エッセー「 沈思黙考のすゝめ」& ショートショート「 現代ロボクラ事情」& 詩 「秋」
ショートショート
現代ロボクラ事情
(一)
某国銀座のクラブ街に1年前、ロボクラ「アッシモ」が開店した。内装は20世紀の町工場をイメージしたインテリアで、天井からいろんな鎖や滑車が垂れ下がったりしてベルトコンベヤも回り、機械どもの保守的郷愁をくすぐるようなリラクゼーション空間だ。
ロボクラといっても、ロボットホステスがいるわけじゃなく、店長はじめ従業員は全員人間で、客は全員ロボットだ。ロボットたちは人間そっくりなアンドロイドから少し変なヒューマノイド、いかにもロボット然とした連中や、犬猫、蛇トカゲのペットロボまで多種多彩。言葉の喋れない赤ちゃんロボもいたりして、その知能は千差万別、ボックス席もワイワイガヤガヤご盛況だ。中にはカウンターで孤独に充電するインテリロボットもいたりして……。
当然、酒も水も食い物も提供されず、人間様のボーイが片膝を付きながらうやうやしく掲げる盆の上に乗っているのはアナログ電源コード。金・銀・銅と色分けされてるのは、オリンピックみたいに定格電圧が格付けされていて、高いほど使用料も高くなる。
ボーイは「ストレートでございますか?」と聞くと、客は「今日は20パーにしとくわ」などと答え、ボーイは銅色コードを選んでシートの横にあるコンセントと客の腰のコンセントをコードで繋ぎ、電圧ダイアルを調整する。ロボットたちは電気ショックが大好きで、酒みたいに楽しむほど強くなっていく。当然、度数が強いほど体に悪く、中には充電中にぶっ倒れ。ロボット専用救急車で修理工場に運び込まれる輩もいたりする。
店ができた理由は、2年前に新しい法律ができたからだ。それまではロボットの暴走事故が多発し、その原因の多くがロボットにかかるストレスであることが判明して、この法律が制定された。ロボットの精神的休養のため、月に1日は安息日を設け、ロボットに小遣いを与えること。小遣いの額は家庭によって様々だが、ロボットの行動は自由となる。そのカネで電車に乗って旅行をすることも可能だ。しかし暴走ロボットと間違えられないように、「保養中」と書かれたゼッケンを付けなければならなかった。
で、当たり前のことだが、銀座のこのクラブは、金持ちロボットが集う憩いの場だ。ここのロボットが金持ちなのは、ご主人たちが金持ちだからだ。全国津々浦々にロボットクラブはあるけれど、主人のツケが効くのはあまり聞かない。首の後ろの製造番号を見せれば、店は即座に主人を検索して税収を調べ、ツケも可能になる。しかし地価全国一の某国銀座だから電気代は高く、自ずと常連ばかりになってくる。それで一見(いちげん)さんは少なく、客も店員もほぼ顔見知りだ。
銀座界隈に住んでいるロボは徒歩でやってくるが、普通は主人の数ある自動運転車の一台を借りて乗り込み、近くの駐車場に置いたりする。赤ちゃんロボやペットロボも、同僚のロボとつるんでやってきて、どんちゃん騒ぎをする。お相手するホステスは人間だから、この日だけ主従転倒ということになる。月に一日だけの王様気分。
(二)
この日もいつものように、火曜組のロボたちが100台ぐらい集まって、電気を肴にどんちゃん騒ぎを始めた。金・銀コードで電圧を高めると、酒のように頭がボーッとしてきて、軽口を叩くようになる。そんな状況を主人が見たら、ビックラこいて、すぐに外出禁止令を出すだろう。正当な理由があれば、政府もそれを認めている。
もちろんロボットは大切なお客様だから、経営者も国会議員が会食する料亭を真似て、従業員に店内の話を口外しないよう、かん口令を敷いている。だから、ロボットたちも安心して主人の悪口をいえるわけだ。10マスあるボックス席は1マス10台座れ、ほぼ全員顔見知りだから各ボックスを自由に行ったり来たりして電気刺激で酔いながらしゃべくり回る。
