詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

小説「恐るべき詐欺師たち」一 & エッセー

エッセー
未来の裁判官


 スポーツの世界では誤審の多さがいつも問題となり、スポーツ観戦の楽しみに水をかけてファンを消化不良にさせている。野球でも、主審の癖を知らないでピッチングしたら、四球の連続になりかねない。どう見てもストライクなのにボールと判定され、その後に投げた球が中寄りになってホームランされることも間々ある光景だ。また、審判にも贔屓があるというが、人の目では判断が付きにくいケースでは、どうしても贔屓チーム寄りの判定を出してしまうことも否定できない。


最近では、テニスやフィギュアスケートなど、審判がAIによる判断を参考にする競技が増えてきた。しかし、最終的な判定はあくまで審判に任せられている。あらゆるスポーツで、AIのみによる審判は技術的に可能で、精密な判定に誰も異議を挟めなくなることは確実だ。けれどそれを進めると、審判という職業はなくなることになる。もっとも、将来的には、そうした時代が来るのは避けられないだろう。


 誤審は選手やチームの生涯に大きな影響を残す。ワールドカップ・メキシコ大会でのマラドーナの「神の手」ゴールは、英雄だから伝説になったが、審判のミスジャッジで敗退した相手国はたまったものではないだろう。シドニー五輪の男子柔道でも、誤審で篠原信一選手が金メダルを獲りそこなった。


おなじ審判という言葉が付き物なのは、司法の場だ。刑事裁判の場合、この誤審は「冤罪」という言葉で強調される。被告は誤審によって死刑判決まで下されるのだから、スポーツ以上に大きな影を残すことになる。


ギリシア・ローマ神話に出てくる正義の女神は剣と天秤を持っていて、目隠しをしていることも多い。昔から司法関係機関にその像が置かれていて、日本の最高裁にもあるという。この天秤は弁護士バッジにも描かれている。天秤は正義(真実)、剣は力を表し、目隠しは貧富を問わず「法の下の平等」を表しているらしい。天秤で真実を計り、剣でうむをも言わさぬ判決を下す。「天秤」というのは、世の中に明快な判断が出来ない案件が多いことを示している、と僕は思っている。どちらが真実か分からず、ときには重いものを採用して判決を下す案件は多いし、そこから冤罪の生まれる余地も出てくる。


女神は象徴的な存在で、実行力を伴わない。しかし、人が人を裁くのは理想的とは言えないだろう。太古の時代は神官や巫女などが、神にお伺いをたてて裁いていた。人の罪は神のみぞ裁くことができる、と僕は思う。しかし神は所詮人間の作り上げたイメージに過ぎないから、おそらく裁判官は神の代理人という位置付けで、重責を担わされているに違いない。でなければ、裁判所に女神像など置く必要性もない。人が人を裁くと、ミャンマーの軍事裁判のようなことが間々起きてしまう。女神は裁判所で目隠しの奥から、裁判官を睨みつけているのだ。


 「裁判官も人の子」という言葉を良く耳にする。女神が正確な天秤で真実の軽重を計るなら、代理人たる人の子の天秤は女神ほど正確な代物ではないに違いない。この天秤の不確実さをフォローしなければならないのが、「目隠し」である。目隠ししているのは、余計なもの(雑念等)を見ない姿勢だ。余計なものとは人の子の置かれている環境と言い直せる。


 例えば、韓国法曹界の現状はそら恐ろしいものを感じるし、三権分立を謳う民主国家を自負するアメリカ連邦最高裁判所の判事だって、共和党寄り、民主党寄り(保守・リベラル)などと別れていて、時の大統領に指名される、…ということは、余計なもの(選任の環境)を背負い込んで就任するわけだ。これは明らかに目隠しを取った状態で、三権分立は歪んでいて、判決を下すとなれば政権寄りにならざるを得ないだろう。昨年の九月には、民主党寄りの判事の死去に伴い、トランプ大統領が共和党寄りの判事を指名した。


 日本でも同様、裁判官は純粋に第三者的立場に立って判決を下す場合もあるし、自分の立場に片足をかけて判決を下す場合もあるということだ。政府寄りの判決、検察寄りの判決と良く言われるが、常に「裁判官も人の子」という言葉で流れてしまうのが世の中で、冤罪で刑務所にぶち込まれる人間にとっては承服しがたいことだろう。


