詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ホラー「線虫」四 & 詩


爆弾?協奏曲(ウィル・フィル感染楽団演奏)


嗚呼ノーベルが生きてたなら
なんて嘆いてくれるだろう
俺はとうとう成功したぜ
ダイナマイトの数万倍も恐ろしい発明
世界中の爆弾を一気にぶっ放す特殊な電波発信機
十ドル札と一緒にポケットにねじ込み
世界各地を放浪しながら 気ままに気楽に軽い乗りで 
スマホみたいにポケットから取り出し
パチンとスイッチを入れると ピピピと電波が飛び出して
周囲五百キロ、地中五十メートル内にある
暇をあかせた爆弾野郎がカチンと切れて
ゾンビのように突然目覚め、いきなりドンパチっとデビューしやがる
小学校の校庭で いかした彼女の中庭で 大統領のお膝元で
おやおやこんな所にありましたかと気付いたときは後の祭り
はばからないでいっちまうのが奴らの懲りない燃え尽き症候群
驚きなのはその数の多さだよ 憎しみの数だけこさえてやがるよ人間ども
まるでニワトリさんの卵だポコポコ産んで 女の名前を貼り付けやがる
今日日ハマッているのが億万人の驚愕交響曲 人類の災禍を高らかに歌い上げろ!
いろんな時代、いろんな国、いろんな工房で 炸裂の音色は千差万別
古今東西の爆弾職人が執念でこさえたエレジーだ 嗚呼初演の日を思い描き…
ストラディバリ、アマティ、グァルネリと高貴な響きの野郎もいれば
薄っぺらな響きでパアンと屁ッこき未熟者もご愛嬌
学生さんの趣味でできちまったお気軽ポップミュージック
最初はみんなそうしたものさ ものづくりの基本は努力、怨念、妄想の積み重ね
期待してるよ新型爆弾 地球を砕く最終兵器
下手な野郎が混ざっていても一斉に火を噴きゃお構いなし
マーラを凌ぐオーケストレーションで 地獄の歌よ響き渡れ
俺はしかしタクトをぶつける天才コンダクタ 戦争付楽士長でございます
耳をつんざく響きの中から それぞれの野郎の音色やリズム、奏法はもちろん
スカやフカシも抜け目なく 聞き分けなければならんのさ
短い短いシンフォニーだが感動はひとしおだ 
瞬時の中に至福のハーモニーがあるんだよ 悪魔の協和音と人は言う
落下物の音色はあの戦争で使われた四枚翼の粋な奴 唸りを上げる回転羽が愛らしい 
エロチックなトルソーも錆付いちまったトレモロ過多のビブラフォン
カスタネットは手榴弾 テンポが転ぶよ、抜く投げるの基本を百回居残りだ
小太鼓大太鼓は親子爆弾 ドンドンパチパチ威勢がいいねトルコ風
ヒューヒュー奏でる横笛はお懐かしい焼夷弾じゃございませんか 
幽霊の騎行みたいで神々しくも気味が悪い
どいつもこいつも歴史的な殺人兵器 古爆弾演奏会じゃあるまいし
おやパラパラとピッチカートは近頃うるさいクラスター コーダの後の音漏れはご愛嬌
直線上のアリアはスマート爆弾 ガットがたわんでピンポイントに音が定まらん
おおいどおなってんだ 今日は原爆協奏曲三番「英霊」だぞソリストはどこに雲隠れ
しかしこいつは変わった演奏会 天地もひっくり返る作曲技法
最初がトゥッティで勇ましく 最後はヘラヘラアドリブ風に消えていく
イメージしたのはビッグバンさ宇宙も地球も目を覆うほどの残酷物質
いきなり刺しちゃあドラマにもなるめえ
嗚呼しかし演奏会が終わったのに 客は帰ろうとしない閉口だぜ 
「死ぬように」ってな楽譜の指示でフィナーレのところが
阿鼻叫喚ですっかり台無しだ 無教養な天井桟敷の客どもめ 
ポイントはフィーネだ宇宙に消え入る不協和音
虚無の余韻が不可欠なのだよ芸術には
何度も何度も引き出されるのはウンザリだ さらし首じゃあるまいし
はいスマート君、クラスター君立ち上がってお辞儀をしよう 
怒号が鳴り止まないのはアンコールのご要望 
分かった分かった不発の野郎を寄せ集め、軽く「死の挨拶」でもやりましょう
ほらクライシスがつくったプチ爆弾ですよ 小粋で洒落た小悪魔ちゃん
いやはやまいった客が本気で怒り出したぞ
トマトや卵、腐った玉ねぎ雨あられ 爆弾でも投げ付けかねない騒ぎだな
緊急事態だ幕を引け こいつぁまったく持続不可能
ならば持続不可能な社会に向けて 乾杯の歌で終わりましょう
持続可能な戦争 持続可能な爆弾攻撃 乾杯、乾杯、乾杯! 
アイルビーバック! アイルビーバック! アイルビーバック!
ボンボンバーン、ボンボンバーン、ボンボンドッカーン!
ハイ全滅。