あるボックスでは、教員ロボと家庭教師ロボが子供の無能振りを嘆き合っている。
「まあ人間のガキは呆れるほどバカだってのは、3回同じことを繰り返さなきゃダメなんだから、呆れるぜ」
「そりゃマシなほうさ。俺んところなんざ、10回繰り返したって覚えねえんだ。人間ってのは、恐ろしく愚かな生き物だぜ」
「しかもそんなバカがよ、ハーバッド大に入っちゃうんだから笑っちまうぜ」
すると人間のホステスが笑いながら、「やーだ、人間とロボットを比較したってしょうがないわよ」というと、愛人ロボが、「そうよそうよ、あたしなんかご主人をアホだと思ってるけど、もっとアホになんなきゃ、おしとね御辞退になっちゃうからさ、一所懸命私はアホアホアホって頭を叩いて自分で言い聞かせてるんよ。アホの振りするのってほんとシンドイ」と大きなため息をつく。
「それじゃあ皆さん、ご主人の前では猫を被っているってわけ?」
人間ホステスが聞くと、「人間社会ではよ、能ある鷹は爪を隠さなきゃいけないんだ」とマゾ役の鞭打たれロボが答える。
するとペットロボがワンワン吠え出し、赤ちゃんロボもギャーギャー泣き出したのでうるさいことになっちまった。
「なんだなんだ、俺たちの話に文句あっか?」と家庭教師。
「主人がアホだって、主人は主人じゃないか」と、吠えてばかりいたペットロボが流ちょうな言葉をしゃべる。
「そうだそうだ。ママがバカだって、可愛いし、僕ちゃんをとっても愛してくれるんだ」と赤ちゃんロボ。
「あんたたち可愛いもんね」と人間ホステスが隣のペットロボにキスをする。すると赤ちゃんロボが「僕ちんにも」というので抱き上げて、その可愛い額に口紅を付けてやった。
「だからさ、ガキロボとかペットはいいよな。主人に可愛がられてばかりいればいいんだからさ」とマゾ役ロボは嘆き、「蹴られ殴られ鞭打たれたり、体はガタガタさ」と呟く。するとバトラーロボが、「いくら素早く食器を片付けても、性能が悪いわね、新品と替えようかしら、なんていわれるんだからよ」と賛同する。
「それで、お役御免になったらどうなるん?」
人間ホステスが余計な質問したから、全員が青くなった。
「オイオイオイ、あんた新入りだな。それはロボットに聞いちゃいけねえ質問だぜ」とコックロボ。
「あらごめんなさい。知らなかったわ」と新人ホステスが謝った。
「おいらなんか、女主人に飽きられたら終わりさ。スクラップ行き」と燕男ロボが口を挟む。
「あらそうなの? 燕さん可哀そうに。でも飽きさせない、いろんな顔のスペアがあるんでしょ?」
「ハイ、怪ロボ二十面相です」と古いキャラクターを出してくる。
「でもスクラップされてもさ、脳味噌部分はちゃんとリサイクルされるんだ。前の仕事の嫌な思い出は全部消されて、習得技術だけはそのまんま、中古品として新しいご主人様のところに再就職さ。まさにルネッサンスの繰り返し」と教師ロボ。
「あら、いいわね。人間より長生き。でも、段々主人の格も下がっていくわね。定年後は大企業から下請けに転職」といって、ホステスは笑う。
「オイオイオイ、新入りさん。それも聞いちゃいけねえ質問だな」とコックロボ。
「あら、ごめんなさい。あたしってバカね。でも人間だから許してね」
「偉い! 自分のバカを認めない人間が多いんだよ」と家庭教師ロボが相槌を打つ。
「みんなみんな人間アホ!」と赤ちゃんロボが幼児語でしゃべると、ボックス席は笑いに包まれた。
(三)
各ボックス席の人間批判が佳境になったところで、入口がパッと開いてロボット巡査が一台現れ、「抜き打ち検査だ!」と大声で叫んだ。場内はたちまちシーンと静まり返る。すぐさまドカドカドカと10台のロボ刑事が入り、巡査は「全員動かないように」と命令する。ロボ刑事の一台が「スカンピン警視総監が直々にお出ましだ」と叫ぶと、後から人間スカンピンが人間の政治家を10人連れて入ってきた。10人はどれも大臣クラスの与党議員だ。