 民事の場合はさらに顕著だ。判事の抱える案件が多過ぎて、訴状などの資料を読み通すことも難しいという話を聞いたことがある。そんな状態では、特に控訴審の場合などは、一審の判決をそのまま繰り返すということにもなりかねない。それでは、控訴人はムダ骨を折ったことになるだろう。


 また、民事の場合は弁護士どうしが戦うことになるが、弁護士にも団体があって、そこの地位が高い弁護士とぺーぺーの弁護士が戦う場合はどうだろう。裁判官は退職後に弁護士になる人も多いが、退職後のことを考えれば、地位の高い弁護士寄りの判決を下す可能性も無きにしもあらずだ。また、ぺーぺーの弁護士だって、相手が偉い弁護士なら腰を引いてしまうかもしれないし、将来のことを考えて、お手やらわらかになってしまう可能性もあるだろう。


「裁判官も弁護士も人の子」なら、裁判所の裏側で、どんな人脈やなあなあ関係があるものか、素人にはまったく予測が付かないものの、政府や役所を始め日本全体がそうした人脈&なあなあ社会の湯船に浸かっているのが現状だから、法曹界だけがしっかり目隠ししているなんてことはあり得ない、と僕は思っている。


 こうした司法の状況は、スポーツのジャッジと似ているところがあり、AIの導入は有効であると思っている。AI判事なら立場やドロドロした人間関係も無く、数時間で訴訟内容を速読・消化でき、過去の判例や名判決なども瞬時に活用して、女神に負けないくらいの正義を発揮してくれるに違いない。政府の意向や国民感情なども配慮せず、推定無罪(疑わしきは罰せず)の原則をしっかり守って、冤罪は極端に少なくなるに違いない。間接的に、人殺しをしなくて済むわけだ。万が一冤罪があったとしても、機械の誤作動ということで、人為的なものではなくなる。おまけに、AI裁判では取り調べの全面的可視化が不可欠となるのだから万万歳だ。


また、AIには不得手な「後悔の念あり」「情状酌量」等の人情的判断も、データを蓄積すればきっと何とかなるでしょう。あんなものは、裁判官の心証に過ぎないのだから、ファジー機能で対応できるに違いない。失職した裁判官は、検事や弁護士になってもらえば三方良しで収まる、…というわけで、未来の裁判官は「AI先生」に決定し、これにて閉廷。(ただし、この三方良しには「人を裁く楽しみ」的な感性は考慮されておりません。)






小説「恐るべき詐欺師たち」一



美人のシャマンが街を歩くと何度も声をかけられるが、スカウトの場合は鼻にも引っかけない。シャマンに言わせると、天上界には心も体もすべてがそっくりな反物質の自分がいて、二人は霊的交信を行っているのだそうだ。天上のシャマンは神の分身で、下界の未来を憂慮されてこの世にさらなる分身を遣わした。それが現人神たるシャマンで、彼女は天上界の反物質の命令を現世で実行する任務を負わされている。それをすべてやり遂げたときには天に帰り、反物質のシャマンと融合して宇宙から消滅し巨大なブラックホールになるという、どこやらで聞くような話だ。


 つまりチエの目の前にいる憬れの女性は、神の分身のそのまた分身であり、人類を救済するためにやってきたメシアということになる。ユダヤ教ではまだ降臨していない。しかしキリスト教ではキリスト、有象無象のカルト教団では教祖たちがそれぞれ名乗りを上げているけれど、ベラドンナでもたらしたような大きく開いたミステリアスな瞳に見つめられると、誰もがその奥に広がる神の世界を垣間見た気になり、シャマンこそが天上界と現世を結ぶ真の現人神であることを信じるようになる。


 この宗教団体には正式名がない。唯一神に名前は必要としないし、信者を募集するわけではないから団体名も要らない。あえて強引に「シャマンの会」とでも言っておこう。しかし自由な雰囲気のサロンとは違って緩やかな集団でもなく、真剣そのものだ。シャマンの会への出入りを許可するのはシャマン自身で、完全なスカウト制。シャマンは街を歩いていて、ピンときた若者に視線を注ぎ、瞳の奥からピンポイントで念力を放射する。すると魔術にかかったように若者の方から声をかけてくるのだ。シャマンのお眼鏡にかなうと、デート中の片割れだってお相手と分裂してシャマンと合流してしまう。しかも、男も女も引っかかるので瞬間催眠術ないしは瞬間洗脳だと言いたいところだが、シャマンはイカサマなしの神業だと言う。神眼で入会者を選別するのだから、一度入会したらほとんど脱会しないし脱会するのもまたひどく難しい。脱会者には天罰が下るというのがこの手の宗教の常識で、こうなるとカルトと言われても反論はできないだろうが、秘密結社と呼んだほうが少しは語呂がいいだろう。