(この詩は悪意のある詩ではありません。科学が核、細菌等、恐ろしい殺人兵器を生み出すことへの警鐘として書きました)





ホラー「線虫」四



 武藤はふらつきながら立ち上がり、搬送台を押す吉本の後をついていった。観音開きのドアを搬送台で押すと、ギイーッという錆付いた蝶番の音とともにドアは開き、武藤はムッとするようなアルコールの臭いに襲われた。慌ててカバンからマスクを取り出し、口と鼻を防御する。
「酒を飲めんやつが酒を研究することもないだろう」と吉本は振り向いて嫌味を言った。
「しかし、キャッシュは浴びたいのさ」と武藤。
暗闇から蒼白く光る六つの楕円が浮かび上がる。右に三つ、左に三つ。一つ一つは明るさが異なり、激しく輝くものもあれば、しっとり上品に発光するものもある。真ん中に、柵の付いた板の橋が真っ直ぐ伸び、その上を吉本は進んでいった。
 醸造所は奈落まで深く掘り下げられ、輝く樽の表面積が分かるだけでその下は真っ暗だが、その円の大きさを見るだけでもかなり大きな樽を使っていることは確かだ。
「どうして、樽によって明るさが違う?」
「今運んでいる虫どもは、右奥の一番光っている樽に仕込むのさ。あの樽は今年から仕込み始めた。樽の中では腐肉を断たれた線虫たちが壮絶な共食いを始めているんだ。みんな興奮して激しく光る。仲間たちと戦い、食い合い、糞をたれ、その糞に酵母が取り付いて酒ができる。悪魔酒の原料は線虫の糞というわけさ。新たに虫を入れ続ける限り、この戦いは繰り返される。虫の供給をストップすると、最後の一匹になるまで生存競争は続く」
「そして最後の一匹は飢え死にする」
「いいや、そいつは救ってやる。何億匹との戦いに勝利した女王様だ。実戦で体は大きくなり、頭も良くなる。利用法はいろいろあるのさ。例えば、女王同士で繁殖させれば、心身ともに逞しい子孫が生まれるだろう。いわば線虫のサラブレッドだ。このガラス容器の中にもリーダーはいるかもしれない。見ててごらん」
 吉本は煌々と輝く樽のところで搬送台を止め、ガラス容器の横に付けられた蛇口をひねった。狭いところに閉じ込められていた線虫は、解放された気分で蛇口から勢い良く飛び出し、生き地獄とも知らずに醸造樽に落ちていく。容器の中の線虫はすべていなくなったと武藤は思ったが、よくよく見るとピンク色に光る長さ二十センチほどの蛇のようなものが蠢いている。パクパクと口を開け、輝く牙をちらつかせる。
「ほら、これが分隊長さんだ。こいつがいるといないじゃ大違いなのさ。こいつは、部下たちを統率する力があるんだ。死体の背骨を食って大きくなり、そこに鎮座する。部下の暴走を止め、部下が増えすぎるとそいつらを食べて調整し、死体をスリムに保つ。こいつがいないと、死体はハチキレちまう」
「このボスは樽に入れないのかね」
「こいつを入れたら、新しいボスは生まれない。この樽から酒ができるまでは三カ月かかるが、線虫同士が食い合いながら発酵して味を出すんだ。そして結果として新しいボスも生まれるのさ。最初からボスがいたら、美味い酒はできないさ。しかし、ボス同士を掛け合わせてボスの子孫をつくり、また新たなボスに仕上げていくのはこれからの研究だ。士官候補生はいくらあっても足りることはないさ。きっといろんな用途に使えるからな。用途開発はまだ先のことだ」


