詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ホラー「線虫」十三 & 詩



形状記憶遺伝子


俺が発見したのは
形状記憶遺伝子という頑固者
生まれたときは真っ直ぐだった
いろんな奴らがからかい半分に指先でこねくり回し
グニャグニャに捩じられちまった
ところが何を勘違いしたものか
心も体もそいつが基本と思い込んじまって
若かりし昔の昔をすっかり忘れ
新しい指先に捩じ回されてても
最後はそこに戻っちまう 頑固者!
捻くれた心とグロテスクな精神よ それ以前には修復不可能か?
昔昔の素直なスタイルを懐かしみながらも
最後はひしゃげちまった殻の中に納まってホッとため息をつく
頑なに、節々を痛めながらも仕方なく
最後は諦めながら、つかの間の眠りに落ちていく
明日は再び、痛めた心と体を引きずりながら
ゾンビのように、あるいはドラキュラのように
薄っすら奇妙な期待を抱きながら
歪んだ棺からのこのこ這い出していくだろう
見ろよ、空は真っさらな青色だ
どんな奴にだって、澄んだ空気は美味しいものだ




ホラー「線虫」十三
十三


 調査団一行には苛酷な運命が待ち受けていた。まずは、醸造所で最初の悲劇が起こった。板橋の上を一行が一列で渡っていたときのことだ。
「ここがお酒を造る醸造所です。皆さんは醸造樽の上を歩いているのです」と町長は自慢げに解説する。ところがガイガーカウンターの音が鳴り止まず「大変危険な放射線量です」とパニック状態の調査員が叫び出した。
「黙らせなさい」と町長が言うと、後ろの住人が調査員を軽く持ち上げ、一番輝いている樽の中に放り落としたのである。飢えた線虫は調査員の防護服や防護マスクに群れたかり、ピチピチジャージャーという音とともにたちまちにして食いちぎると、青白い光の中で真っ赤な血が広がり、調査員の内臓が浮かび上がったかと思う瞬間、線虫の固まりが食らいついてたちまちにして底に消えてしまった。驚いた警察官は、落とした住人の腹に向かって発砲した。穴の開いた腹から小便のように線虫が流れ出し、住民の体がみるみる萎れていく。他の調査員は震える手でガイガーカウンターのスイッチを切った。
「これでおあいこですかな」と言って、町長はわらった。調査団一行は恐怖で身を震わせながら借りてきたネコのように大人しくなって、なんとか三途の川を渡り終えた。


「次は、お酒の原料を育てる大きな大きな工場をお見せします」と町長は言い、一行を巨大格納庫にご案内。
「ここでは、お酒の原料となる虫たちを増やすために、大量の人間の死体を熟成させ、虫の好きなお肉に仕上げてから虫を植え付けます。ほら、肉は腐りかけが美味しいと言いますが、線虫の場合は、もっと腐っていたほうが美味いらしい。人食う虫も好き好きですかな」と言って、住職はゲラゲラとわらう。
 無数のベッドは町の住人でほとんど満杯状態。強烈な腐臭が刺激となって、防護服を着ていない一行の目からは涙がポロポロと流れ落ちる。調査団長は、町長の目から涙の代わりに線虫がポタポタと落ちていくのを見て再び腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。
「どうしましたか。ご気分でも悪いのですか。ご安心ください。ここには横になるベッドはまだ残っております。今夜はここでお泊りください。おい、皆さんお疲れのご様子だから、ベッドにご案内しておくれ」と町内会長。
 町内会長の言葉を聞いて、調査団長は必死の体で立ち上がった。
「いや大丈夫です。ここで見たことは内緒にしておきますから、どうか外に出してください。記者諸君も写真は撮るな、絶対書くなよ!」とまでは言えたが、再び倒れてしまった。
「まあ、宇宙服みたいな重い服を着ていれば、気分も悪くなりますな。しかしここは、同じ日本人でも民族が違うわけですな。ほら、あなた方は虫の好かない連中だが、我々は虫の巣食っている連中だ。互いに民族が違えば対立が起きる。誰かが、ここはアウシュビッツに似ていると言いましたが、確かに似ていないこともない。ここに入ったからには、もうここからは出られないんです。ここであなた方は浄化されるわけだ。歴史は繰り返す。しかも、非常にグロテスクな形で」と町長は一行の結末を宣告し、パンパンと手を叩く。すると、人が五人は入れるほどのガラス壺が通路まで運ばれてきた。線虫五右衛門風呂である。その前には、ヒノキ製の長方形の浴槽が運び込まれた。こっちのほうは線虫足湯という趣向だ。


