抱腹絶倒悲劇「ロボット清掃会社」五・六 & 詩
抱腹絶倒悲劇「ロボット清掃会社」五・六
五 マンション共用部の廊下
主任男 (三号を睨み付け)君はお庭にいる女主任が手に付いたクソを美味そうに舐めているのを見て、軽蔑的な眼差しを注いでいるな?
三号 とんでもございません。うらやましい限りで。
主任男 美味しいのだよ。お掃除ロボットの宿命だ。彼女を造った技術者が、汚いもの、臭いものに対する嗜好性を植え付けたのだ。まるで犬さ。悲しき性だ。それに彼女がなぜ手を洗わないのか……。それはね、ロボットは狂犬病の犬みたいに水を嫌うからだ。雨の日も一日中憂鬱さ。もちろん防水加工はされているが、性に合わない。
三号 じゃあ、お掃除も水なしで?
主任男 水は使わん。しかし君たちは私がいなければ使ってかまわんよ。要は結果だ。きれいになることが掃除の目的だからな。
三号 私も水仕事は嫌いですな。
主任男 じゃあ私のやり方を身に付ける以外ないな。
三号 どんな方法で?
課長 バキュームさ。吸い取るのだ。
三号 電気掃除機を使うんですね?
主任男 バカな。うちはロボットの会社だぜ。機械が機械を使うのはおかしいじゃないか。
三号 といいますと?
主任男 (腹をポンポン叩き)この腹の中には強力なモーターが入っているんだ。そして、こうだ(大きな吸い取りヘッドをくわえ、音を出しながら四つん這いになって床を掃除する)
三号 (手を叩き)すばらしい。あなたは立派なお掃除マシーンだ。
主任男 (吸い取りヘッドを渡し)さあ、やってごらん。
三号 私が?
主任男 そう、君が。
三号 箒と塵取が必要ですな。
主任男 そんなもんウチにはないさ。欲しけりゃ自己負担だ。
三号 しかし、お腹にモーターがありません。
主任男 じゃあなんで、空気を吸っているんだ?
三号 生きるためですよ。
主任男 なら質問するが、君はなんでこんな会社に入った?
三号 生きるためです。
主任男 同じじゃないか。私の命令を聞けなければ、君は生きていけなくなるんだぞ。キサマには肺という立派なモーターが備わっている。タバコのように思いっきり吸い込めばいい。危険度はタバコほどじゃない。肺がんになるにはあと一○年はかかる。その前に老衰で天寿を全うできるさ。
三号 分かりましたよ。やりゃいいんでしょ。
主任男 (三号がうなりながら主任の真似をするのを見て)なんだ恰好だけか? ゴミの一粒も吸い取ってないぜ! 肺の奥までしっかり吸い込むんだ。(鞭を一発)
三号 (激しく咳き込み、のたうち回りながら)嗚呼苦しい。マジで吸い込んじまった。主任、救急車を呼んでください。
主任男 いや、それはできないな。こういった場合はもみ消すことが会社の規定になっておる。そうだ、ロボットは救急救命士の資格を持っているのだ。息が苦しいなら、口移しで人工呼吸を行えばいい。
三号 (息絶え絶えに)主任、私の唇に、あなたの唇を合わせようというのですか?
主任男 やりたくないが、君を死なせるわけにはいかない。
三号 いや、待ってください! 待って…(いきなり主任が三号に接吻すると、ムーディーな音楽が流れ、三号がよがり声を出す)アーン、ダメエ……。
主任男 (驚いて飛び退き)ビックリした! 君がそっちのほうだとは知らなかった。
三号 主任、ありがとうございました。すっかり息を吹き返しました。あなたは命の恩人です。
主任男 いやいや、上司としての当然の義務を果たしただけさ。
三号 いえいえ、上司と部下の関係以上の熱いものを感じました。
主任男 そう思うのは君の勝手だが、いずれにしろ廊下も壁も手すりも埃一粒見逃さないようにしなければいけない。そう、この廊下全体がクリーンルームだと思えばいい。
(突然部屋のドアが開き、下着姿の若い女性が箒で室内のゴミを廊下に掃き出し、二人にかかる。女性は慌ててドアを閉める)たまにはこういうアクシデントもあるが、決して文句を言ってはいけない。平然と事態を受け止め、黙々と作業を続ける。さあ、続けたまえ。
三号 (うなりながら課長の真似をし、激しく咳き込んでのたうち回り)主任、人工呼吸、人工呼吸! (主任は慌ててその場を去る)
六 マンション外壁面
(老人一号、二号が並行してロッククライミング風に壁面のヒビにパテを塗っている。下では主任男が上を見上げて指示を出す)
主任男 いいか、あとでペンキで仕上げるんだから凸凹にならないようにきれいにパテを塗るんだぞ。
一号 主任、そうおっしゃられても所詮は素人ですから。
主任男 なにを言っとる。プロだって最初は素人だろ。いいかげんにやらなきゃ、ちゃんと仕上がるもんだ。丁寧を心がけなさい。
二号 といっても、慣れない仕事で疲れます。休憩させてください。
主任男 バカは休み休み言いたまえ。宙吊りのままおネンネでもするつもりかよ。下まで仕上げなきゃ、地面に足を下ろすことはできんぞ!(鞭を一発)
一号 (キリキリという音を聞いて)主任、なんか変な音がしますが。
主任男 どんな音だね?
