詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ホラー「線虫」十四・十五 & エッセー

ホラー「線虫」十四・十五
十四


 武藤と音羽は、町の事態を早急に伝えようと、放置されていた車を使ってゴーストタウンと化した琴名町から逃れ、隣町の警察に駆け込むことにした。日暮れまでは二時間しかない。日が暮れたら原始時代の哺乳類よろしく、線虫人間どもが活動を始める。しかし、国道は主人のいない車で詰まっている箇所があるため、山を抜ける旧街道を行く以外にない。そこには樹齢三百年を超える名物杉並木があるが、観光客が行くのはここまでで、その先はほとんど人が行かない。整備されずに荒れ果てた町有林を抜けて、峠を三つ越えなければならない険しい道で、江戸時代には山賊が出没する難所としても知られていた。国道が整備された後は、通る車といえば山賊の子孫だと噂される沿道集落の軽トラックくらいなもので、先日の春の嵐で杉が一本倒れただけでも、琴名町に引き返さなければならなくなる。琴名の人間は、昔からここらの集落の人間とは付き合わず、自分の家の猫がいなくなると、やつらが食っちまったと言うのであるが、昔は琴名の連中も猫をよく食べた。


 杉並木を抜けたあたりまでは道も整備されていたが、観光バスの折り返し広場の先は舗装もされていない凸凹道に一変した。音羽は、昼なお暗い森に迷い込んだ子羊のように心細くなった。戦国時代に切り拓いたままと思われても仕方ないくらいの荒れた道。車一台ようやく通れる感じで、所々が対向車をかわすために広くなっている。そこだけ、昭和に入ってから手が入ったものかと想像ができる。それでも、峠を二つ越えたところまでは何とか順調に進んだが、最大の難所と思われる峠を登ろうとしたところで大きな倒木が道を塞いでいた。
「引き返すか……」
「少し前に、海のほうに下るような道があったけれど……」
「海岸に行けば、ボートくらいはあるかも知れない」
 Uターンができるところまで車をバックさせ、車を方向転換して十分ほど戻ると、海のほうへ下りていくさらに細い道があった。漁労を営む集落でもあるだろうと希望を持ち、ノロノロ運転で山を下って行った。しかし、この山の地下には国道のトンネルが走っているが、トンネルの手前に枝分かれする道はなかったのを音羽は思い出した。集落があるなら、国道から入る道がないのも不自然だ。