「まずはみなさんお泊りになる前に、旅の疲れを癒すには最高の風呂をご用意いたしました。町の名物はお酒だけではありませんよ。町には温泉がありません。そこで観光客を呼び込むために生み出したのが線虫風呂です。これに浸かると、線虫が体全体に食らいついて、長年にわたって皮膚にこびり付いたゴミを毛穴の奥まで掃除してくれるんです。どこかの国にはそんな小魚がいるそうですが、そんなのぜんぜん雑魚ですな。お虫様は、体の外側のみならず、内側だってきれいにしてくれる。ここの温泉は飲んでもいいんです。美容効果抜群。さあみなさん。服は脱がなくてけっこうです。服なんか、もう必要ないんだ。さあ、一度にどっとお入りください。威勢良くいきましょうや!」と町長もだいぶ酔いが回っている。
 一同が立ちすくんでいるのに痺れをきらした町長は、新聞記者の一人を指差した。
「それじゃあ、まずあなた」
 記者たちが、思い出したように手に持っていた忌避剤を散布したが、周りからは爆笑が沸き上がる。人ごみの後ろから山田と吉本が顔を出した。
「それ効きませんよ。僕の作ったやつは水です」と山田。
刑事が山田めがけて拳銃を撃った。弾は心臓を射抜き、山田はその場にバッタリと倒れ、息を引き取った。
「これは罪が重いですよ。人殺しだ。彼はいかれた男だったが、体は健康そのものだった。しかし、ここは何でもありの世界ですからいいですよ。どんどん鉄砲を打ってください」と吉本。
 今度は巡査が吉本の心臓めがけて一発食らわした。胸と背中に風穴が開いて線虫が流れ落ちたが、吉本は両手を蛸人間のように回して、風穴を抓み、流出を食い止めた。
「無駄はやめましょうよ。弾だってもったいないでしょ。それより、団長さんが心配だ。町長、その重苦しい宇宙服を脱がしてやりなさい」と吉本が命令すると、町長の口から大量の線虫が流れ出て、調査団長の防御服を食い始め、あっという間に素っ裸にしてしまった。恰幅のよい町長が痩せ痩せの老人に変身し、分家した線虫たちは、調査団長の口と肛門にドッと流れ込んでいった。
 次に二人の男が新聞記者の一人を捕まえ、両手両足を掴んでハンモックのように振ってガラス風呂の中に放り入れた。「ストライク!」と町長がか細い声を張り上げる。飛び跳ねた線虫たちが調査団一行の顔にかかり、抜け目なく鼻の穴にスルリと入り込む。
 複数の叫び声の中で一番悲痛なものは、ガラス風呂から聞こえてきた。溢れんばかりの線虫の中で、服を食いちぎられ丸裸にされ、もがきながらときたま虫だまりの上に顔を出し、大きく息をするがたちまち底に引きずり込まれ、目から、鼻から、口から、肛門から、あらゆる穴から線虫が入っていく。ものの十分も経たないうちに線虫人間ができ上がり、釜の中でスクッと立ち上がる。体全体がほんのりと色気づき、落ち着いたしぐさで釜の外に出てきた。
「お先にいい風呂を頂戴しました。みなさんも続いてお入りください。気持ちいいですよ」
 これを見た一行はパニックを起こし、悲鳴を上げて走り出すが、通路は風呂が塞いでいたので、防護服を着ていない連中はベッドの下にもぐり込む。防護服の残りの二人は動きも遅く、たちまち捕まってしまった。
「お二人はまずどちらにしますかな。足湯か御風呂か……」と町長は訊ねる。
「足湯!」二人は声をそろえて答えた。