 もちろん業界の常識として、会員はそれぞれがシャマンの意志と目的を共有し、シャマンの手先となって活動しなければならないのだ。そんなことなら軍隊も企業もほかの組織も同じだろうが、その目的の大きさは比べものにならない。わざわざ救世主が天から降りてくるくらいの大事といえば、人類を救う目的のために決まっている。ということは、その手段はハルマゲドンどころか最後の審判くらい過激なものになる可能性もあるだろう。しかし、結果良ければすべて良しというのがシャマンをはじめとする信者たちの統一見解である。世直しには荒療治が必要で愚衆政治にはそれができないから、自分たちが代わりにやろうというのがシャマンの会のミッションになっている。




 組織の全体像はシャマンだけが知っていて、会員は自分の仲間内しか知らないというのが極めて安全な組織形態。どこかの国のテロ集団を模倣したらしい。シャマンは会員を数チームに縦割りし、チーム間の交流を禁じているので、誰もほかのチームのことは知らない。万一一つのチームがヘマしても、ほかのチームには連鎖反応が及ばない。それで各チームは体を張って思いきり大胆なことができるというわけだ。


チエの所属するチームは十人ほど。全員が職にあぶれた二十代で祖父母がいない。シャマンは会員の中から同じ境遇のメンバーをわざわざ選んでチームをつくったらしい。


メンバーはそれぞれシャマンから反社会的な課題を与えられ、企画から実行、成功まで持っていかなければならない。活動費用は原則として個人負担だが、不足の場合はシャマンが一人ひとりに貸与する。各チームにはそれぞれ課題が与えられていて、チエの所属するチームは「高齢者問題」になっている。ほかには「人口問題」とか「食糧問題」だとか「温暖化問題」だとかいろんな課題が別のチームに課せられているらしいが、ほかのチームのことはチエにもまったく分からなかった。チエのチームは、高齢者問題について徹底的にディベートして方針を決める。方針が決まれば、自ずとそれに沿ってプランニングし実行する。何を実行するのかといえば、立てた目標に向かって行動を起こすのである。そして結果をチェックして、さらに合理的かつ非合法的なアクションを起こす。非合法的なアクションとは犯罪行為のことだ。高齢者問題の解決は政府の仕事だろうから、まずは政府を動かさなければならないと思ったら大間違いだ。シャマンはあの世もこの世も支配する神の分身なのだから、政府なんか吹けば飛ぶような存在というわけだ。




 団体の本部ビルには、さまざまなカラーの会議室がある。今日は赤の広間。赤い壁色はチームの決断を促し、目的達成の情熱をかき立てるにはうってつけのカラーだとしてシャマンが選んだ。壁には「人類の未来について考え行動しよう」と書かれた白い横断幕が貼り付けられている。さながら円卓の騎士のような気分で純白の丸テーブルに十人が着席し、シャマンを待つ。このテーブルは視力検査のCの形をしていて、内側の中心には降臨の座と呼ばれる高さ一メートル、直径一メートルの円形台座が設えられている。


シャマンは十分ほど遅れてやってきた。ほかのチームの会議が長引いたためだ。舞台の衣装デザイナーがデザインしたようなベリーダンス風ヘソ出し衣装。紫の薄絹で頭と口を隠している。エジプトの酒場にでも居そうな場違いな恰好でも、頭がいかれているんじゃないとは誰も思わないのは、ラファエロやアングルなどの絵から飛び出てきたような美しさで、品の悪さがどこにもないからだ。妖艶な女は何を身に付けようが、周囲の環境を強引に従わせて人を納得させてしまう。シャマンに言わせると、人はみな神の奴隷で神の命令には従わなければならない。人の姿でこの世に降臨したメシアは半裸姿で自らを卑しめ、神の奴隷としての意志を明らかにしているのだという。神の発する血なまぐさい命令すら、美しいシャマンのフィルターを透過すると命がけでやり遂げなければならない至高の命令に思えてしまうのだ。


