詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ネクロポリスⅡ

老人は暗い森で道を失った
少し歩くとツタの垂れ下がる桜の老木に出くわした
九分咲きの花びらが白々しく揺れている
幹には沢山うろが開いていて
一つひとつに少年たちの蒼ざめた顔が埋め込まれていた
どいつも見覚えがあるけれど
思い出したくない顔ばかりだった
「とうとう来やがったな」
老人は無言のまま通り過ぎようとした
ツタが腕に絡まり身動きもままならない
「貴様は過去を背負ったままここへ来たのか?」
顔たちが一斉に笑い出した
「君たちには過去以外なにかあるのかね?」
「ここは未来のない世界さ」
「現在なんてものもありゃしない」
顔たちの笑いは収まらなかった
「俺たちにとっては戦友との思い出だけさ」
「そんなもの、俺にはガラクタだ」
老人は力なく反論した
「貴様、長生きしたよな……」
「楽しくはなかった……」
「そんなことはないだろ?」
「にわかには信じがたいな」
「さあ爺さん、貴様の特等席があるんだ」
「たったいまフクロウを追い出してやった」
「ようやく同期の桜も満開だな」
「嗚呼、怨霊ども、いい加減に解放してくれよ!」
老人はツタを振りほどき、一目散に駆け出した




響月 光(きょうげつ こう)


詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




響月 光のファンタジー小説発売中
『マリリンピッグ』(幻冬舎)
定価(本体1,100円+税)
電子書籍も発売中



『マリリンピッグ』におけるイニシエーションとしての「糞」


拙書『マリリンピッグ』では、環境の悪化により、あらゆる植物の育たなくなってしまった地球が舞台になっている。人間を含め、絶滅の危機に瀕した動物たちを救ったのは、「マンナグリン」というスーパー微生物だった。
これは、ミドリムシを食べた小ブタの腸内で生産される突然変異ミドリムシ。小ブタから糞として排泄されると、超旺盛な繁殖力で地球をどんどん緑に変えていった。動物たちは、それを食べて活動に必要なすべての栄養素を補い、地球の平和を願ってマリリンの丘を目指し聖火を繋ぐ。
主人公のアチャナがマリリンの丘に到達できたのも、原爆で破壊された民家の便所にあった割れ便器の狭き門を潜り抜けることができたから。このように、物語では「糞」がライトモチーフとして扱われている。
およそ地球の生き物であるかぎり、どんな高貴なお方も糞をせずにはいられない。糞の成分の多くは、腸内細菌の死骸や食われた輩の死骸の断片だ。食われてしまった恨みや惨めさを訴えるように、四方八方に異臭を放つのである。
神様が創られたのかは知らないが、地球上の生物は食うか食われるかの弱肉強食円環から抜け出すことができない。人間どうしの諍いも、対象物が何であれエサの取り合いの延長線上にある。サブ主人公の「天才」といえども、排泄という生物の宿命を変えることはできないが、その内容物である死骸の構成を変えることはできると考えた。つまり、コアラがユーカリの葉だけを食べるように、地球上のあらゆる生物が「マンナグリン」だけを食べていれば、弱肉強食のジレンマから抜け出すことができると考えたのだ。おまけに超繁殖力の「マンナグリン」は、食われることを喜ぶ生物でもある。いままでの「糞」を通過して、新しい未来の「糞」へと変身! というわけだ。
『マリリンピッグ』は大人の童話だが、科学の力でそんなことを考えている連中もいる。最近、体性幹細胞などで人工肉を作って家畜を減らそうという研究も盛んで、ビッグな企業が資金を出している。それ自体は喜ばしいことだが、ほかの研究も含めて科学が神の領域に入ってしまったことを如実に表している。そして人神様には良い人神様もいれば悪い人神様もいる。「天才」は、悪い人神様のケンカで世界文明が崩壊した時にAI化した、悲しき人類の一人でもあった。そういえば、『悲しき熱帯』なんて預言書もあったっけ……。
そして今度はAIの時代。シンギュラリティ以降は、地球が良いAI神様と悪いAI神様の戦いの場にだけはならないように願っている。

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