 三十分くらい下ると突然森が開け、水平線に夕日が沈みかかろうとしていた。二人は車から降りて絶壁の縁に立ち、眼下に小さな港があるのを認めて抱き合った。港の奥の狭い平地に、あばら家が十軒ほど建っている。同時に、一キロほど沖に停泊しているあの豪華クルーズ船を認めて慄然とした。
「なんでこんなところに……」
「あの船はいま、どうなっているのかしら」
「とにかく早いところ船を出してもらって隣町に行かなければ」
「急がないと日が暮れるわ」
 音羽は、倍のスピードで山道を下り始めた。しかし、スピードを出し過ぎたためにハンドルを切り損ね、助手席側の車輪を絶壁から脱輪させた。音羽は真っ先に車から飛び出したが、車はぐらぐらと揺れ、だんだんと揺れが大きくなっていく。武藤は運転席側から逃げようとしたが、車は左に回転して運転席側も脱輪。とっさに後部座席に這って逃げ、ドアを開けて転がり出た瞬間、車はガラガラと大きな音を立てて落ちていく。そして、崖下のあばら家を潰して止まった。
「どうしましょう。大変なことになったわ」
「しかし逃げるわけにはいかない」
「自分が運転していなかったからって、気楽なこと言うわね」
「じゃあ君はどうしたいんだ?」
「一緒に逃げて!」
「だけど隣町まで歩いたら一日がかりだぜ。それに、空家を壊しただけかも知れない」
 音羽は武藤から離れ、般若のような形相で怒鳴り始めた。
「狂ってるわ。戦争よ。殺し合ってる! 事故なんかどうでもいい! どうせみんな死ぬんだ」と言って泣き崩れた。
 そのとき、男たちが四五人駆け登ってきて二人を取り囲んだ。
「お前たち、なんてことをしてくれたんだ。俺んちをメチャメチャにしやがって」と一人が怒鳴った。
「すいません。どなたかおケガをされた方は?」と武藤。
「さあな。それより俺のマイホームはどうしてくれるんだ」
「いやそれはもちろん、損害保険も入っていますし……」と武藤は言ったものの、運転していたのはどう考えても盗難車だ。
「とにかく二人とも来な」
「できれば、町の警察に連れていってください」と武藤。
すると男たちは一斉にゲラゲラと笑い出した。
「町ってどこだ? 琴名か?」
「いえ、隣の和泉町です」
 すると男たちはいっそう大きくゲラゲラと笑い出した。
「ほうら、もう日が沈んだ。どうだい、俺たちはあの客船から泳いできたんだ」
 男たちの顔がほんのり青白く光り始めた。
「俺たちは偵察部隊さ。黒船の上陸地点を捜している」
 武藤と音羽は忌避剤のことを思い出したが、車とともに落ちてしまい手元にはない。
「貴方方のことは良く知っていますよ。立派な方たちだ。実はあの車の中に、泉中寺の醸造所からいただいたお虫様の大好物があるんです」
「本当かい? まさか虫下しじゃないだろうな」ともう一人が嬉しそうな顔で問い返す。線虫は人に騙されやすい単純な性格らしい。二人は男たちに囲まれて、山を下り集落の中に入った。
 集落では、泳いできた線虫人間が日没とともに集落内を闊歩し、数少ない住人を次々に襲い始めている。二人は線虫人間に囲まれながら、その光景を横目に落ちた車に向かった。車は裏返しになって潰れた小屋の上に乗っている。小屋の下から多量の血が流れ出ているのを見て、音羽は気絶しそうになった。線虫人間の一人が血の臭いを嗅ぎつけ、口から線虫を吐き出すと、線虫の群れは流れ出る血の上流を目指して重なるベニヤ板の下に入っていく。しばらくすると、板が思い切り持ち上がって上に乗っていた車を払いのけ、中から老女と幼女が元気良く出てきた。
「あんたらかい。あたしの家を潰してくれたのは」と言って、ゲラゲラわらいながら駆け去った。車はうまい具合に一回転してタイヤを下に無事着地。音羽はお土産を捜す振りをして、潰れた十センチほどの隙間に手を入れ、ダッシュボードの物入れから忌避剤を取り出し、助手席の松葉杖を武藤に渡してから「これです」と言って虫どもに噴霧した。驚いた連中がたじろいで背を向けたところを突破し、裏の急斜面に逃げ込んだ。石段があって上には祠が見えたし、そこが唯一の逃げ場所だった。ところが、祠から上は道がなかった。二人は祠の中に入り込み、しばらく様子を見ることにした。


十五


 祠の格子ごしに漁船の漁り火がちらほらと見える。クルーズ船の灯りは見えなかった。いつもと変わらないのどかな夜景が、この町で起こっている惨劇とはあまりにかけはなれていて、そのアンバランスが宇宙の啓示のようにも思えてくる。いいや、きっとどちらかが幻覚に違いないと武藤は否定した。
「もう、私たちも最後かも知れないわね」
 音羽は、人を殺したショックから立ち直れず、逃げ抜こうとする気力がすっかり失せていた。
「朝までここで待とう。朝になれば、連中もいなくなる」
 そのとき音羽の腹の虫がグーと鳴き、暗闇の中で二人は思わず顔を見合わせわらい出した。わらいが止まらない。八方ふさがりの状況に陥ると、笑う以外に手立てはなくなってしまう。音羽の心を曇らせていた陰鬱な罪悪感が、いつのまにか消えていた。
「私の中にも線虫がいるみたいね。過去も未来もどうでも良くなった」
「いずれ僕たちも線虫人間になっていくのさ」


