詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ホラー「線虫」五 & 詩

正義のために


神のために
世界のために
民族のために
国家のために
悪を殺そう


部族のために
一族のために
家族のために
私のために
悪を追い出そう


みんなのために
正義をつくり
悪を滅ぼそう


正義ができたら
悪をつくり
悪を滅ぼそう


みんなで正義をかたちにしよう
正義を広めて悪をかたちにしよう
みんなの幸福のために正義をつくろう
みんなの幸福のために悪をつくろう
悪ができたら 悪を憎み 悪を滅ぼそう
みんなでみんなの悪を見つけ
みんなが悪に染まらぬよう
みんなでみんなの悪を隔離しよう


社会のために
みんなでみんなの正義をつくろう
みんなでみんなの悪を殺そう


(注:素直に受け取らないでください)





ホラー「線虫」五



 武藤が目を覚ましたのは、あの患者を解剖した地域の総合病院だった。二日間も意識を失い、右目には眼帯、左足にはギブスがはめられている。看護師から意識を取り戻したことを聞いて、山田が駆けつけてきた。
「しばらくは片目で生活しなきゃなりませんね。左足首は単純骨折」
「不思議だなあ。骨折しても元気に動いていましたよ」と言って、武藤は笑った。
「いったい、あの寺でなにがあったの?」
「こんな状態で本当のことを言っても信じないでしょう」
「それはそうだ。二日間も寝ていれば、夢の話も現実味を帯びてくる」
「しかし、一緒に解剖した仏さんの死因を訂正したいと言ったら?」
「バキュームで髄を抜いた話? ところで、あれから十体ほど、同じ所見の死体を解剖しましたよ」
「本当かよ!」と武藤は調子外れな声を上げた。
「しかも、全員が土葬にしてくれと遺言している。ここら辺の寺で土葬は泉中寺だけだ。そして、先生も寺の敷地内に就職した。これは何か因縁のようなものですかね」
「また解剖しますかね?」
「今日、あと一人解剖します。でも先生、その体じゃ無理でしょう」
「いや、リハビリは早いほうがいい。見学くらいさせてよ。疾病の原因を話すから」
「まさか、新種の病原菌じゃないでしょうね」
「虫だと思います」
「虫か。なら詳しい女医がいますよ。世界中の寄生虫を研究しているんだ。参加させましょう」


 解剖は音羽という若い女医を加えて、夜の九時から深夜を過ぎるまで行われた。やはりすべての髄が抜き取られていたが、線虫の痕跡はどこにもない。しかも、前回の患者と違って脊髄注射の跡すらなかった。
「最初の患者以外は外部に穴すらなかったし、背骨自体にも損傷はなかった。なのに髄は抜き取られている。おそらく融けて、リンパ液に運ばれちまったんでしょうな。とすると、細菌かウイルスだ」と山田。
「いいえ、虫です」と武藤は反論した。
「でも、私の経験から言うと、どこにも虫の痕跡はありません」と音羽。
「どこか特定の場所に潜んでいるということは? 虫は明るいところでは生きていけないでしょう」
 武藤は音羽を見つめた。マスクを付けていると美人に見えるが、素顔はきっとそれほどではないだろうと推測を立てた。
「普通は体のどこかにいるはずです。組織を取って、顕微鏡で見なければ分からないほど小さな虫かもしれません」
「組織検査は何回もやったよ。しかし、虫も新種の細菌も見つからなかった。可能性があるとすればウイルスだ」
「僕が知っているのは体調が二、三センチ、あるいはもっと大きな線虫」
「それは絶対いないわ。断言します」と音羽は言い、山田と顔を見合わせてわらった。町医者がバカなことを言っているといった顔付きだ。
「だから考えてよ。先生はアフリカに行っていろんな虫を見たんでしょ?」
「恐い虫はいろいろ見ました。体中を這いずり回って肉を食い荒らすような虫もね。でも、痕跡は必ずありますわ」


「おいちょっと見て!」と山田が叫んだ。
「どうしました?」と音羽。
「いや、思い違いかもしれないが、いつも最初に背骨を開く部分がきれいに前の状態に戻っている。死体の骨が再生する? しかも、なんか骨がテカテカ光ってないかい?」
「そういえば、背骨も肋骨も腰骨も、いやにツヤツヤしてますね。学生時代にお世話になった安手のプラスチック模型みたい」と言って、音羽が背骨にメスを突き当てると、ズブリと刺さって青く光るゼリー状の汁がピュッと出てきた。
「骨の部分に思い切り光を当ててください。それから出口の反対側に逃げましょう」
「なんですか? いったいどうしたんです?」と言って音羽は光を当てた。
 三人が壁際に逃げると同時に、死体の骨たちがみるみる融け始め、死体から流れ出した。線虫どもは激しく発光しながら解剖室のドアの隙間から廊下へ逃げて行く。白い流れがなくなると、死体には頭蓋骨も背骨も腰骨も手足の骨も、骨という骨がなくなっていた。山田と音羽は腰を抜かして床にしゃがみ込んでいる。どうしてみんな腰を抜かすのだろうと武藤は思い、おかしさがこみ上げてきた。
「いったい何だよアレ?」と山田。
「あれが真犯人です。巨大な線虫の群れ」
「昆虫の擬態は知っていますけれど、寄生虫は初めてです」
「元々土の中の虫だから、光にはめっぽう弱い。だから光を当てられて耐えられなくなったんでしょうな」と言って構造躯体を失った哀れな死体を前に、武藤は二人にことの経緯を話した。ところが話しているうちに、分隊長さんのことを思い出したのである。
「分隊長さんはどうしたんだろう。見かけていないな」
「分隊長さんとは?」と山田。
「この体の線虫どもを統率していた二、三十センチほどの線虫で、ほかの奴らとは違い太くてピンク色に光っています。いない場合ももちろんある」
「そんなでっかいやつがいたら、最初から見つけてますよ」
「だから擬態かも知れないっていうことですよね。例えば肉に化ければきっと見分けは付きません」と音羽。
「ピンセットでつまめば分かるんじゃない? 剥がれたやつが分隊長だ」と山田。三人は大きなピンセットを持って、武藤と山田は頭から、音羽は足から死体の皮膚や肉をくまなくつまみ始めた。そして音羽は両足を付け根まで調べ、袋の上に鎮座していた大きな包茎を不思議そうにつまみ上げた。すると一物はまるでサックのようにスポット抜け、驚いて思わず顔を近づけた瞬間、シャーッという甲高い音とともにマスクの上からツンと尖った鼻に食いついたのだ。キャーッという叫びで、ほかの二人は駆け寄り、食らいついた分隊長を必死に離そうとするが、ウナギのようにツルツルとくねり、なかなか引き離すことができない。五分近くは格闘しただろう。ようやく引き離して、山田が靴で踏み潰した。しかし、鼻の先五ミリほどは完全に食いちぎられてしまっていた。
「分隊長を解剖して、組織を取り返そう」と山田。
 音羽は医者らしくすぐに落ち着きを取り戻し、毅然とした態度で断った。
「いいです。シリコンですから」


(つづく)






響月 光(きょうげつ こう)


詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




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