 武藤はあることを質問しようとして、少しばかりためらったが、思い切って口を開いた。
「ところでこの線虫だが。腐った肉ばかりを食って増えるのかね」
「いい質問だ」と言って吉本がニヤリとした顔が、樽の光を受けて浮かび上がる。
「雑食さ。蛆と同じだ。腐肉だろうが新鮮な肉だろうが、野菜だろうが果物だろうが何でも食らいつく。強いて言えば、人間の腐肉が一番の好物。そして、二番目は人間の新鮮な肉だ。肉を食うと凶暴になり、野菜を食うと大人しくなる。しかしどうしたわけか、ナスビを食らうと凶暴になる」
「人間の新鮮な肉にはどうやって食らいつくのかね」
 吉本はハハハと声を立ててわらい、「核心を突いてきたね」と囁くように言った。
「いいかね。これらのバケモノどもは、栄養不足の土の中では生きられない。図体はでかくても、直射日光に当たれば死んじまう極めて弱い生物さ。だから、ここから逃げ出して自然界を荒らすこともない。自然環境での繁殖は不可能なんだ。まるでお蚕様さ。しかし、唯一、社会を脅かす方法がある」
「悪魔酒だ」と、武藤は呟くように言った。
「正解だ。樽の中で、虫どもは死んで酒になるが、生き残るものはいる。そう、硬い殻で覆われた卵だ。悪魔酒には、目に見えないくらい小さい無数の卵が漂っているんだ。酒がうっすら光るのは、卵が光っているからさ。それは、口から体内に入り、頃合を見計らって孵化し、宿主の肉を食い始める。そう。まずは柔らかい脳味噌から」
「仲間たちの脳味噌は、線虫に食われてしまった。そして、次には体中の肉を食おうとし始めたときに、死体は荼毘に付され虫たちも焼き殺された。しかし君は、同じ悪魔酒を飲みながら、なぜか今まで生き延びた」
「答えは極めて簡単だ。虫下しを煎じて飲み続けていた。ザクロの皮を干したやつだ」
「そんな簡単な治療法を、なぜ仲間たちに伝えなかった!」
武藤は興奮して声を荒らげた。吉本はしゃがみ込み、青白い光を受けた悪魔のような顔を武藤に向けてシニカルにわらった。
「君はさっき、仲間の死体を荼毘に付したと言ったね。しかし君は、死体が実際焼かれるところを見たのかね?」
「さあ、記憶にないな」
「君は死体を送り、骨になって出てくるのを待った。俺はそのとき、君が次々と死体を運び入れた焼場で何をしていたと思う? 死体を焼く仕事さ。君は俺を探していたようだけれど、灯台下暗しだったな」と言って、「さあ、君に会わせたい者がいる」と続けた。