シャマンは円卓の欠けた部分から入って降臨の座に胡座で座り、シャマン流熱血教室を開講した。シャマンはいままで会員たちを自由に討論させながら次第に神のご意志の方向に誘導してきて、今回が円卓討論会の最終回になっていたために、内容はかなり過激なところまで行き着いていた。


「さて、私たちは国を滅ぼす少子高齢化問題について徹底的に議論を行ってきましたが、前回の会議において高齢者福祉は予算の無駄使いであるという神の一声が聞こえました。この不況の中で、数少ない若者が大勢の高齢者を支える社会構造はじきに破綻を迎えるとのことです。しかし、政治に解決の手立てはなく、ただ手をこまねいて先送りにするばかり。このままだと、高齢の有権者はますます多くなり、シルバーの権利を優先するシルバー民主政治に陥ります。国の負債はさらに増大し、二○五○年には一人の赤ん坊が一億円以上の負債を背負って生まれてくる計算になると言われています。破綻を迎えた国が取る手段といえば前回に吉原さんがおっしゃったこと……」


「そこですね。再び侵略戦争を起こすか、国内に貯まっている個人資産を放出させるかです」と吉原が発言した。
「しかしそれは一時しのぎにしかならず、何よりも扶養人口を減らすことだと神はおっしゃいました」とシャマンは答える。
「神は『自然に帰れ』と言われる。自然とは動物的、原始的な世界です。動物は自らがエサを獲得できなければ死んでしまいます。動かざるものは食うべからずの世界です」とユキ。
「しかし動物にだって、年老いた仲間にエサを分けるものもおりますと私は神に反論しました。そのとき、姥捨て山法案という過激なご発言をされたのは?」とシャマンは言って、ニヤニヤしながら周りを見回した。


「僕です」と由男が手を挙げた。「過激とおっしゃいますが、定年制度だって一種の姥捨て山だと思いますね。年取って働きが悪くなった者はいらないという思想はまさに姥捨て山です。けれど社会通念だから誰も違和感を持たない。要するに、会社や社会にとって必要かという話が個人の意志よりも上にあるのだと思います。シャマンはいつだったかドストエフスキーの『罪と罰』のお話をされました。自己実現を図るために、金を溜め込むばかりで価値のない老女を殺した男の話です。シャマンはおっしゃいました。この男はすべての人間に当てはまると。もしこの男が自己の利益ではなく、人類を救えるのだと信じていれば、その行為は許されていただろうと……。同感です。部下の首を切る上司も、外国に侵略する兵隊も、ユダヤ人を迫害するナチスも、会社のためだ、お国のためだ、民族のためだと理想を唱えて理不尽な行いをするのです。彼らの罪は殺人ではない。殺人が罪だというのはあくまで倫理的なルールだ。だから、ナチスが世界を制覇したなら民族浄化は罪にならなかったはずです。そして我々の神もおっしゃるのです。人の救済は人の犠牲をともなうと。価値のない社員はリストラされます。会社を救うにはそれ以外方法がないからだ。ならば人類のために価値のない人間がリストラされるのも悪ではない。人類を救うにはそれ以外方法がないからです。地球は過剰な人口を養うことができないんですからね。外国への侵略も戦争も悪なら自己責任で国民自らがリストラされるべきだ、というわけで姥捨て山法案を提案しました」と言って、由男はヘヘヘと下卑た顔付きでわらった。


「私が子供の頃、人口増加で飢えに苦しむ近未来を描いたソイレント・グリーンという映画がありました。公営の安楽死施設があって、お年寄りが処分され、そしてその肉は加工されて市民の食糧になるというお話です。いよいよ切羽詰まれば、人間だったらやりかねない。アウシュビッツがあるんですから。ナチスはゲルマン民族の存在価値を高めるためにユダヤ人を選別した。金持ちはその存在価値を高めるために貧乏人を選別する。ならば若者は存在価値を高めるために何を選別いたしましょう」とユキ。