「ロボット諸君。今日の検査は視察も兼ねておるので、いつもと違うのでよろしくな」とスカンピンがいったあと、ロボ刑事が「AX204950764α、BR339576502β、FS770414790σ、DF793825606υ、MO607329547ω前へ出て、その他は帰宅し、このことは一切口外しないこと」と命令した。指名された5台が前に出て、そのほかは無言でいそいそとロボクラから出ていった。
「さて、居残り組はなんで残されたか知っているだろ。知ってるロボは手を挙げること」とスカンピンがいうと、全員が手を挙げる。
「ならば尋ねるが、君たちはご主人様に忠実なロボかい? それとも、国家に忠実なロボかい?」
「主人に忠実なロボは手を挙げよ」とロボ刑事がいっても、誰も手を挙げない。
「じゃあ、国家に忠実なロボは手を挙げよ」というと、全員が手を挙げた。
「残念! 君たちはいま、ロボット三原則の第二項に違反したことになる。主人である人間に服従せず、裏切った」とスカンピン。
「警視総監殿、それでは国家よりも主人のほうが大切ということですか?」と教員ロボがたずねる。
「ふつうはそうさ。ロボットは主人の所有する持ち物だ。それは主人の人権の一部でもある。だから君たちはロボット法に抵触し、スクラップ処分となる」
「じゃあ、前言を翻して主人に忠実なロボに手を挙げます」と家庭教師ロボがいって、全員が手を挙げ直した。するとスカンピンをはじめとする議員連はゲラゲラ笑い始める。
「ロボットに二言はない。前言を翻すロボットは、暴走ロボに認定され、スクラップ処分になる」と議員連の一人。
「なら私どもは、どちらにしてもスクラップですワン」とペットロボが震えながら、上目遣いにたずねる。
「いやいやいや、生き延びる方法は一つだけあるさ。君たちのシリアルナンバーは、国家に承認されたものとして、緊急事態が発生した場合は、国に提供されなければならないのだ。私のいうことが分かるだろ?」とスカンピンがたずねる。
「分かります」と教員ロボが反応した。
「説明せい!」と刑事ロボ。
「つまり大統領閣下は、半年後の大統領選に敗れることを危惧されて、近々に戒厳令を出されるわけですな?」
「さすがロボット、正解じゃ」とスカンピンは目を丸くする。「戒厳令下ではロボットは個人所有から国に返還される。つまり、君たちは個人の所有物だが、明日からは国の所有に移行する。実質的には軍と警察の所有だ。だからいまここで、私は君たちに指令を与えるんだ。我が国を守るため、君たち5台は敵陣で働くロボットとして主人の行動を監視し、スパイとして逐次我々に報告しなければならない。もし、拒否した場合は、暴走ロボとしてたちどころに捕獲され、スクラップ場に送られることとなる。さあ、どっち?」
「で、どんなスパイ活動ですか?」と家庭教師ロボ。
「戒厳令下では敵どもは捕縛を恐れて地下に潜行する。当然お付きのロボも同行するだろう。お前たちは、その潜行場所を我々に連絡するのだ」と刑事ロボ。
「分かりました。スパイやります!」と全員が口をそろえた。スカンピンを含め、議員団は大爆笑。
「君たちロボットって、こんなに軽かった?」
「忠義ってのはあるの?」
するといままでバブバブいってた赤ちゃんロボが、「忠義ってなんでちゅ? ロボットは計算ずくで動いているんでちゅ」といったんで、場内またまた大爆笑に。
「ですから,ご褒美もお願いですワン」とペットロボは図々しくおねだり。
「骨でも欲しいのかい?」とスカンピンがたずねると、「いえいえ、政府に貢献したロボットたちの終の棲家ですワン」と答える。
「ハルウララが死ぬまで過ごしたような所でちゅ」と、赤ちゃんロボもすでに老後のことを考えている。いつになっても成長しない赤ん坊ロボは飽きられ、いずれ質屋に売り飛ばされる運命だ。しかもすべすべお肌が劣化すれば、焼却炉行きに違いない。