 吉本はそのまま死体搬送台を押しながら、次なる石室に入って消えた。武藤は茫然としてしばらく立ちすくんでいたが、我に返って慌てて吉本を追った。最初は吉本の研究室と思ったが、中央に巨大な石棺が鎮座しているだけの何もない部屋だ。しかし石棺と思ったのは、血のように赤い花崗岩の解剖台で、死体が八体、無造作に乗せられ、手術燈で照らされていた。こちら側に足を向け、どれもその根元には男性器が付いている。武藤は周りを見回したが、放置された搬送台だけで、吉本の姿はない。
 すると、どこからともなくデルフォイの神託みたいな声が聞こえてきた。
「俺が姿を隠したのは、君が興奮しているようだからだ。暴力は嫌いだし、殴られたくはないからね。軍の秘密研究所はもう遠い昔のことだよ。我々は、祖国を勝利に導くために、一丸となって殺人兵器の研究に没頭した。君たちに検体は必要だったし、自由にできたのは捕虜だった。しかし俺には大事な検体は与えられなかった。そう。用済みになった死体しかね。だから俺は、同僚を検体にしようと考えたわけだ。俺は死体を焼く仕事に就き、隊長から君の助手まで、君が運んできた同僚の死体を無縁仏の骨とすげ替えてかっさらい、解剖を行った。この解剖は俺にとって、戦後の研究の礎となるものだった。酒飲みの仲間たちには非常に感謝しているよ。さあ、君も懐かしい人たちに会いたまえ。そこに並んでいるのは、プロトタイプの線虫人間だ」


 武藤は台の向こうに回りこんで、一体一体の顔を確認しながら嗚咽した。終戦直後にタイムスリップしたように、見送った仲間たちの死体がそこにあった。隊長もいる。毒ガスの研究をしていた山本もいた。炭素菌の研究をしていた横川も、米軍を皆殺しにしてやると騒いでいた川上も、捕虜に冷酷で武藤には忠実な助手もいた。まるで昼寝でもしているようだ。「なんていうやつだ!」と武藤は叫んだ。再び神託が聞こえてくる。
「君は入社試験不合格だ。君は社長に悪意を持っている。とても助手にはできないな。知っているぞ。君がこいつらの数人とできていたことをな。国辱ものだ。君は隊長ともできていた」
「嘘っぱちだ!」
「まあ、今となってはどうでもいいことだ。しかし、君のように同僚思いの人間は珍しいな。俺には異常としか思えないよ。他人の災難など、むしろ楽しいくらいだ。それで、君もここから出すわけにはいかない。お前が死ぬのを見るのが楽しいんだ。一番いい方法は、樽の中にお前を落として、飢えた人食い線虫どもの餌食にすることだ。さあ、懐かしい友が来たんだ。同僚の皆さん、目を覚ますがよい!」
すると仲間たちが、ゆっくりと起き上がりはじめたのである。ビックリして「ワアーッ!」と叫び、また腰を抜かした。逃げようとしても足に力が入らず、起き上がれない。そのうちに死体たちはどんどん立ち上がり、武藤を睨みつけ、武藤のところにやって来る。武藤は八人の死体に取り囲まれ、軽々と持ち上げられた。
「武藤君。久しぶりだな」と隊長が囁いた。
「喋れるんですか?」
「もちろんさ」と山本。
「僕をどうするんです!」
「さあね。吉本君の命令に従うまでさ」と川上。
「現在の隊長さんは吉本君なんだよ」と隊長。


 死体たちは二列縦隊になって、丸太でも扱うように武藤を肩にのせ、醸造室に向かった。武藤は必死になって逃れようとするが、ブヨブヨとした肩の上で力を分散させられてしまい、成す術がなかった。そしてとうとう、激しく輝く樽の上にやって来た。
 「助けてくれ!」と叫んでも、石の巨大空間にむなしくこだまするばかりだ。死体たちは、武藤の体を片手で軽々しく持ち上げた。そのとき、死体たちの体全体がはちきれんばかりに膨らんだと思ったら、男性器がパン、パン、パンと風船でも割れるような音を立てて次々に破裂。線虫どもが滝のように樽の中へ落ち、死体たちはみるみる萎れていく。武藤は支えを失って掛け橋上に転がり落ち、弾みで鉄柵の隙間から奈落へ放り出されたが、運良く鉄柵に右手がかかって命拾いをした。しかし、線虫温泉での足湯状態になってしまい、プチプチプチと不気味な音が聞こえてくる。まるで、養殖場で争って餌を食らうウナギのように、線虫が武藤の足に食らいつき、革靴や靴下、ズボンの裾を食っている。武藤はワーッと悲鳴を上げ、遊んでいた左手で同じ鉄柵を掴むと、満身の力を込めて小太りの重い体を引き上げた。
 線虫も必死である。立ち上がると、両すねを数匹の虫が這い上がる感触がした。慌ててズボンを脱ぐと、青白く光る線虫が十匹程度、両すねにへばりついている。尻の穴を狙っていると直感した。靴やズボンを食いかじるくらいの乱暴者が、人肌に付くと穴を目指すのも不思議だが、最悪の危機を脱したからか妙に安心してしまい、虫どもを注意深く観察した。こいつらは人の皮を食わないようにできている。臆病な性格で、ヤドカリ精神を持っている。寄生する者は、寄生される者から常に守られて生きていける。だから、張りぼて状態になるまで、皮は食わないのだ。人の弱みに付け込んで強請り続けるやつらと変わらんな、卑しい腐った連中だと変なことを考えながら、ゆらゆら上ってくる光の筋を一つ一つ叩き潰していった。