 小さな桟橋に、青白い微かな光を放つ線虫人間が数人、沖に向かって手を振っている。まるで二人の刹那的な愛を守ろうとする衛兵のようだ。音羽はマスクを取り去り、二人はおとぎ話の王子様とお姫様の気分になって、接吻を交わした。
ところが突然、片側の頬に強い光が当たり、驚いた二人は唇を光の方向に向けた。巨大な船体が恐ろしい勢いで迫ってくる。それまで闇にまみれていたクルーズ船が、突然ライトを一斉に灯したのだ。バリバリバリと耳をつんざく音とともに、砕氷船のようにあばら屋群を潰しながら船首をこちらに向けて進んでくる。数秒後に、切っ先が祠の下の岩壁にぶつかり、地響きとともに二人をかくまう小さな祠は飛び上がり、甲板にハードランディングした。祠の扉が開かれる。イギリス人の船長をはじめ、さまざまな国の船客たちがタキシード、ドレス姿で二人を出迎えてくれている。二人が祠から出ると、大きな拍手が沸き起こった。
「さあ、お二人ともどうぞこちらへ。私は船長のワームクリフです。船では私が神父の代わりになって結婚式を執り行います。お二人の新たな門出を祝福することはもちろんですが、私たち全員が、これから世界を隅々まで回りながら、人類の新たな進化を進めていくのです。虫の心で、虫の強さで、虫のようにしぶとく生きていく新人類です。今まで人間が持っていたあらゆる弱さ、悲しさ、繊細さは一掃され、辛く悲しく、夢に終わるだけの人生から解放されます。そう、ほかの生き物たちのように素直に楽しむ人生の始まりです。あらゆる残酷さが自然の営みとなる世界の始まりです。いまの瞬間だけを生きることが、生命の本質なのです。過去も未来も、そんなものは余計な憶測だ。さあ虫人間たちよ。世界を凌駕し、世界に繁茂し、地球をあるがままの世界に戻したまえ。そして、あなた方二人に神のご加護があらんことを」


 若い女が出てきて、ウエディングベールを音羽の頭に乗せた。船長は、二人の手を取って「さあ、虫神様の前で夫婦の誓いを」と続ける。
「こんな年寄りでよかったら、君の夫になることを誓います」
「鼻の欠けたお雛様ですが、あなたの妻になることを誓います」
「微妙な誓いの言葉ですが、まあいいでしょう。虫になったらそんな劣等感は消え去ります。いまあなた方は虫神様の前で夫婦となります。それでは指輪の交換を」と船長が言うと、パーサーがエンゲージリングを乗せた黒いビロードのトレーを捧げながら、船長に渡した。
「どちらでもけっこうですよ。フリーサイズですから」と言って、船長は武藤の前にトレーを差し出す。指輪を見て武藤は思わず後ずさりした。青白く光る線虫どもが蠢きながらリングをつくっている。武藤は恐る恐る線虫指輪を摘み上げ、震える音羽の指にはめた。指輪は音羽の指にフィットしゆっくりと回り始める。気味の悪い回転感覚によって、巻き上がっていた少女時代の思い出が後ろ向きに転がり放たれ、大粒の涙があふれ出てきた。音羽は泣きながらも毅然と指輪を摘み上げ、武藤の指にはめる。再び大きな拍手と歓声がわき上がった。
 そのとき、群集の後ろから悪魔酒の入ったシャンパングラスを両手にした吉本と山田が現われ、「おめでとう」と言いながら二人にグラスを手渡し握手をした。その後ろには淑やかな舞の姿もあった。スピーカーからオペラ椿姫の「乾杯の歌」が流れ出る。ボーイたちが大きな盆を片手に線虫の紳士淑女に悪魔酒を配り始める。船長の音頭で、皆が悪魔酒を飲み干す。ワンテンポ遅れて、新郎新婦も飲み干すと、一斉に甲板にグラスを投げ付け、ガチャガチャガチャという音とともにウエディングパーティーが始まった。ダンスを始める者、会話を楽しむ者、はめを外してプールに飛び込む者、デッキから地上にダイビングする者など、まるで赤道を通過したときのようなお祭り騒ぎになった。


