詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(二十三)& 詩


都会の野生人


あるとき太古の昔から
野蛮な男が都会にやってきた
腹が減っていたので八百屋に入り
バナナをムシャムシャ食べてしまった
おまわりが二人やってきて捕まえて
小さな檻の中に入れてしまった
イノシシのように臭かったので
医者が呼ばれて消毒し、からかった
すべてのバナナに所有者がいることを知っていますか
この世のあらゆるものに所有者がいることを知っていますか
たとえばあなたの食べたバナナは誰のものでしょう
そいつあ見つけて腹に入れたもののものに決まってら
おそらくそれはお金のなかったずっと昔の話ですよ
すべてのものはお金で買わなければならないのです
けれど金のないおいらはどうすりゃいいんだい
働くのです、稼ぐのです、労働です
目の前に食い物があるのに
食っちゃいけない働けだと
おかしなことをいうやつだ
それじゃあおいらが質問するが
あんたは誰の持ち物だい?
おいらは誰の所有物?
あなたは私の 私はあなたの所有物
みんなはみんなの所有物
だからあなたは私の 私はあなたの
みんなはみんなのために働いて
お金をもらって生きている
あなたを支配するのは私たち
私を支配するのはあなたたち
だからみんな一所懸命働いて
そのご褒美にお金をもらう
そのお金を使ってバナナを買い
バナナを食べてお腹を満たす
働かざるもの食うべからず
働き稼ぎ汗をかけば
みんながみんな幸せになれるんです
嗚呼、分かったもうたくさんだ
早いところ檻から出して
おいらを山に帰しておくれ
しち面倒くさい御託を並べて
さてはおいらを飢死にさせるつもりだな
怠け者のレッテルを貼り付けて
処分しようという魂胆だな
働き稼ぎ汗かくなんて
そんな社会は窒息ものさ
おいらは勝手気ままに手を伸ばし
誰のものともわからないバナナを食って生きてくぜ
だっておいらは根っからの怠け者
怠ける以外に能のない、野生人なんだからよ!




微笑みの星

幾千年もの漂流が終わり
少しずつ進化を続けてきた私の心が
宇宙の果てにたどり着いた星では
すべての生き物たちが
終末を迎えようとしていた
すでに木々は枯れ 動物たちは死に絶え
穴蔵の中に閉じ込められた人々は
次々と仲間を失っていった
彼らは私を友として迎えてくれた
ようこそ死に行く者たちの星へ
私たちはいま 本当の幸福を見出したのですよ
彼らはだれ一人として微笑を絶やさなかった
さああなたも笑って
私たちの仲間なのですから……
微笑むことがこの星の掟 人間として
最高の幸せを分かち合う仲間なのですから
そう、ここは死に行く者たちの星
私たちの体をどんどん蝕んでいく敵たちは
私たちに人類の理想を具現してくれた仲間
ここには諍いがありません
夫婦喧嘩も、親子喧嘩も、兄弟喧嘩も、仲間喧嘩も
死を前にしては何の意味がありましょう
私たちの周りの世界は、すべて死につつあるのです
そして私たちが崩壊するとき、すべてが消え去るのです
私たちは死を前にして あらゆる欲から
あらゆる虚栄から、あらゆる罪から開放されたのです
そして、生というあまりに苛酷な試練からも……
さあ、もっとわらって、幸せを感じてください
私たちは死という巨大な友を前に
早々と心の安らぎを楽しんでいるのです
ここは微笑みの星 
人間の性から解き放たれた終末の星
そうだ本当の幸せは
限りない不幸の中から掘り出すものであると……




ロボ・パラダイス
(二十三)