 この作業に少々時間がかかり過ぎたようだ。最後の一匹を叩き殺し、頭を上げると、カタコンベの方から死体たちが二列縦隊でこちらへむかって橋を渡ってくる。逃げ道をふさがれた武藤はもう一度先ほどの石室に引き返すほか方法がなかった。石室に入ると再び吉本の声が聞こえてきた。
「どうだね、仲間たちとの再会を楽しんだかね。しかし君も運の強い男だ。どうしたんだね、ズボンをどこへ忘れたんだ」
「虫干しに出したのさ。ところで、僕をどうする気だ」
「酒造りには原料が欠かせない。ここでは君は人間ではないんだ。アウシュビッツのように、毛布や石鹸の原料になるのだよ。ここには監視兵はいないが、飢えた虫たちがいる。しかも、この研究所は、我々が昔働いていた研究所とは比較にならないほど出るのが難しいんだ。いろんな方向に穴が掘られていて、迷路になっているのさ」
「しかし、僕が家に戻らなかったら、まず疑われるのは君だぜ」
「君は家に戻れるよ。君は死なない。君の同僚のように動き回ることだって、話すことだってできるんだよ。確かにそれは君ではない。君の優秀な脳味噌は虫さんにすべて食われちまう。しかし、周りの者が君だと思えばそれでいいじゃないか。世の中、人様があって君がある。人様思うゆえに我ありさ。君の価値は人が決めるんだ。ほら、先輩たちがやってきたぞ」
 張りぼて死体たちが、ドアを蹴開けてなだれ込んできた。武藤は悲鳴を上げて走り、反対側のドアまで行って思い切り開けるとそのまま飛び込んだ。しかし急勾配の下り階段だった。高低差十メートルをコロコロと転がりながら、再び石の床に叩きつけられ、ボキッと無気味な音がした。満身創痍になりながらも意外と元気に立ち上がるのは、恐怖心のおかげに違いない。遊園地のお化け屋敷にでも紛れ込んだような暗闇。いたるところから、プチプチプチ、キイキイキイとか細い音が聞こえ、ホタルのように薄ぼんやり光っては消える。あの醸造所よりは大人しいが、周りに線虫がうようよしていることは確かだ。
 武藤は片足を引きずりながらあてどもなく歩き始めた。すねとふくらはぎの上から下へ伝わるものを感じ、ヒャーッと叫んで思い切り叩いた。激痛とともに手のひらにべっとり生暖かい液体が付いた。虫ではなく血が流れている。きっと線虫どもは血の臭いに敏感に違いないと怯え、歩きながら足を擦っては流れている血を掬い取って口に入れた。