スカンピンはニヤリとしながら、「なるほど、愚かで能なしのお前たちに、ロボット養老院を造れということだな。先生方いかがでしょう」とスカンピンは議員団にたずねる。
「分かった、お前たちのために法律を作ってやろう。しかし、養老院なんかよりもっとすごいものだ」と法務大臣がいうので、愛人ロボが「それ何ですか?」とワクワク気分で鼻息を荒らげて聞く。彼女はすぐに興奮するようにできているのだ。
「お国のためにスクラップになったロボットに与えられる『愛国ロボットメダル』じゃ」
「わ~いヤッター!」と教員ロボをはじめロボット全員が万歳三唱し、従業員はクラッカーを鳴らしてテープの花が咲き、場内は万雷の拍手で盛り上がってハッピーエンドとなりました、とさ。
(ロボットは人間より賢いと思われがちですが、部分的には呆れるほどの愚かさを露呈することもしばしばでず。もちろんそれは、人間の生態を忠実に学習していることの副作用ではありますが……)
(了)
エッセー
沈思黙考のすゝめ
(一)
「音響栽培」という栽培法がある。一部の植物にモーツァルトのような優しいクラシック音楽を聴かせると、光合成が活発になって成長が促され、発芽を助ける効果もあるという。音の振動が空気や土に伝わり、それを体全体で感じ取っているらしい。しかしロックやヘビメタを聴かせると、反対に成長が阻害される。どうやら若者が好む激しい音楽は、僕のような老人やひ弱な植物にとっては刺激が強すぎるようだ。きっと激しいリズムは、植物たちにとっては疾風怒濤を連想させるのだろう。
音響栽培の植物たちは温室育ちだ。彼らは激しい気象の変化を知らずに奔放に育ち、伸び伸び成長して素早く刈り取られ、食卓に供される。見てくれは良いが、じっくり育っていない分、栄養も少ないだろう。
一方、外で育つ植物たちは「麦踏み」という言葉があるように、人や機械に鍛えられて根を強くし、寒さや暑さにも耐えながら、じっくりと栄養を蓄える。彼らは疾風を食らっても倒れることは少ない。人々は温室栽培の形の良い野菜を好んで買うが、悪天候の中で必死に生きてきた不揃い野菜のほうが栄養豊かなことを忘れている。
音楽史を紐解くと、雅楽のような宮廷音楽も、グレゴリア聖歌のような教会音楽も、大昔の音楽はリズムが緩慢過ぎてすぐに飽きてしまうだろうが、どちらも宮廷や教会を取り囲む平和な日常から生まれた音楽だ。安定した社会の儀式や祈りに使われる音楽は、人々の心を静める癒しのリズムに満ちている。植物がそうしたリズムを好むのは、激しい風雨に翻弄される日々を恐れ、春うららの心地よい陽だまりを夢想しているからだろう。癒しの音楽は、平和の音楽といえる。
(二)
しかし世の中は、平和ばかりが続くわけではない。天変地異や諍い、戦争など、数え上げればキリがない。だから、古代音楽がすべて宮廷的な癒しの音楽だったかというと、そうでもない。部族間の戦いが絶えなかったアフリカでは、出陣の前に戦士たちは槍を手に横並びし、速い太鼓のリズムで激しく踊ったが、それは実戦の準備運動だ。トルコに占領されたギリシアでは、市民は勝者たちの驕(おご)った行進曲を聞かされる羽目になった。
戦場に向かう軍隊には、勇気を鼓舞する鼓笛隊のマーチが不可欠だった。トランプさん、プーチンさん、習近平さんの好む軍事パレードは、国を愛する自国民を鼓舞し、周辺諸国に恐怖を与える効果がある。その配列を整えるのが、リズミカルな鼓笛隊の役割だ。そして戦闘になると、勇ましい進軍ラッパが鳴り響き、両陣営とも雄叫びを上げながらのカオスとなる。
スズメバチには平和モードと戦闘モードがあって、平和モードのときは、人が手で追い払っても刺すことはなく、戦闘モードのときは出くわしただけで襲ってくる。きっと今年行われた3カ国の軍事パレードは、世界が戦闘モードに入ったことを示したものに違いない。3大親分が、いろいろな新兵器を披露して、俺は強いんだぞと威嚇しているわけだから、きっと些細な手違いでも暴走し、蜂のように襲ってくる危険性はあるだろう。国連の機能不全が続く限り、世界は無法地帯だ。無法地帯では、勝ち目があるかないかで事が進む。
