詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(二十四)& 詩


たわし君の唄


めげちまったら
たわし君を思い出そう
あいつの体はハリネズミ
でもプロテクターなんかじゃない
あいつを買ったご主人様が
容赦なく背中を引っつかみ
汚れ仕事のフロンティアへと
力任せにグイグイ押し当てるのさ
あいつはキュウキュウと毛を逆立て
立派にやり遂げようと頑張るんだ
プロフェッショナルさ
きっと根性でやり遂げるぜ
どんなにひどい汚れだって
骨身を削ってきれいにしちまう
何百何千オケケを奮い立たせて頑張れよ
もちろんご主人様も大満足…と信じたいが自己満足
だれも注目しちゃいない よくある話さ
実をいうとご主人様は大いに不満
お金を払ってるんだ、当然だよ
でもなんだこいつ、みるみる擦れっからし
オイオイとうとうへたっちまったぜ
安物買いの銭失い
そろそろフレッシュマンに交替だ
嗚呼嗚呼哀れなたわし君
カツを入れても逆毛は立たず
ストレス過剰でボロボロ脱毛
毛のないたわしは戦力外さ
仲間はシラッと目を逸らす
みんな見たくないのよボロボロ先輩
わたしはたわし 消耗品
明日はわが身と思っているから…



うらなりの果実たちへ
(ソムリエの言葉)


熟し切れずに萎んでいく果実たちよ
君たちは苦労を知らずに育ってきた
温室育ちはやたらと甘いだけで
奥深い味わいをつくり出せずに終わる
軽薄で 大袈裟で 騒々しい味
まるでお祭り騒ぎのまがいものの成熟
奥深い熟成は決して甘さを求めはしない
その味は重く 寡黙で シニカルな苦味が舌に当たる
苛酷な環境と生への未練がぶつかり合い
薄皮にズタズタの傷を付けながら身重となり
孤独の中で孤立し すべての外的ストレスを内面に吸収し
ゆっくりと膨らみ じっくりと熟していく
多くの挫折を重ねながら癒しの樹液で克服し
明快でないヴィンテージものに沈潜していく
成熟とは……
解答のない複雑な味付けを意味する言葉だ
それはフランス料理のように瞑想的だ


嗚呼君たちは見てくればかりを気にしているが
ひと口口にすればニセものであることがバレてしまう
しかしうんざりするほど単純な味を好む者も多いだろう
複雑な味は複雑な舌しか求めないものだから 
ならば君たちの心はその感覚とともに成長を止めたのだ 試練に恵まれず…
世界もまた、君たちの青臭い吐息にまみれて成長を止めたに違いない
過去は熟し切れずに現在を生み出し
現在は熟し切れずに未来を生み出す悪循環
ならば未来もまた 
熟し切れずに朽ちていくうらなりの果実に違いない




ロボ・パラダイス(二十四)


(二十四)


 チカⅡはチカの勝手な行動を感知し、「ヨカナーンの指示に従え」と発信したが、返事は返ってこなかった。チカとチカⅡの人格は、エディとエディ・キッドのように分離してしまったようだ。チカⅡはヨカナーンが収容されている施設の近くに隠れて、ジミーとフランドルが到着するのを待った。三日後にようやく二人がやってきた。ジミーとチカⅡは長いキスをした。
「我々は世界連邦政府議長の承認を得て、ここにやってきたんだ」とフランドル。
「ここにはあなたも収容されているはずだわ」
「オリジナルに会うのが楽しみさ」
「ここはテロリスト脳の研究所でしょ?」とジミーはフランドルに聞いた。
「仲間たちの多くは処刑される前に脳データを取られた。ここでは拷問の代わりに脳データを取られ、アジトの場所などを探られるんだ。しかしヨカナーンと俺は、生身の体で生きているというのだ」
「議長は何の目的でヨカナーンとあなたを仲間に引き入れたの?」
「世界人口を半分に減らすためさ。コンピュータの答えに従うためだ。少数民族を消滅させても、世界人口の一割にも満たない。貧乏人を消滅させれば、最低半分は減る計算だ。議長は金持連中を殺したくないのさ。俺たちは昔から支配階級の脅威だったし、最近では水爆も隠し持っている。水爆は貧乏人だけチョイスしてはくれない」
「サタン・ウィルは理想的な兵器というわけね」
「そうさ、人間に特化したウイルスだし、高額でもワクチンさえ打てば助かるんだからな」