「それでは服をお脱ぎください。つなぎじゃ足を出すことはできませんからな」
「いえ、これは脱ぐことはできませんよ」と一人。
「それじゃあ、御風呂にしましょう。風呂だったらそのままで入れますよ」
「いや、どちらともいまはご遠慮したいのですが……」ともう一人。
「よし、じゃあ三択にしましょう。細雪ちゃんこっちへ」
 しゃしゃり出たのは町一番の美人ホステスとして評判だった細雪だ。彼女も、今では評判の線虫美人に変身。
「出血大サービスだ。足湯か風呂か、ミス琴名のディープキスか。四択はありませんよ。どれか一つ決めてもらいます」
「すいません。できればカレになってほしいわ。このごろ体の中で悪い虫さんが増えちゃって、少しお分けしてダイエットしたいの」と細雪。
「足湯にしてください」
「僕も足湯」
 二人が誘いを断ったことに細雪は激怒し、「こいつ」と勝手に一人を指名した。指名された一人は線虫人間たちに取り囲まれ、防護服のフードを剥ぎ取られた。その顔めがけて細雪は女豹のごとく襲いかかり、勢い良く調査員を倒すと口を大きく開いて濃厚な接吻を開始。ドドドドドと二人の体は激しく振動し、接合部から青白い湯気と線虫が漏れ出す。たちまちにして細雪は二分の一ダイエットに成功し、フラフラと立ち上がった。調査員は倒れたまま大きな腹を擦りながら、お楽しみのあとの余韻を味わっている風情だ。
「いやだわ。めまいがする。ダイエットのしすぎかしら……」
「確かに、幅も背丈も半分に縮じこまりましたな」と言って町長は笑う。
「お次の方は足湯ですかな。しかし、足でお湯を濁そうなんて考えは甘い。お虫様は、一番近い穴を積極的に狙いおる」。
 もう一人は強引に防護服を剥がされ湯船の縁に座らされ、両スネを足湯に浸からされた。お湯といってももちろん線虫。膝を腹のほうに上げて逃げるが、線虫人間によって膝を押さえつけられた。線虫はたちまちスネ毛に食らいつき、毛を抜いた穴から入ろうと試みる。強引な侵入で皮膚は破れ、血の臭いで線虫どもはさらに興奮し、肛門と尿道に向かって一斉に足を這い上がる。
「ウワアアア!」と調査員は大きな悲鳴を上げるが、両肩両膝を押さえつけられれば逃げることもできない。あれほどの量の線虫が湯船にほとんどいなくなり、調査員の下腹部は妊婦のように膨れ上がった。


 ベッドの下に逃げ込んだ警官も新聞記者も副知事も、息を潜めてこの惨劇を見物し、恐怖で全身を硬直させた。しかし、このまま動かなければすぐに捕まってしまうのは明らかで、そろりそろりと逃亡を開始したが、武藤のようには上手く逃げおおせるわけがない。捕食者の数があのときの百倍も多く、ベッドというベッドから手が伸びてくる。たちまちネズミどもの襟首を簡単に捕まえ、もがいているうちに数人が駆け寄って、まるでバーゲンのワゴンに群がる主婦のようにガツガツと獲物にのしかかり、穴という穴に食らいついて我も我もと線虫を吐き出していく。ものの一時間も経たぬうちに、調査団の一行は全員、線虫人間に変わってしまった。


(つづく)




響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




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