「意外と頑丈だね。プロレスラーなみのタフガイだ」と、吉本の声が追いかけてくる。
「ここは何をする場所だ」
「日本酒で言えば、原料となる米を栽培しているところさ」
「というとここも死体置場か」
「そういうこと。原料あっての製品だからね。死の谷は大きいほど商売はうまくいく。研究者にとっては恐るべき矛盾だな君」
 突然、施設全体に青白い照明が点され、武藤はその広さに愕然と立ち尽くした。大型爆撃機が数機入るくらいの巨大倉庫に、荒削りの木材を使った五段ベッドがジャングルジムのように組み立てられている。ほとんどが空で、所々に死体が寝かされ腐臭を放っている。
「ここは死体の強制収容所だ。君に見せるために照明を強くしたが、本来は暗闇にしておく。虫は光が嫌いなんだ。いまはすかすか状態さ。満杯にするには、全国から死体を集め、機関車で運んでくる必要がある」
「まるでナチだな。悪夢のような話だ」
「いいや、悪夢じゃないよ君。俺は嫌がる人間を無理やり引っ張ることはしない。死体からここに来させればいい。自由意志さ。住職と私の夢はね、この寺を日本の名刹に押し上げることだ。信者で賑わい、寺の名物の悪魔酒をお土産に買って帰る。悪魔酒にはまた行きたいという誘引効果があるのさ。そのうち悪魔酒の中毒になって脳は侵され、死期が近づくと遺言にこの寺に埋めてくれと書き遺す。仏を受け入れてここに納め、線虫を飼育して悪魔酒を製造する。これは永久に儲けが膨らんでいく持続的発展の循環サイクルだ。もうすぐこれらのベッドは屍で満杯になる」
「ここらあたりで奇妙な病気が流行っているって噂になって、国も調査に乗り出すさ」
「君さえバラさなければ大丈夫さ。そして君は決してバラさない。なぜなら君は、ここにいるからだ。さあ、線虫ども。このオジサンに濃厚なキスをしてやりたまえ。口と口をドッキングさせ、線虫を体内に送り込んでやれ!」
 するとベッドのあちらこちらから死体が起き上がり、視線を一斉に武藤に向けた。武藤は叫び声を上げ、足を引きずりながら走りはじめたが、前方のベッドから手がたくさん伸びてきて行く手を阻もうとする。こん棒で叩かれるわけではないが、首でも引っ掛けられたらたまったものではない。しかも数体が通路に降りて、待ち構えている。踝を返して後ろを振り向くと、三メートルのところに死体が降り立ちこちらへ向かってくる。とっさに武藤は、ベッドの下に潜り込み、匍匐前進で這いずり回る。ベッドの上から手が出てくる。突然、どこから出てくるのかも分からない。しかし、相手も分からないはずだ。いや、向こうは武藤の血の臭いをかぎ分けているに違いなかった。武藤はネズミを考えた。危険を察知したネズミは、人気の無くなるまで、動かずにひっそりしているものだ。しばらく動かないで様子を見よう。武藤は死体のようにピタリと静止し、息を止めて通路の方に目を凝らした。
 すると寄ってくるのである。大勢の足が、武藤の潜んでいるベッド群のところに集ってきた。やばいなと思い、どうしようかと考えていると、突然上から太い手が下りてきて、武藤の肘を掴んだ。万力のように締め付ける。武藤は悲鳴を上げながら手をガブリと噛み付いた。すると手の力は弱まり、その隙を突いて振り払うと、蛇のように体をくねらせながら猛スピードで壁際のほうへ這っていった。


 壁まではどう見ても五十メートルはあるのだ。ベッドの下を覗き、手を差し入れて待ち構えているやつもいる。武藤は慌てて、小さな通路を匍匐で横切り、隣のベッド横丁に移動し、また壁を目指した。壁際に何かがあると期待したわけではない。ひたすらネズミを考えたからだ。ネズミは壁伝いに逃げ回る。
 おそらく二十分くらいは逃げ回っていたはずだが、武藤には四、五分程度に思えるほど、無我夢中だった。ようやく壁際にたどり着くと、運の良いことに人の入れるくらいの排気口が開いている。しかも、ネズミもエサになるような施設らしく、ネズミよけの柵すらなくて、簡単に入り込むことができた。
 モグラ穴みたいな換気穴だ。くねくねと曲がっていて急に上の方向に向かいはじめた、といっても真っ暗闇の中で、上下の感覚が保たれているかも疑問である。しかし、武藤にはこの穴がずっと地上に向かっていて助かるような気がしたのである。そうしてまた十分ほど匍匐前進してから、とりあえず命拾いしたことに安心したものか疲れがどっと出てきて、全身の力も抜けてしまい、しばらくの間体が動かなかった。このまま寝込んでしまいそうだと思った矢先に、アヘアヘと女の淫らなうめき声が聞こえてくる。驚いて目を覚まし、そのまま進んでいくと分岐点があって、左の穴の奥から光が差し込んでいる。武藤は興味津々左折して、猛スピードで匍匐前進を開始した。