 高い鉄条網の柵越しに見渡すかぎりの沙漠が続き、建物は見えなかった。三人が大きな鉄門の前に立つと、自動的に開いて敷地内に入ることができた。鉄門は閉まり、どこからか無人のジープが走ってくる。三人はジープに乗り込んだ。ジープは道なき沙漠を時速百キロ以上で走り、三十分ほどで急停止する。車の周りが円形のせりのようにゆっくりと地下に落ちていった。
 車を取り囲むように、十人の男が寄ってきた。どれも同じ顔をしている。それは議長のパーソナルロボだった。
「ようこそ、わが家に」と一人が挨拶した。
「あなたは議長ですか?」
 ジミーが尋ねた。
「いいや、我々は全員議長の召使です」ともう一人。
「時には影武者にもなります」
 十人が別々に喋っても、一人が喋ることと変わらなかった。
「俺は、俺のオリジナルに会いに来たんだ」
「私はヨカナーンの実物に会いに来たのよ」
「承知しております。オリジナルは二人とも健在です。きっと、喜ばれることでしょう」


 三人の前に五人、後ろに五人の議長が付き、長い廊下を案内された。開けられた扉の先は、真っ暗だった。しかし星のように青白く光る点が無数に散らばっているのを見て、部屋は大きなドームであることが予想できた。それらは巨大なクリスマスツリーのように頂点に向かい、そこには金色に輝くひときわ目立つ星雲があった。フランドルはふと、肩の高さにある青白い光を凝視し、アッと驚きの声を上げた。それは透明な筒の中に入った液体に浮かぶ脳味噌だった。その液体が青白く光っているのだ。
「気付かれましたか。人工髄液にはクラゲから採った発効物質を混ぜております」
「中の脳味噌は?」
「すべてテロリストたちの脳です。一万以上はあります。彼らは宗教上の理由から、パーソナルロボットになることを拒みました」
「嘘だ! 俺は勝手にロボ化されたんだ」とフランドルは叫んだ。
「あの頂点で金色に輝くのが、ヨカナーンに体を粉々にされた我々のご主人様です。すべて、テロリストたちの脳はご主人様の脳と連携しております」
「いったい何の目的で?」とジミーが尋ねた。
「さあ、研究ですかね。いや、復讐だ。遊びのようなものです。ご主人様は、ご自分の体を壊したテロリストを許せなかったのです」
「これらの脳は、もはやご主人様の命令に背くことはございません」
「レベルの低いテロリスト脳をまとめた、一つの生体コンピュータです」
「確かに遊びだわね」とチカⅡ。
「しかし、頂点に燦然と輝くご主人様は天才です」
「下らん。ここに俺とヨカナーンは居るのか?」
「もちろんです。天主様のすぐ下に青白く光る二つの星が、あなた様とヨカナーン様です」
「その体は?」
「お目にかかりたいですか?」
「ああ」
 フランドルは大きなため息を吐いた。
「で、ヨカナーンとは話せるの?」とチカⅡ。
「もちろんでございます。脳味噌収納容器の前に音声装置が付いております。耳も目も口も、人工神経で脳と接続されています」


 議長たちの案内で、三人は細い金属製の階段を一列になって頂点に向かって上っていく。周りに点在する脳たちのどれがかつての仲間たちだったか、フランドルには分からなかった。それらは近付いてボタンを押さなければ、応答してはくれない。しかし沈黙ではなかった。葬儀場みたいに、癒し風のBGMが薄っすら流れている。
 三人はとうとう、議長の脳のすぐ下に置かれたヨカナーンとフランドルの安置所に立った。そこは直径七メートルの半円形の透明棚で、直線部分は漆黒の壁に密着していた、というよりか壁から棚が飛び出した感じだ。棚の十メートル上には金色の祭壇がある。透明棚の左右から、ロココ風の唐草模様の手摺がある古風な階段が、半円形に伸びている。手摺の所々には、小さなラッパを吹いた天使の彫像が七体、いろんなポーズで乗っている。すべてが金色に輝いていた。
 二人のテロリストは棚の中央に、夫婦のように仲良く並んでいた。透明な棺は青白く光る保存液で満たされ、五体を切り離された体がバラバラになって浮かんでいる。頭頂部は皿状に切られ、脳味噌を取り出された状態のままになっていた。棺の上の位置に、取り出された脳味噌の透明容器が置かれ、その近くに会話用のスイッチが置かれている。
「ふざけやがって! 俺の体をズタズタにしやがって……」とフランドル。
「酷い仕打ちね」とチカⅡも口を揃えた。
 ジミーがヨカナーンのスイッチに手をかざすのを見て、フランドルもオリジナルのスイッチに手を近づけた。すると、容器が喋り始めた。
「バカだな、なぜここに来た?」とヨカナーンが暗い声で呟く。月にいるヨカナーンの首と同じ声だった。
「月のヨカナーンの命令よ。オリジナルから、今後の行動方針を確認せよと……」
 チカⅡが答えた。
「いまの俺にはそんな権限はない。俺は天主様の支配下にあるからな」
「お前はなぜ、国の民族を裏切った?」
 今度はフランドルの脳がフランドルに詰問した。
「俺は、仲間を裏切ったことは一度もない!」
 フランドルは、目を剝いて答えた。
「じゃあ、騙されたんだな」
「天主様は、頭の良いお方だから、お前らを騙すのは簡単だ」とヨカナーン。
「俺たち少数民族を守ってくださるために、ワクチンを提供してくれたんだ」
「バカだな、騙されたのさ。そのワクチンはプラシーボ(偽薬)だ。今頃、故郷じゃ大変なことになっている」とフランドルの脳。
「予定では、お前たちテロリストがサタン・ウィルをばら撒いたことになっていた。お前たちの民族は地球の敵として、縛り首か撲殺が順当だった。しかし、チカが月から天主様の策略をばらしたため、急遽ワクチンを偽薬にすり替えたのさ」とヨカナーン。
「なんてこった!」
 フランドルは、握りこぶしで思い切り棺を叩いたので波が起こり、中の五体がバラバラと揺れる。
「天主様の強みは、もう普通の生物ではなく、デウスになられたことだ」フランドルの脳が言った。
「愚か者たちよ、もうお前らと話すことはない。我々少数民族は負けたのだ。浄化されたのだ。さあ、会話ボタンを切って引き下がるがいい」
 フランドルとジミーは肩を落とし、ヨカナーンの言葉に従って会話ボタンを切った。
「さあ、天主様がお呼びです。あなたたちとお話がされたいと」
 議長のロボに促され、三人は二手に分かれてロココ風の階段を上っていった。そこは壁をくり貫いた半円形の黄金の間になっていて、壁には半円柱の柱の間に金色に縁取られた大鏡が十面張られ、どこまでも黄金色に広がる虚空間を演出していた。部屋の中央、黄金のシャンデリアの下には、金地装飾の天蓋付き寝台が置かれ、その両側に、ミケランジェロの「曙」「黄昏」、「昼」「夜」の彫刻を模した黄金の棺が置かれている。そこにはテロリストの自爆で議長とともに死んだ妻と娘の遺体が納められていた。