一号 聞こえませんか? 不気味な音を。
主任男 なるほど、不気味というよりは不吉な音だな?
二号 何の音ですか?
主任男 なに、どちらかのロープが、その体重に耐えかねて切れつつある音だ。
一・二号 ヒェ―ッ!
一号 どっちのロープです?
主任男 それは明らかだが、言わないほうがいいな。
二号 なんでです? なんで言わないんです?
主任男 なぜって、いまの状態では、君たちが落ちる確率は各々五○パーセントだ。しかし私がどちらかのロープだと確定すれば、確定された人の落ちる確率は一○○パーセントにアップする。それでも君たちは知りたいかい?
一号 (慌てて)いやちょっと待ってください。仮にどちらかが落ちるとして、その人の死ぬ確率はどうなんです?
主任男 難しい質問だな。そこにはいろんな要素が絡んでくる。さて、目測からすると、君たちの位置は、地上一○メートルだ。ほかの要素を入れないと、約九○パーセントの確率で死ぬことになる。
二号 そんなに高い確率で?
主任男 しかし、望みはあるぞ。まず、君たちの体重は?
一号 私は九〇キロです。
二号 私は五〇キロです。
主任男 老人一号。あなたはなぜダイエットをしなかったのかね?
一号 昔は一〇〇キロ越えでした。
主任男 いずれにしろ、日頃の怠慢が最終的には生死を分けることになるな。おデブは地面に衝突したときの衝撃が大きく、君の死亡率は九五パーセントにアップした。
一号 ヒェーッ!
二号 私は、私は?
主任男 君はお利口さんに痩せているから、子供ほどではないにせよ、その衝撃は緩和されて、死亡率は八五パーセントに下がった。
二号 ラッキー!
主任男 喜ぶのは早い。痩せた人間はお肉というクッションがないため、全身に複雑骨折が及び、寝たきりになる可能性がある。ことに心配なのは君たちの年齢だ。君たちはいったい何歳だ?
一号 主任、お分かりのくせに。二人とも七〇前後ですよ。
主任男 そりゃまずいな。そんな老人が、なぜこんな危険なことを?
二号 なに言ってんの! あんたが指図してこうなったんだ!
主任男 エッ、そうでした? 記憶にないな。
一号 記憶にない? ロボットならボイスレコーダーがあるでしょう。
主任男 まあいい。話は変わるが、君たちに家族は?
一号 妻はちゃんとおりますよ。
二号 私は独身です。
主任男 なら二人とも安心だ。老人一号の奥さんは、ばく大な労災保険が入るし、老人二号は悲しんでくれる者が誰もいない。
一・二号 大きなお世話だ!
一号 で、いったいどっちなの。
二号 どっちが落ちるの。
主任男 そんなに知りたい?
一号 いや、その前に心の準備だ。
二号 ちょっと待って、主任! なんで助けようとしないのよ! あんたロボットでしょ。鉄腕アトムみたいに飛べるんでしょ?
主任男 バカなことを。私はお掃除ロボットですよ。飛べるわけ、ないじゃありませんか。
一号 じゃあスパイダーマンみたいに壁を登ってこれるでしょ?
主任男 ムリムリ。
二号 じゃあ、消防車呼んでくださいよ!
主任男 消防車が来るまで、最低一〇分はかかるな。ロボットは無駄なことはしません。私の予測では、一分以内にあなた方のどちらかが天に召されることとなっております。
一号 バカなこと言うな!
一・二号 助けて! 助けて!
(プッツンという音がしてロープが切れ、分解写真のように光が点滅しながら一号がスローモーションで落ちていく。ドスンという音がして、一号が主任の前に転がる)
主任男 (一号を見て事務的に)死んでる。私の推測は正しかった。(上を向いて)君は運が良かったな。
二号 冗談じゃない! 早く下ろしてくださいよ。
主任男 なにを言っとるんだ。まだ仕事の途中じゃないか。しかも、老人一号がやり残した分も、君がやらなきゃいけない。
二号 いいかげんにしろ! 週刊誌に垂れ込むぞ!
主任男 (態度を変え)まあまあまあ、落ち着いて。そんなパニくらなくても。
二号 とにかく下ろしてくれ!