 五十人は海から海岸に上がると「地球に帰ろう!」と書かれたプラカードを掲げ、ロボ・パラダイスのメインゲートに向かってデモを始めた。するとあちこちから賛同者が寄ってきてデモに参加し、たちまち五百人程度に膨れ上がった。ボランティア警官たちが前に立ちはだかってレーザー銃を構え、静止しようとする。武器を持つ先頭集団はすかさずレーザーを発射し、二、三人を撃ち殺した。レーザーの高熱は脳回路を一瞬にして蒸発させる。五十人は銃を構えながら走り出したが、賛同者の半分以上が逃げずに付いてきた。彼らは破壊された警官の銃を奪った。警官も意外に多く、家の影からレーザーを放ち、四、五人の仲間たちが射抜かれた。チカたちは慌ててプラカードを放り投げ、バラバラになって家々の裏などに逃げ込みながら、メインゲートを目指してがむしゃらに走った。出くわした警官と銃撃戦を交えながらも、なんとかメインゲート近くまで辿り着くことができた。
 二十名のボランティア軍人がゲートを固め、チカたちの前に立ち塞がって銃を構えた。万事休すと思ったチカは銃を捨て、「いま地球で何が起こっているか知っているの?」と叫んだ。
「政府が貧乏人たちを月に追い出そうと、殺人ウイルスをばら撒いたのよ」
 軍人の中に元通信兵がおり、地球上で飛び交う通信を逐一傍受していて、そのニュースはすでに軍人仲間に伝わっていた。
「知っているさ。ロボ・パラダイスはパンクしちまう。君たちが地球に帰りたいなら、俺たちも連れてってくれよ」と元空将。
「クーデターを起こしてもいいんだ。地球の政府に従う義務はない」と元空軍大佐。
「宇宙船を操縦できる?」
 チカが聞くと、二人の兵隊が手を挙げた。
「ちょうど地球から二機来ている。お客には、地球で起きたことを伝えてある。宿泊施設にしばらく滞在してもらうつもりだ」と元空将。
 チカは、ワクチン強奪計画を話した。自分たちの親族が殺され、ロボ化されることを恐れた兵隊たちは、全面的な協力を申し出た。
「ヒトラーはゲルマン民族の危機を救おうとした。地球政府の議長は資産階級の危機を救おうとしている。俺たちはごく一般的な家族や友達、親戚の危機を救わなければならないんだ」
 元空将はそう言って、チカに向かって右手を差し出した。
「それぞれのエゴイズムを発揮するときが来たのね」
 二人はニヤリとして固く握手を交わし、ついでにハグをした。


 地球帰還希望者が続々と押し寄せてきた。ロボ・パラダイスの退屈な生活にうんざりしているのだ。チカは希望者全員の帰還を提案した。新しいウイルスが広範囲に広がれば、常在ウイルスとして地上に固定する。ロボ・パラダイスの全員が帰還すれば、地球はパーソナルロボのコンタミネーション(異物混入)がきっと成功する。それは殺人ウイルスとは違った平和的な方法で、地球の現状を変えていくだろう。数が多ければ多いほど、排斥の機運を萎えさせてくれるに違いない。
最初は二機の宇宙船でピストン輸送する。その条件として、人命救助隊の一員になることを約束させた。生身の人間たちに好感を持たれることは大事だ。二機の宇宙船には、合計二千人の乗船が可能。チカのグループと空将およびその部下たちが乗り込んで、千人。あとの千人は長蛇の列の先頭から受け入れることにした。A機にはチカ、チコ、エディ・キッドと大佐、ノグチ、B機にはピッポとエディ、空将が乗り込んだ。満席状態になると、二機はイオンエンジンを発射してゆっくりと上昇していった。残った兵隊たちは、帰還希望者たちを守るため、列の周囲で銃を構えた。警官たちは軍隊と一戦を交えようとは思わなかった。彼らは制服を脱ぎ捨て、帰還希望者の列に加わった。



 二機は途中で、ワクチンの秘密製造工場の宇宙ステーションに横付けした。チカと大佐、ノグチが下船し、開いたままの扉から中に入った。ここで働いているのは五人のパーソナルロボで、ノグチの同僚だった。船内は真空状態。ワクチンの製造ラインは休止している。チカと大佐は彼らと握手を交わした。
「そもそもサタン・ウィルは、政府に反抗的な一部民族を撲滅するために作られたものです。我々は核テロを防ぐ手段としては有効だと考え、開発に賛同し、協力したわけです。しかし、政府はその目的を転換して、世界人口の削減に使おうとしている。これは我々の望むところではない」と工場長。
「しかし、私は工場長に反対です。科学者なら、病んだ地球を救う手立てが強硬手段しかないことは、分かっているはずだ」と一人が反対意見を述べた。これに対し、隣の同僚が「ロボットになるかならないかは、あくまで自分の意志さ。政府が決めることじゃない」と反論した。
「ならば、多数決で決めよう。政府側に付きたい人は手を挙げて」と工場長。
三人が手を挙げた。
「じゃあ大佐、お願いします」
 大佐は無言のまま、小型のレーザー銃を胸から出して、三人を次々と撃ち殺してしまった。
「さて、彼らの脳データは船内のコンピュータに入っていて、これは殺人ではなく、不活性化だ。で、ワクチンはすでに地球に搬送され、金持どもが消費している。ここにあるのは予備のストックで、五万人分しかない。我々は政府から、製造停止命令を受けています」
「再開をお願いします」とチカ。
「分かりました。続けましょう。それに、治療薬も開発済みだ。万が一、ワクチンが効かなかった場合、ワクチンと同じ値段で売る予定と聞きました」
「それは助かります。二つの薬があれば、流行のピークを抑えられます」
 廊下の両側に、ワクチンと治療薬の製造ラインがあって、残された研究員がスイッチを入れると、再稼動が始まった。オートメーションなので、三人欠員しても製造に支障はなかった。五人全員がリレー方式で在庫ワクチンと、在庫治療薬を二機の宇宙船に運び入れ、さらに所長は薬の設計データが入ったタブレットをチカに渡した。チカはそれを飲み込んだ。データは体内で開かれ、チカの脳回路に流れ込み、記憶として残った。