 寝台の上には、爆弾によって粉々に砕けた議長の肉片が、無造作に置かれていた。その中には脳味噌もあった。枕元にはやはり透明の脳容器が置かれていたが、青い脳漿に浮かんでいたのは金色の小さな集積回路だった。
「天主様は、純金の脳データとして生きておられるのです」
「それじゃあ、あなたたちとどこが違うの? あなたの素材はクズ鉄?」とチカⅡ
「それは非常に失礼な問い掛けですね」
 別の議長が目を剝いて言った。
「さあ、会話モードにしてください」
 さらに別の議長がチカⅡに促した。ジミーがスイッチに手をかざすと、とたんに声が聞こえてきた。
「君たちは信じる者は救われるという言葉を知っているかね」といきなり、変な質問をしてきた。
「俺はそう信じているさ」とフランドル、「僕もチカⅡも無宗教なんだ」とジミーが答えた。
「フランドル君は子供の頃から神を信じて生きてきた。神の王国には信者以外は入れない。無神論者は地獄に落ちることになっている。私もまた、地球を神の王国にしようと思っている。しかし私は同時に現実主義者だ。神などという曖昧なものを信じない。私の神とは、金のことだ。すなわち、金の王国ということだ。私は子供の頃から金を信じて生きてきた。地球という王国には金がないと入れない。金のない奴は地獄に落ちることになっている。私の肉体は死んだが、私の精神は金となってここに生きている。私の精神は純金のように輝き、黒かびのごとく汚れた無産階級を地球から一掃しなければならないと決意した。地球を黄金で満たさなければならないのだ。地球を貧乏で汚染してはならないのだ。貧乏はばい菌の一種だからな。私の話は難しいかね?」
「ある意味、社会通念ですわ」とチカⅡ。
「そう、私は単に人類の本音を語っているに過ぎないのだ。誰だって金持になりたい。しかし、具現者はほんの一握り。ほかのすべてはクズの集まりだ。そいつらが地球を疲弊させている。じゃあどうすればいい。クズどもは一掃することだ」
「大胆な差別的ご意見」とジミー。
「ネコを被った金持連中よりマシさ。君たちは私の意見に賛成かね?」
「ロボットにお金は必要ありません」とチカⅡ。
「しかし君たちは、金持の従僕であるべきだ。私の右腕になって、反逆者どもを蹴散らしてくれたまえ」
「その前に、俺の故郷はどうなっている?」
 フランドルは、声を震わせて尋ねた。
「貧乏人どもに優劣はない。民族に係わりなく、すべて排除の対象となる」
 フランドルは逆上し、議長の脳チップを破壊しようと襲い掛かったが、五人の議長に周りを取り囲まれてしまった。
「さて、君たちパーソナルロボットはこの館の中で、ある特定の電磁波に曝されるといとも簡単に洗脳されてしまうのだ。君たちは飛んで火に入る夏の虫さ。その電磁波というのはこれだ」
 突然、巨大なドームに工場のような雑音が響き渡り、議長の侍従たちを含めたすべてのパーソナルロボットが、一瞬にして機能停止に陥ってしまった。


(つづく)



響月 光(きょうげつ こう)


詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




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