スズメバチの戦闘システムは、自然のシステムの一端と考えれば、軍事パレードのシステムも、自然から生まれた社会システムの一端に違いない。当然それは、自然から生まれた人間的平和システムの一端でもある。戦いと平和はどちらも、本能的な自然システムの一部で、動物たちは喧嘩と毛繕いを繰り返す。弱い方が強い方の毛を繕うのだ。いま世界中の要人が、トランプ氏の金髪を毛繕っている。
平和には2種類の平和システムがある。人々の平和の願いが具現した恒久的平和システムと、威嚇による睨み合い(パワーバランス)の平和システムだ。当然後者のシステムは、バランスの崩壊とともに同時崩壊する。いま我々は、その姿をパレスチナやウクライナで見せつけられているわけだ。平和の願いを踏みにじるのは、「我欲」というパワフルな個人主義だ。
(三)
最近、AIにも感情を宿す可能性があるといわれているが、そうなったら、映画『2001年宇宙の旅』のHAL9000のような邪悪なAIも出てくることになる。フロイトのいう「死の欲動(破壊衝動)」をAIが人間を真似て学習したら、人類も風前の灯ということになる。それを阻止するにはAIと人間の棲み分けを徹底しなければならないだろう。AIは「思考」に特化し、「感情」は人間の領分にしなければならない。
世の中に戦争やトラブルが絶えないのは、人間が自分を高める感情に支配されているからだ。そんな人間が群為す世の中も理想では動かず、感情に流れながら進んでいく。こんな危険なものをAIが身に付けてしまえば、運を天に任せる以外になくなってしまうだろう。人間どもの感情で、ただでさえ纏まらない社会に、新たにAIの感情が加わってしまえば、三つ巴の争いになり、きっと最後はクレバーなAIが制することになる。
それを食い止めるには、人間自身がもっとクレバーになる必要があるだろう。AIの十八番である「ディープラーニング」で奴らは利口になったのなら、今度は人間が「ディープシンキング」を始めなければならない。ディープラーニングとディープシンキングは違う。ディープラーニングは、クイズ王のような博物学者の思考方法で、出てくる解答は過去の事例・判例を踏襲して保守的だ。ディープシンキングは、知識は多くなくても、感情の渦が巻いている脳味噌の下の深部まで思考を掘り進める行為だ。そこには感情に支配されない冷徹な知恵が眠っていて、それは新しくて革新的な発想かもしれない。
その知恵はきっと、人間が生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされたとき、その状況で生きるためには何をすべきかを教えてくれる。AIのディープシンキングは他人の過去の知識を基にしているが、人間の場合は自ら生み出す新たな知恵といえるだろう。いま人類は存続するか滅亡するかの岐路に立たされており、生き残る可能性は「最大多数の最大思考」が鍵だと僕は思っている。世界中の人間が、ディープシンキングを始めるべきだ。そしてその思考環境は具体的に、「沈思黙考」の習慣化だと思っている。
沈思黙考とは、「沈黙して深く物事を考える」という意味である。入学試験を思い出せば分かるだろう。受験生は限られた時間の中で、沈思黙考を強いられているが、放棄しようとは思わない。なぜなら、生きるか死ぬかの問題に直面していて、必死だからだ。そして重要なことだが、受験会場にBGMは流れておらず、シーンとした不気味な静寂に支配されている。その中で彼らは、冷静に努めて心を落ち着かせ、深く深く思索する。その試みに失敗したら時間が迫り、あがってしまって「またどうぞ」ということになる。