 船客が次々と、クィーンズイングリッシュで新郎新婦に祝福の言葉を贈る。突然、カウボーイの出で立ちをした背の高い若者が二人、新郎新婦の前に壁のように立ちはだかり、西部訛りで祝福の言葉を述べた。そして、つたない日本語で武藤に語りかけた。
「武藤さん。私たちを覚えていますか?」
 武藤は男たちの顔をまじまじと見つめ、口をポカンと開けたまま固まってしまった。いつも夢に出てくるあいつらの顔を、忘れるはずはなかった。
「思い出しましたか? ジョニーです」
「デープです。線虫人間一号、二号です」
「先生の実験材料にされた捕虜ですよ」
「生きておられたんですか……」
「虫の息で吉本さんの治療を受け、虫になって再生されました」
「不要になった人間の肉体は、虫の住まいとしてリサイクルされるのです」
「地球環境を破壊する人間を虫に変えることで、持続可能な地球に変えるのです」
「何と言ってお詫びをしたら……」と言って、武藤は二人の手を取り、頭を下げた。グローブのような手が、武藤の小さな手をやさしく包み込んだ。
「お詫びなんかとんでもない。武藤さんもこれから虫になるのですから、もう敵味方ではありません。人間はグロテスクな生物ですが、線虫は違います。線虫は危機に瀕すると、仲間を消滅させることによって自らを救うのです」
「人間のように迷うことはいたしません。私たちは、もっと合理的に明快にできているのです。まずは自分が繁栄することが、線虫界ではルールなのです」
「さあそれはどうでしょう。人間も線虫も生き物であるかぎり、仲間や家族を思う気持ちはきっと同じですよ」
「いいえ。私の悲劇も、あなたの後悔も、虫になることですべて解決できるのです。人間の考える自由はどれも詭弁です。私たちには本当の自由があるのです」と言って、ジョニーはカウボーイの朗らかさで大げさにわらった。
 武藤は溢れ出す涙を押さえることができなかった。そうだ武藤の人生は、線虫人間に引けを取らないグロテスクな人生だった。これからは、虫たちが臓腑と一緒に心の片隅に押し込めていた膿も食い尽くしてくれる。それは罪悪感という、忘れることはできるが決して癒すことのできない病巣だった。これからは、善悪の彼岸に棲む虫たちに変身して、より自然の意志に則した生命活動を営むことができるようになるのだ。


 「さあ、ここで新郎新婦を虫に格上げするイニシエーションを始めます」と吉本が大きな声を張り上げる。
人びとはダンスを止め、会話を止め、おふざけを止め、子供たちは駆け回ることを止め、寒気のするような冷たい静寂が新郎新婦を包み込む。これはきっと宇宙に繋がる無機的な静けさだと音羽は思いを巡らし、まな板の鯉のように覚悟を決めた。
「おいくらでもよろしいのです。お二人の門出を祝福して、皆さんのお虫様をお分けください。太り気味の方は太っ腹で、痩せぎすの方は量り売りで。子供たちはほんのご愛嬌、ご老人はしみったれ。さあ、一、二の三で一斉にお願いします」と吉本は続けた。


「一、二、三」。
全員の掛け声で、口々から一斉に線虫が吐き出された。あるいは貴婦人たちの頭がポロリと床に落ちて鼻も耳も目もすべて線虫に崩壊し、かつらだけが残る。貴婦人のふくよかな胸が潰れて首から立ち上がり、マネキン様の艶やかな頭部が再生され、背の低い痩せた女に変身。慌ててかつらを拾い上げ、ハゲ頭に乗せる。参加者すべてが心ばかりの恵みを施し、線虫は床一面に広がりながら新郎新婦の周りに集った。二人はしっかりと抱き合い、接吻をしてお互いの口をかばい合う。線虫たちは竜巻のような渦となって、足元から腰、胸へと立ち上がっていく。そうして二人の姿はとうとうワームホールに飲み込まれ、新たなグロテスクの世界へと旅立っていった。


                               (了)


(この小説はコロナ以前に創作されたものであり、コロナ渦とはまったく関係がありません)





エッセー「線虫論」


一 君は線虫人間を見たことがあるか?


