだろう」
しかし三度目の遭遇でも老人は生きていた
「ここは小さな地球さ。回り続け、あらゆる事象も空回りする。日は沈み、昇る。愚者は死に、生まれる。争いは終わり、生じる。地球が閉じられている限り、生き物たちも空しく回り続けるだろう」
「そして人類はいずれ消滅し、新たな猿どもが生まれるというわけか」
「そう、出口はないのだ。回帰するしかない。地球も脳味噌も殻から出たら破裂する。お前の猿知恵は大玉の内側をバイクで回るサーカスさ。音ばかり大きいが、大した技じゃない」
「しかし宇宙は広がり続けているじゃないか」
「ビッグバンはお前が引き起こしたのだろ。そう、泉の広場でさ。宇宙が広がり続けるのは、お前の同類が絶やすことなくやらかすからさ。そうだ宇宙もまた、空回りを続けているのだ。そして、その活力となっているのが、お前の心を満たしているダークエネルギーだ。およそ虚空のある限り、得体の知れない力が宇宙を浸潤し、爆発を駆り立てるのだ。お前の心のちっぽけな宇宙も同じさ」
「俺の人生は空回りの連続。前に進んでも、いつもお前に出会ってしまう」
男は自虐的にわらい、ようやく理解した。虚無は電気抵抗のない円環を回り続け、エネルギーを減らす術がないことを。そしてそれは、若者の心に入り込み、時たまリークして爆発することを。偶然男が手にした爆弾から、拡大宇宙が誕生したことを。そして、宇宙はどこもかしこも、ダークエネルギーに満ちていることを…





亡き私に捧げる歌


もし私の妄想が現実で、私の現実が妄想だとしたら
私の過去が遠い未来で、私の未来が遠い過去だとしたら
私のすべてが宇宙の塵で、この世のすべてが屑だとしたら
私の苦悩は星空に拡散して薄まり
肉体も精神も浄化されて透明となり
私は小さな粒子となって消えてしまうだろう
宇宙にとっては現実と虚構の区別などありはしない
地球上の出来事はすべて作り話となり
地球上の夢想はすべて異星人に認められる
現実という重みは、砂粒ほどの重さすらない
生き物たちは死ぬと、地球の表舞台から姿を消し
宇宙の果ての裏舞台に、砂粒となって生まれ変わるのだ
それは意識を持たないかもしれないが、残像はある
それは無言だが存在を永遠に主張し続ける
時たまその小さな粒が飛来して私にぶち当たり
必要もないのに心を掻き乱してくれる
加速され礫のようにカチッと弾けて
昔の意識を呼び覚ましてくれる
消えてしまった喜びへの、あの思いだ……



響月 光(きょうげつ こう)


詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。



響月 光のファンタジー小説発売中
「マリリンピッグ」(幻冬舎)
定価(本体一一〇〇円+税)
電子書籍も発売中

×

非ログインユーザーとして返信する