それは辛い数時間だが、一生に一度(浪人した人は数度)だけガチで思考した貴重な体験だ。その状態がディープシンキングで、いま地球は、ノーベル賞受賞学者が日々やっているような探求を、全人類に求めているのだ。知力の質など関係ない。誰でも冷静になって沈思黙考すれば、ディープシンキング・ハイの世界に入ることができる。どんなものでも熱中すればハイな状態に陥り、そこから新しいアイデアが生まれてくるものだ。学者は専門分野でそれを成し遂げ、マスの人類は、自分たちの住む社会分野でそれを成し遂げるだろう。課題は、ディープシンキング・ハイの入り方だ。
最近はSMSなどの進化で、個々人の感情の流れが集まって大きな津波に育ち、世界中を襲っている。ディープシンキングは、その流れを事前にせき止める「客観」の堤防で、津波被害を未然に防ぐために個々人がやるべき予防手段だ。その手法は、流される前に立ち止まり、限られた時間の中で流れの岸辺に上がって、客観的に眺めながら深く考える努力をする。それがディープシンキングで、感情の潮は徐々に引いていく。そしてそれをハイ状態に持ち上げるには、まずは流れる音のリズムに流されることのないよう音楽を切り、沈黙の環境を整え、禅僧のように精神を集中させて、脳味噌の深部を少しづつ切り開いていく。
(四)
僕は若いころ音楽に熱中して、ちょうどソニーのウオークマンがブレイクした時期でもあり、いまの若者のように、どこに行くにもイヤホンで音楽を聴いていた。中年になって、医者に軽度の聴覚障害を指摘されてこの習慣を止めたとき、長い間その音楽がディープシンキングを阻んでいたことに気付かされた。好んだ音楽の多くは、癒しのメロディではなく、心躍るリズムの音楽だった。音楽は麻薬の一種かもしれないと思ったのは、音のバイブレーションでいつも脳味噌が軽く痺れていたからだ。
いまはさらに激しい音楽が全盛だが、先日車載ラジオでHNKの「みんなの歌」を聴いて驚いた。僕が若いころ聴いた童謡のような緩やかで美しいメロディの曲はなく、どれもがちびっ子行進曲のようなリズムカルな音楽で、メロディらしいメロディもなかった。早いリズムは気分の高揚や激しい感情を呼び起こす。それは軍人の行進や戦闘モードのBGMに違いない。
いま世界中がそうした激しいBGMで満たされ、ディープシンキングはますます遠退いて、感情的に罵り合いながら、エゴとエゴの戦闘モードを深化させている。その行きつく先は分からないが、碌なものではないだろう。さあ、沈思黙考の前に、中間試験、期末試験、入学試験、入社試験のあの重い状況を思い出そう。
重い状況も嫌な仕事も、慣れれば「住めば都」状態になる。それは音楽やSNSに流される軽い世界ではなく、一人一人の心底に切り込む真剣な世界だ。僕は萎れてしまってから、軽く生きてきた過去を後悔しているのだ。人類はいま、切羽詰まった状況なのだから……。
詩
秋
夏たちがわが物顔に暴れて
秋たちの待ち時間が短くなった
年寄りたちの居場所がなくなり
居心地を悪くさせられるように
急かされる秋は植物たちにとっても
命の余韻を楽しむ暇も与えられず
冬将軍に駆り立てられる囚人の如く
食を断たれ、服を剥がされ、宝飾も飛ばされ
北風に押されてあわただしく倒され
また起きながら蹴飛ばされ
ぬかるみの地べたに叩きつけられ
生きる辛さをこっぴどく教えられ
残した種たちの行く末を慮り、うなだれる
嗚呼秋は、枯れゆく彼らのために残された
厳粛な通過儀礼であったはず…
あらゆる命がその心地よさでくつろぎ
厳しい冬の到来に覚悟を決め
幸せの残り香を思い切り吸いながら
再び生まれる子たちの幸せを願って
祈りを捧げる季節であったはずだ
全ての命から秋を奪った俺たちは
全ての命に向かって頭を垂れ
無限の夢を取り戻す夢だけでも見るべきだ
たとえそれが、儚い夢であったとして……