 二機はハワイ近くの海に着水して海底に潜った。ここには大きな海底洞窟があって、宇宙船を隠すには恰好の場所だった。全員が下船して、ひとまずハワイ島を目指して泳いだ。島はアメリカや日本からの避難者でごった返していた。離れ小島は比較的安全と思われていたからだが、保菌者がやってくれば、かえって逃げ場がなくなってしまう。しかし、ロボットたちが身を隠すには恰好の条件だった。パーソナルロボたちは、首裏の赤いボタンを隠すために時代遅れのネッカチーフを首に巻いたり、男でも長髪だったりで、仲間同士で見分けるのは簡単だったが、救助隊員どうしの量子通信網でも情報交換が可能だった。


 島ではすでにウイルスが広がり始め、病院はパンク状態だった。高熱の患者は、海に浸かって熱を冷ましながら失神し、沖に流されていく。一九世紀にアメリカ人が持ち込んだ天然痘の流行では三千人近くが死んだが、どうやらそんな規模では納まらない状況だ。二千人の隊員はノグチに案内されて、ワイメア近くの精密機器工場を訪れた。出てきたのはノグチの甥だった。
「久しぶり!」
 甥はノグチとハグし、涙を流した。隊員たちは外に待機し、ノグチと人命救助隊の幹部だけが工場内に入った。そこには甥の家族や従業員とその家族が待ち受けている。
「とりあえず3Dプリンタで二千人分の機器は作ったよ、叔父さん。父さんや母さんはいつ帰ってくるの?」
「地球が落ち着いてからね。そのためにも、君には頑張ってもらいたいんだ。この機器は継続して作ってほしい。それにワクチンと治療薬の製造もね」
「叔父さんが居てくれれば、簡単にできるさ」
 チカは甥のコンピュータに指を突っ込んで、製造ラインの設計データを注入した。これで近日中に地上でもワクチンと治療薬の製造が可能になる。甥は、すでに用意した機器をつまみ上げてチカに見せた。それは、直径五ミリ、長さ四十センチほどのゴム管で、下には膀胱のような収縮機能付きの袋が取り付けられていた。管の先端には細い透明の輪が付いている。
「さあ、この管の先の輪を下の前歯に引っ掛けて袋を飲み込んでください」
 チカは言われるままにして袋を飲み込むと、ちょうど袋だけが胃袋に入ってブラブラしている。ノグチは持ってきたワクチンと治療薬をビーカーに一対一の割合で混ぜ、十倍の純水を加えてから長いスポイトで吸うと、そいつをチカの口の管に流し込んだ。
「これは命を救う唾液です。我々ロボットは人間たちと濃厚接触することで、彼らの命を救うことができるのです。一人一日千人キッスを目指しましょう」
 ノグチは笑いながら宣言した。ワクチンと治療薬を混ぜたのは、プラスかマイナスかを判定する時間がもったいなかったからだ。人工唾液腺は次々と隊員たちに装着されていき、薬液も注入された。装着した隊員は、次に甥のコンピュータに指を突っ込んで、薬剤の製造ラインの設計データをコピーした。世界中に散らばって、製造拠点を構築する必要があった。このラインは培養ラインで、隊員の唾液袋にある薬を少量提供すれば、一日に五十万人分の薬を生産できた。
 甥は幟と鉢巻も用意していた。そこには「私は抗体人間です。私とキスをしてください。ウイルスは完全になくなります」と書かれていた。全員が幟を持って鉢巻をし、まずは工場に集まった人たちとキスを交わした。これで彼らはサタン・ウィルの脅威から解放されることになった。そして二千人の救助隊員たちは巷に繰り出していった。


(つづく)




響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




響月 光のファンタジー小説発売中
「マリリンピッグ」(幻冬舎)
定価(本体一一〇〇円+税)
電子書籍も発売中



#小説
#詩
#長編小説
#哲学
#連載小説
#ファンタジー
#SF
#文学
#思想
#エッセー
#エレジー
#文芸評論
♯ミステリー

×

非ログインユーザーとして返信する