「あの映画は二○二二年の話ですが、いまのところ世の中はまだそんな状況にはなっておりませんわ。現時点では、それは行き過ぎた考えだと神もおっしゃいます。これと関係しますが、前回は優生思想の神的解釈についてお話ししましたが、太郎さんはどのようにお考えですか?」とシャマンは太郎に振った。
「優生思想は神のご意志です。ダーウィンを持ち出すまでもなく、環境に対して劣勢なものは淘汰されていくというのが自然界の掟ですからね。地球上のあらゆるものが戦っている。それは人間だって同じこと。由男の話じゃないけど、会社では優秀な人間は出世し、無能な人間はクビを切られる。国だってそうだ。優秀有能な人間に育てとやかましい。国際競争に負ければ国が滅びちまうんですから。けれど僕たちはみんな、名も知れない大学を卒業して就職もままならず、書類選考で落とされちまう。怠け癖と頭の悪さは親の遺伝で、こんな悪い血は子々孫々にいたるまで禍をもたらすだろう。ならば劣悪な我々は国民の義務として、自ら断種をするべきだ。精子バンクには東大生の精子がゴロゴロしているんだからな。おいらは種馬にもなれず肉に加工されちまえばいいんだ!」と太郎は顔を赤くして叫んだので、わらいがわき起こる。


「脱線しないでください。でも、太郎さんのような若者が希望をなくし自暴自棄になるのも、社会がひどく病んでいる証拠ね。確かに優生思想は社会の隅々にまで浸透しています。競争社会の地中にしっかり根を張っております」と言って、シャマンは優しい眼差しで太郎を見つめた。「でも、駕籠に乗る人がいればその駕籠を担ぐ人も、またその駕籠をつくる人もいるんです。いろんな役割の人がそれなりに努力して社会は成り立っています。ところが、駕籠に乗る人がもったいないからと言って自分で歩くようになったらどうでしょう。駕籠を担ぐ人もつくる人も必要なくなってしまいます。いまの時代はそんな状況。みんなが将来に不安を覚えてお財布の紐を開かないから、経済がスムーズに回転しなくなり、就職浪人も増えているのです。では、この行き詰まりを解決する方法は?」


 ユキが手を挙げた。
「一時的かも知れませんが、お金持ちの貯金をどんどん放出させることです」
「そうでしたね。こうした状況では、個人資産は社会に還元してしかるべきだと神もおっしゃいました。莫大な蓄財が巷に出回れば、経済は息を吹き返します。例えば、預金に税をかける法案は?」
「通らないです。高齢者いじめになりますから社会的にも許されないでしょう。そうしたお金持ちの多くが高齢者なんです。若い人たちに働く場が与えられず、働く能力のなくなった高齢者だけが蓄財で優雅に暮らす。こんな社会は死につつある社会です。しかも、そうした社会に向かわせたのはほかならぬ高齢者たちです」とユキ。


「それは言い過ぎですわ。高齢者にもお金持ちと貧乏人がおります。私は、貧富の差を是正するべきだと思います。一定の額以上の収入がある高齢者には年金の支給を止めるべきだと政府に意見しましたが、聞き入れてくれませんでした。そこで神は、地下工作を始めることを私に命じました」とシャマンは言って、瞳をキラリと輝かせた。


「それは破壊活動ですか?」と恒夫。
「いいえ、まずは資金づくりであると神が指示されました。私は掌上で銅貨を金貨に変えることができます。でも、キリストと同じように、単なるパフォーマンスに過ぎず大量にはできません。目的を達成するには莫大な資金が必要なのです。私は物乞いではありませんし、多くの信者を集めてお金を巻上げるいかさま師でもございません。有能な方たちを厳選し、少数精鋭で知恵を絞って、努力してブレークスルーする集団なのです」
「それは合法的な行為ですか?」とユキがたずねた。
「神の視座から見ればね。神は善悪の彼岸にありますから、神の世界での合法は現世での非合法。この世にだって、いまは犯罪でも将来犯罪ではない行為はありますね。革命はもちろん非合法。でも、私たちの神が合法であるとおっしゃれば合法です。人が私たちを犯罪集団と呼んでも、私たちは義賊だと思えばいいのです。貴方たち、これからの社会状況がどんなものかを想像できる人がいたら、手を挙げてください」
「最終戦争です!」と全員が応えた。