 人間に巣食う線虫のほとんどが人体に悪影響を及ぼすが、ある特殊な線虫(以下線虫)は寄生された本人も気がつかないほど、人間と上手く共存している。したがってこの手の線虫は、症状が出ないため医学会にも取り上げられず、長年にわたり見過ごされて今日に至っている。しかし明らかに症状は存在しており、医学者自身が感染していて気がつかないケースがほとんどである。患者はそれが病気だとは認識せず、そのまま一生を終えるケースが多いのだ。
線虫の人体に寄生した時期は太古まで遡るが、例えば同じく寄生したミトコンドリアは宿主の生存に欠かせない役割を担うようになったのに反して、線虫は主に脳味噌に寄生し、人間の行動に悪影響を及ぼす。
私が線虫の存在に気付いたのは中学一年のときで、秋の遠足を前に、その場所をチョイスした教員の制作したパンフを、音楽系の担任が読み上げたときのことだった。パンフには遠足先のガイドが書かれていたわけだが、担任は中一でも読めるような漢字を間違って読み上げ、それが三、四回続いたものだから、教室内は爆笑の渦になった。私はこのとき、一人だけ顔を蒼くして黙っていた。笑われる人間の心境を考えることもなく、単純に笑い興じる同級生たちが異星人に見えてしまったからだ。
それからの中学校時代は、私の暗い思春期へのとば口だったと思う。家に帰れば親兄弟のバカ話、テレビのお笑い、町中に響き渡る甲子園(テレビ)の熱狂等々、あらゆる笑いや熱狂が、教室内の爆笑に還元されてしまうようになった。当時は頻繁に放映されていた戦時中の記録映像などもそれに輪をかけた。赤紙出兵の若者を見送る人々のバンザイ三唱等々、日本国中の熱狂的な好戦意識がどう見ても健常には思えず、これは日本国民全員が何がしかの悪疫に罹っていたに違いないと考え、人間に寄生する線虫の仕業であるとの結論に至った次第だ(線虫的飛躍論法だったが……)。
ここでこれまで正常と思われていた線虫感染症の主な症状を列挙しよう。
○考えなしに笑う、考えなしに怒る。
○下らないことで笑う、下らないことで怒る。
○雰囲気で笑い、雰囲気で怒る。
○笑いと怒りの間に距離がない。
○世間の常識に囚われて生きていく。
○多数意見(感情)は正しい意見(感情)だと思う。
○反省もなく、コロコロ意見を変える。
○反省もなく、意地になって非科学的な説を固持する。(例:頑固親父)
○気楽に人生観が変わる。
○みんなが騒げば、一緒になって騒ぐ。
○みんなが石を投げれば、一緒になって石を投げる。
○ツイッターの炎上に加わる。
○歳を取るにつれ、オカメ・ヒョットコの形相になってくる。
 このうち一つでも該当すれば、あなたは線虫病に罹っています。また、結婚後に夫が線虫人間だったと知って失望したあなたには、昔流行った「線虫ダイエット」をお勧めします。線虫の卵を飲み込むと、食べた物の半分以上を線虫が食べてくれるので痩せますし、脳味噌に寄生した場合には、似た者夫婦になることができます。


二 人体に巣食う線虫の実体について
  (科学論文ですので、飛ばしてください)