主任男 仕方がないな。(ロープを伸ばして二号を地面に下ろす)
二号 お巡りさーん!(走りながら舞台を去る)
課長 (スマホを耳にあて登場)もしもし、アッ奥さんですか。ご主人が事故に遭いましてね。マンションの屋上から、ええ即死です。おめでとうございます。ええ、労災認定はバッチリです。いえいえ、そんなに感謝していただかなくても。仲間がいま警官を呼びにいっていますから、現場検証が終わり次第、ご遺体はお家にお届けしますよ。エッ、遺体を置くスペースがない? 分かりました。ウチには資材置き場がありますので、リアカーの上にでも置いておきましょう。それでは。
二号 (ロボット警官を連れてきて主任を指差し)お巡りさん、こいつです。こいつが危険な仕事を強要して仲間を落下させたんです。
ロボット警官 (二号に)ちょっと静かにして。(死体を検分しながら)なるほど、首の骨を折ってるな。いつものパターンだ。
課長 家族には連絡しておきました。
ロボット警官 で?
課長 喜んでましたよ。訴える気はさらさらありません。
ロボット警官 ならオッケーだ。こっちはいつものように書類を仕上げるから。君はいつものように死体の処理を頼む。
主任男 了解。
二号 チョッ、チョッと待った。人が一人死んだんだぜ。そんなに簡単に終わるのかよ!
ロボット警官 あんた、いったいこの仏の何なの?
二号 同僚さ。
課長 元同僚でしょ。
ロボット警官 同僚だろうがなんだろうが、ご遺族がオッケーなんだ。あんたがなんで口を出さなならんの?
課長 それに、ご遺族は社葬をお望みなんだ。今日中に灰にして郵送しなければ、明日家族のもとに届かんでしょ。
二号 しかし、それじゃあ本人は浮かばれないでしょ?
ロボット警官 何か遺言状でも預かったのかい?
二号 いや、今日知り合ったばかりだから……。
ロボット警官 (笑って)なあんだ、古い友人かと思ったぜ。邪魔だ邪魔だ。今度口を出したら業務執行妨害で逮捕するぞ! 失せろ!(二号は逃げ去る)アッ、来た来た。駆けつける途中で、火葬屋を呼んでおいたんだ。居住者に見られる前に片付けたいだろ?
課長 さすが手馴れたものですな。
(アンパイヤのような服装をした二人が登場)
火葬屋 さっそく参りました。当社は二トントラックに高性能電気焼却炉を積んだ火葬屋でして、犬や猫の火葬を、お家の前の道路で行っております。また、犬でしたらチワワのような小型犬からセントバーナードなどの超大型犬まで対応が可能です。それに骨壷は松竹梅の三種類をご用意しておりますので、ご予算に応じたものを選ぶことができます。
課長 とにかく、いちばん安いコースでやってくれ。あすこに転がっている死骸を頼む。
火葬屋 (死体を見て)ヤッ、これは犬じゃありませんな。
主任男 お巡りさん。こいつ、おかしなことを言っていますよ。
ロボット警官 (課長から袖の下をもらい)犬じゃない? マスチーフだろ。お前、マスチーフを見たことないのか? (凄んで)それとも、俺の現場検証が間違っているとでも?
火葬屋 いえいえ、確かに見てくれは人に似ていますが、これは宇宙人のようですな。いずれにせよ、燃してしまえば、みな同じに見えます。DNA鑑定をしない限りにおいては。
ロボット警官 聞き分けの良い火葬屋だな。じゃあ、頼むな。(去る)
火葬屋 (警官の去ったのを見届け)しかし、宇宙人ですから、お値段のほうが、ちょっと……。
課長 何割増し?
火葬屋 五割増しでいかがでしょう。
課長 五割増し? それじゃあ、人間の斎場と変わりがないな。お宅を呼んだ意味がなくなる。いつもは二割増しで引き受けるぜ。
火葬屋 承知いたしやした。今回はサービスいたしやす。(火葬屋は助手と二人で死体を運んで去る)
主任男 課長、やっと一人片付きましたぜ。(二人はニヤリと笑って握手する)
(つづく)
詩
ホワイトハウス
(戦争レクイエムより)
小さな白い家はいろんな花で覆われていた
家族みんなで造り上げた自慢の建物だった
ほんの一時、そこは幸福で満たされていた
これから長い長い歴史の始めの一歩だった
あるとき、ほんの一秒でそこは吹き飛んだ
いまそこは家族みんなのお墓になっている
ギロチン99
一つ目の首が切り落とされた
それは女を襲った男の持ち物だった
二つ目の首が切り落とされた
それは王様の命を狙った男の持ち物だった
三つ目の首が切り落とされた
それは風紀を乱す怠け者の持ち物だった
四つ目の首が切り落とされた
それは犯人と間違えられた男の持ち物だった
五つ目の首が切り落とされた
それは頭数を合わせる男の持ち物だった
四は死を意味していたから
誰もが縁起が悪いと思っていたから
みんなは五つの雁首が並べられたのを見て
磐石なお裁きに満足しつつ
胸をなで下ろし家路に着いた
「坊や悪人どもは一掃され
少しは安心して暮らせるね」…と
響月 光(きょうげつ こう)
詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。
響月 光のファンタジー小説発売中
「マリリンピッグ」(幻冬舎)
定価(本体一一○○円+税)
電子書籍も発売中
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