 ところがとたんに頭をゴツンとぶつけた。横穴といっても一メートルもなく、穴は節穴程度の小さなものだった。どうやら部屋の下横に開いている穴のようで、藁が数本突き出ている。石の床にワラが敷かれ、その向こうに1本のロウソクが灯されている。女の太ももの上に男の毛だらけの太ももが乗っかっている。女のうめき声と激しい動きの中で、ときたま接合している二人の性器が影の中からうっすら浮かび上がる。そのとき、女の顔が一瞬見えた。美しい女だ。吉本の女房だと武藤は思わず呟いた。それにあの特徴的な坊主頭は住職に違いなかった。やはり噂は本当だった。住職と吉本の妻はできているのだ。ふだんは冷静な武藤も、性的な興奮が高まるのを感じ、ようやく落ち着いた呼吸が再び乱れ始めた。
 「待って!」と女が小声で叫び、坊主が横に退くのが見えた。女の体が回転し、痩せた女にしてはけっこう豊かな乳房が二つぶらついているのが見える。犬のような格好でこちらを向いているとすれば、ハアハア興奮した息を感じてバレたかなと思いきや、突然覗き目に激痛が走った。武藤はうめき声を上げて後ずさりし、そのまま本道へ戻って渾身の力で匍匐前進を再開した。硬いワラで思い切り目を突かれたらしい。通気穴に逃げ込んでいることが女房にはバレてしまった。しかし、女房は坊主と乳繰っていたのだから、亭主に告げ口するとは限らない。が、告げ口されれば万事休すである。
 すると、今度はかなりの角度で登りになった。この先は通気口に違いない。網が被せてあっても思い切り叩けばなんとかなるだろうと希望が湧き、武藤は疲れも忘れてがむしゃらに登り始めた。穴は一直線である。遠い先に地上の光が見えるようになった。武藤は左目を瞑り、突付かれた右目だけで見てみるとまったく見えない。あふれ出てくる液体も、涙なのか血液なのかも分からない。いや、小さな覗き穴の真ん中を突いてきたからやばい部分だし、そんなところに血管はないのだから、眼房水と涙の混じったものだろうと推測した。通気口まではかなり遠いが、ゴツゴツザラザラした岩肌の突起を掴み、動く方の足を掛けながら、まるでロッククライマーのように手馴れた要領で登っていった。火事場の馬鹿力とはよく言ったものだ。


 通気口がだいぶ大きく見えるようになると、大勢の声が聞こえてきた。一瞬、あの沈黙の軍団を思い返し、声を発している集団は少なくとも人間には違いないと考えた。連中にたとえ線虫が寄生していたとしても、肉も骨も食い尽くされているわけはない、と少しばかり安心した。とうとう通気口までたどり着くとそこにはやはり、鉄の網が被せられていた。畳に座った人の横から、角隠しが目に入った。新婦は武藤も診たことのある近隣の娘である。新郎の顔も見覚えがある。寺が数年前に始めた結婚式場であることが分かった。本堂の仏像前で式を挙げた後、この宴会場で酒宴が始まる。中居たちが次々に一升瓶を運んでくる。蛍光を発する白色は、一目で悪魔酒であることが分かった。
「飲んじゃいけない!」
 武藤は渾身の力を込めて網を叩き破り、中年女の大きな尻に鼻をぶつけ気絶した。驚いた女が尻を浮かせて放屁したのである。


(つづく)




響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




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