 本来地中に棲息していた線虫が、人体に巣食うようになったのには理由がある。人間は所詮地球という星から生まれた副産物なので、その人体構造は地球に似ているところがあるからだ。例えば外皮は地球と同じように低温だが、内臓の方向へ行くにつれ、温度が高くなっていく。外部環境が高温でないかぎり、あらゆる生物の体温はこの法則に準じている。
 線虫も、普段は地中の地表面に近い低温部分で生きていて、人に寄生すると、やはり皮膚に近い低温部分に生活の場を見出そうとする。線虫も人間も、地表面の環境を好むことで共通しており、体の小さな線虫が、人間を地表の一部と見なしても不思議ではない。
人間が地面に接する外気部分で快適に生活できるのは、そこで安心して生きていられるからで、戦争にでもなると、とたんに無防備となり、苦渋の地下生活を強いられることになる。線虫だって人間と変わらず、本当は地表面や人体の皮膚の上で生活したいのだが、雨だとかシャワーで流されてしまうから、やむを得ず外界に近い部分に潜入するのである。
 しかし人体表面も地球表面と同様、収穫面積は限られているので、その浅い部分で互いに縄張りを維持しながら、隣近所と仲違いをせずに上手く餌にありつかなければならない。本来エゴイスティックな線虫にとって、キバを剝かずに、なあなあと上手くやっているうちに、角が取れて個性が失われ、形体も精神も考えも見分けの付かない画一的な線虫が出来上がってくる。もっとも、そうした連中は談合やすり合わせばかり上手になって、餌となる人肉を食い尽くしたときの危機対応能力はゼロである。人間で言えば、昨今の役人とか政治家なども、その部類に属するかも知れない。
 しかし自然の力は偉大というか、そうした凡虫の中から、支配欲や征服欲の強い子供がポツポツと現出し、これは明らかに遺伝子的異常性格だが、強い性格の虫どうしが争いながら、取り巻きやシンパを増やしつつ、凡虫どもを支配する王様に育っていく。これが分隊長である。凡虫どもは分隊長を神のように崇め、号令一下、一丸となってほかの人体への侵略を開始する。人間で言えば、分隊長はヒトラーのような存在で、凡虫どもはヒトラーに従えば飢死することはないと信じて止まない畜群的精神集団だ。
 当然のことだが、餌となる一人体に一匹の分隊長が原則なので、権力争いに敗れた線虫とそのシンパたちは人体表層に留まることができず、深い層に潜行していく。こうした敗北虫以外にも、右へ倣えの画一的な表層文化に馴染めない虫たちも、自ら自発的に潜航することがある。離れ虫とか孤独虫とか呼ばれる連中だ。彼らは遺伝子的に虫社会に馴染めない、生まれながらの敗北虫だが、中には仲間や家族に虐められて虫として生きることに嫌気が差し、深く潜行する引きこもり虫もいるという。また、何等かの信念で仲間たちを軽蔑して、自ら下層に離れていく隠棲虫もいるだろう。いずれにしても、表層でワイワイガヤガヤやっている虫連中からは可笑しな、理解し難い、変わり虫に見え、シカトの対象になるのは致し方ない。
 権力争いに敗れた敗北虫は、たまに表層の優雅な生活を思い出すが、孤独虫たちは表層を斜め目線で見て、いつも薄笑いを浮かべている。しかしこの笑いの中には、表層への未練がいまだに断ち切れないことへの自己嫌悪も含まれている。人間で言えば、達磨大師のような心境に達するにはそれなりの修行が必要だからだ。白虫はかなしからずや浅い赤、深い赤にも染まずただよっているわけだ。
 しかし、表層が食い尽くされる事態になると、表層の連中が深層に食い込んできて、孤独虫の居場所をも蹂躙してしまう。そしていよいよ深層部も食い尽くされて集団的ヒステリー状態に陥り、いざ体外侵略ということになれば、体内総動員法が発令されて、孤独虫たちは凡虫どもに絡め取られ、有無を言わさず一兵卒として動員されていく。人間の場合、嫌々ながら戦地に赴き、死んでいった孤独な若者も多かったろう。彼らは戦友たちとの意識のギャップに悩み、自己嫌悪に陥りながら敵兵を殺していたに違いない。そして自らが死んでいくとき、生きることとは別の生命を絶つことで成り立っていることに気付くのだ。それが家畜であれ、作物であれ、人であれ……。
 昔、「驚異の小宇宙 人体」なんてNHKスペシャル番組があった。人体を小地球とすれば、地球に寄生する人間どもも線虫と同じ類の下卑た生物であることを、読者諸氏はご理解いただけたことと思う。なお、この文章は科学論文ではありません。また、この似非論文を読んで「〇〇〇〇野郎!」などと差別用語を叫んだあなたは、おそらく線虫人間ではないかと思われます。線虫にバカにされても、私は一向に気にならない質のアル中です。




響月 光(きょうげつ こう)


詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




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