詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

奇譚童話「草原の光」 六 & 詩


「希望」という名のパスポート


行詰った神学者が自殺をした
案の定、地獄の使者がやって来て、深々とお辞儀をする
やはり私の魂は神の所有物でしたか…
私はそれを確かめるために自ら命を絶ったのです
学者がため息を吐くと、使者はシニカルに笑い
馬鹿な、貴方の心も体も貴方のものですよと言った
それではなぜ、私は地獄に落とされるのですか?
学者は意味が分からずに問い返した


それは、神が貴方に与えた贈り物を破棄したからです
諸人は神が地球という地獄に放した捨て子たちです
しかし神は、それぞれに天国への通行手形を付与しました
貴方が生まれたときに、心の片隅に棲み付いた「希望」です
いずれは死ぬ貴方が、なんのために学問に励んだのでしょう
灼熱の荒地で、シチリアの農夫は「死んだほうがマシだ」と叫びながら
なんのために耕し続けるのでしょう
ブラジルのスラム街で、若者はなぜ仕事を辞め
大家の追い出しに怯えながら、病気の母親を看病するのでしょう


それは、あらゆる災禍が飛び出したパンドラの箱の底に
弱々しくもこびり付いて残った「希望」のおかげです
絶望に打ちひしがれても、少しの希望があれば
人々は愛することも、夢を見ることもできるのです
そうした人たちはたとえ飢え死にしても
死ぬ間際まで愛し続け、夢を見続けるのです
なぜなら、希望は生きるためのワクチンであり
死後の魂を天国へ導くパスポートだからです


自殺は、希望を捨て去った人々の所業です
神は自殺者を罰しはしません
すでに現世は、生きる者たちの地獄だからです
貴方が天国に行けないのは通行手形を失ったからに過ぎず
単なる手続き上の過失です


しかし貴方は、生者地獄に留まることも許されません
私は貴方を、死者たちの地獄にお連れしようと思います
これは地獄から別の地獄への、水平移行に過ぎません
この世の地獄に慣れ親しんだ貴方が
あの世の地獄を恐れることはありません
それとも、浮かばれない魂となって未練がましく
この世に留まり続けるご所存ですか?


いまは亡き神学者は、立ち上がると使者の手を取り
苦笑いしながら自分の首吊り死体を見返った
不恰好に高い鼻の穴から垂れ下がる鼻汁が
風もないのに微かに震えている
そいつは「希望」という、神が与えたレンタルアイテムの
変わり果てた抜け殻だった…









奇譚童話「草原の光」
六 新婚生活


 結婚したエロニャンとモーロクたちは、草原で新婚生活を送ることになったんだ。アマラ、カマロ、ナオミとケントは四匹の蛇と一緒に家族をつくったけど、そもそもエロニャンに家族なんて言葉はないから、すぐにバラバラになっちまう。それで先生は、日が沈んだら家族は一緒になって寝ることを提案したんよ。夜ぐらいは一緒にならなきゃ、エロニャンとモーロクの子供なんかできないもんな。


 先生は広い草原をうろつき回って、新婚さんたちが仲良くやっているか調べたけれど、誰も愛を語り合っていないのに驚いたんだ。みんな愛の中にどっぷり浸かっているから、そんなものをいちいち取り上げて話題に乗せることもなかったんよ。それに、エロニャンたちはネコの血が濃いから、夜でもうろつき回る癖がある。だからカマロも蛇の尻尾をアマラから外して、暗闇の中をどこかに消えちまった。


 仕方なしにほかの三人はくっ付きあって、何かを喋ろうとしたとき、ちょうど先生がやって来て、話の輪の中に入ってきたんよ。
「ところでアマラ、君は赤ちゃんを産んだことあるの?」って先生は聞いたな。
「何人か産んだことがあるわよ」
「どんな風にして?」ってケント。
「女の人はおしっこをするように子供を産むんだわ。それはとても痛くてね、そのために死ぬこともあるんだわさ」
 ケントとナオミは笑ったけど、先生は「そいつはいい答えだ」ってほめた。


「で、その後君はどうするんだ?」
「あたしが産んだんだから、あたしの役割は終わり。赤ちゃんはほかの人がおっぱいを上げるの。それもそんなに長い間じゃない。その後、みんなが見守ってると、赤ちゃんは一人で草を食べ始めるわ」
「で、その子はカマロの子?」
 ナオミが聞いても、アマラは不思議そうな顔をして、「そんなの分からないわ」って答えた。
「だって、赤ちゃんは自然に出来るものでしょ?」
「でも、君は誰かと愛し合ったはずだ!」
 先生は暗闇の中で赤い顔して言い放った。
「愛し合うって?」
「それは君、キスをしたり、なで合ったりすることさ」
「それは毎日、みんなとやってることでしょ?」
  
 すると、アマラの左肩の蛇が鎌首をもたげて舌を出し、「いったい蔦の役割はなんだと思ってるんだい?」って言ったんで、先生は驚いて失神しそうになっちまった。
 先生は、人類が十万年前に分岐して、愛のメカニズムも大分違っちまったことを知らなかったんじゃ。エロニャンたちに生えた植物は、光合成ででんぷんを作るだけじゃなく、連結して愛を育むことは分かってたけど、まさか花粉までやり取りしていたなんて、モーロクたちも分からなかったんだな。愛の中で暮すエロニャンたちに、個別の愛なんか考える必要もないんだ。子種はきっと風が運ぶのさ。


 で、ナオミもカマロの大きな頭を見て、決然と先生に向かって言い放った。
「あたし、エロニャンの子供は産めません!」
 ケントも、「僕もヤーメタ!」って言った。ケントは植物が生えていないから、花粉の飛ばしようがなかったんだ。先生は気を取り直して、「じゃあ子宝計画は失敗して、もの笑いの種になるってことか……」って悲しそうに呟いた。
「だいいち、アマラみたいな大きな頭の赤ちゃんなんて、うんちのようにだって産めません」
「確かに、ナオミじゃ産めないなあ」ってケントも加勢する。
「じゃあケント、せめて君の子供は造ることができないのか?」
「僕は花粉を飛ばせません。僕とナオミは地上に移住することを決めたんです。ここで、ナオミとの子供をつくれば、その子がなんとか頑張るんじゃないでしょうかね」
「そりゃ君、ぜんぜんモーロクの子供じゃないか!」


 先生とケントが口論している間に、アマラは立ち上がって暗闇に消えたんよ。トイレにでも行ったのかと先生は思ったけど、ニャーニャー子供の声がしたんで産んじゃったとナオミはピンときて、泣き声のほうに走ってった。二人もナオミの後を追った。そこには生まれたばかりの赤ん坊と、疲れ切ったアマラが横になってた。


「最初に見つけた人が、お乳を上げるんよ」ってアマラ。
「あたし、お乳なんか出ないわ」
「周りの草を食べてごらんよ」
 そいつは苦い草だったけど、嚙むと白い液がたくさん出て、ナオミの胃の中に入ってった。ナオミは赤ん坊を抱き上げると、右のおっぱいを出して赤ん坊に吸わせたんよ。するとお乳が出たらしく、赤ん坊は泣き止んで満足そうに喉をゴクゴクいわせた。そいつを見たアマラは安心して、立ち上がると暗闇に消えちまった。アマラはみんなを愛してるから、赤ん坊だけを特別に愛するってことはしないんだな。赤ん坊もきっと、みんなに愛されて育つから、母親の愛なんて必要ないんだよ。


(つづく)

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