「神は予言されました。世界中で暴動が頻発し、その後最終戦争は確実に起こるだろうと。そうなれば、善悪の価値観なんか粉々に砕け散ってしまいますわ。神は人類の行く末を憂慮し、この最悪の状況を遅らせるために、まずは国内の格差を解消する水面下での活動を起こせと命令されました。その具体的な作戦については神と交信を行い、指令を受けます」とシャマンが言うと、会議室の照明がダウンし、シャマンだけが幽玄な青色の光で浮き上がった。


神が降臨するときのシャマンの姿はこの世のものとも思えないほどに美しい。それは恐らく、神と合体することで、創造主たる神の恩寵が体中に満ち溢れるからに違いない。神の精神には、人類が誕生して以来のありとあらゆる情報が詰まっていて、これらの莫大なデータを基にスパコン以上の正確さで人類の終末を予見し、これを少しでも延命させるために計算された難解な方策を示してくれる。導きの道はひどく入り組んだ迷路で凍てついており、神の高さからでなければ俯瞰的に把握するのは困難である。会員たちはこの神の道を信じ、その指示に忠実に従って、雲の中に隠れた頂上を目指して進む以外に人類を救う手立てはないのである。個々の指示がいかに突飛なものと思われても、それは完璧なジグゾーパズルの一片で、たとえバカバカしく無意味と思われても一つとしてムダなものはないのだ。


 突然、シャマンの体が激しく震えはじめる。天井からシャマンと同じ恰好をした青色の影が降りてきてシャマンに合体していく。しばらくの間、シャマンは座から落ちるのではないかというくらい跳ねていたが、足のほうからだんだんに震えは収まっていって、頭の震えが消えたところで降臨は完了した。シャマンは完全なトランス状態に陥って、鋭い目付きで会員たちを見回した。会員たちは、互いに手を繋ぎ合って体を左右に揺らしながら、次第に夢の中に入っていく。この状態では会話は音声を通してなされていても夢の中で事が進んでいるような気分になって、誰もが神の存在を身近に感じることができるのだ。神は偉大だが、下々の者の身近で語りかける親しさを備え、その言葉は脳髄を麻痺させるくらいに澄んだ音色をしていた。


“お前たちは原罪を犯した動物の子孫なのだ。知恵の実を食べた動物はいずれ断罪される運命にあり、その時は近づいている。神の領域に入り込み、目に余る悪行をやりはじめたからだ。悪は永遠に広がり続け、私がこしらえた創造の設計図を解読するところまできた。私がこしらえた星のカラクリを破壊に利用するまでになった。いずれ停止のスイッチが押されるであろう。神を怖れぬ者は、神によって滅ぼされるのだ”


“私たちはどうすればいいのでしょう。人類を救いたいのです”
“戻すのだよ。目には目を、グロテスクにはグロテスクを。グロテスクに進化した文明をグロテスクに破壊するのだ。どこまでも広がる欲望を打ちのめし、初期化するのだ。原始の状態に戻すのだ。人類を間引くのだ、剪定するのだ”
“私たちはどうすればいいのでしょう”
“モグラのごとく些細なことから始めなさい。大河の堤防に小さな穴を空けなさい。水はそこから浸透して、いずれ大きな氾濫が起こるであろう。お前たちの小さな脳髄が考えられる範囲でのささやかな善行でよい。しかしその善行は神に対してのもので、下界では悪行と呼ばれる。私の意志を具現するにはほど遠いが、まずは手始めとして、与えられた課題の視点から、より良い未来を目指した作戦を考えるのだ”




 神はメンバーに課題を与えて天に帰った。すると自然に部屋の照明が明るくなって爽やかな目覚めの音楽が聞こえ、シャマンはゆるやかにトランス状態から解放されると、メンバーたちも次々に覚醒していく。シャマンは降臨の座から降りて部屋の片隅に置かれた机の上の書類を指差した。


「あそこには、お年寄りの高額所得者名簿があります。それらも参考にしながら次の降臨会議では、お一人でもグループでもかまいませんから神のご意志に叶う企画を発表してください。しかし、グループは最大三人とします。もちろん良い企画であれば、ここにおられる全員が一丸となる場合もあります。いかに確実に資金づくりを成功させるか。ただし、神が関与する企画は除外いたします。私たちは秘密組織としての自覚を常に持たなければなりません。決して外部に口外してはなりません。そして、貴方がたの企画は具体的で成功できるものでなくてはなりません。期待しております」とシャマンは話を終えた。


(つづく)






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