詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

小説「恐るべき詐欺師たち」七 & 詩


赤い風船

(失恋色々より)


子供の頃
いじめっ子に破られた赤い風船に
落胆する少年の映画を見たことがある
街のいろんな所から仲間の風船が集まり
少年は彼らの紐を掴んでどこかに飛んでいった


すこし大きくなって
僕の小さな手から逃げていった
赤い風船について
どこへ行くのだろうと
詩を書いたことがある


大人になると
たくさんの風船で
太平洋を渡ろうとしたおじさんが
海の上で消息を絶った
多くの人は無謀な行為を笑ったが
僕はひどく悲しみ、涙した


僕にとって色とりどりの風船には
どこに飛んでいくかも分からない
有象無象の希望が詰まっていた
その中には薄く淡い恋心もあったろう
それらは社会の風の中で
とどまることなく揺れ続け
薄い皮は擦れて剥がされ
小さな音を発しながら
次々に割れて萎んでいった


いまになって時たま
かつての風船たちが
胸を膨らませて飛んでいく姿を
思い出すことがある
走馬灯のようにクルクルと
哂いながら、おぼろげに…



ストーカーイズム
(失恋色々より)


俺が始皇帝であったころ
数え切れない女たちが
俺との一夜を過ごすために
寝室の周りをうろついていた
俺がカリギュラであったころ
数え切れない人妻が
俺と浮気をするために
晩餐のゲロ吐き場で媚を売った


嗚呼それなのに、それなのに
俺の品性は変わらないまま
山の上から石ころが落ちるように
取り巻く状況はどんどん暗転したのだ


嗚呼、なんで貴公子の転生が
惨めったらしく途方にくれ
あいつのアパートの周りを
うろついているのだ


かつては女たちが途方にくれ
俺の周りをうろついていたのに
たった一人の女を欲しいと
なり振り構わず這いずり回って…


そうか分かったぞ
始皇帝もカリギュラも
俺と同じく愛のない
不幸な生まれであったに違いない


きっと俺も奴らと同じに
まるで赤ん坊のように
母ちゃんのおっぱいを
吸いたいだけに過ぎないのさ


あいつはなんで
俺を抱いてくれないんだろう
だって俺が始皇帝やカリギュラだったころ
あいつは俺の母ちゃんだったはずだから…





小説「恐るべき詐欺師たち」七


 次の日から、徳田の家には蒲田と公認会計士の殿山が頻繁に出入りするようになった。門柱には徳田財団という大きな表札が掲げられた。一、二階を財団事務所に改装するため業者も入り、トリッキーな玄関は普通の扉に変わり、二階に部屋があったトシコは三階に移らなければならなかった。しかし何よりも女たちは、突然財団が立ち上がったことに驚愕したのだ。一階の食堂は工事が入ったために使えず、女たちは仕方なしに三階の会議室に集合し、話し合うことになった。


「あんたのメンタマは、いったいどれだけ老眼が進んでいるのよ」とトシコが口を切ってハツエをこきおろした。
「私のせいじゃないわよ。あいつらがウソついたんだから。税務署だなんてよう言うわ」とハツエ。
「それより財産だわ。財産はいったいどうなってんのよ」とユカリが声を荒らげる。
「たぶん財団に移譲したんだと思うわよ」とチエは白々しく答えた。
「じゃあ、いったい私たちの相続は?」とカリナ。
「それはお父様がいくら自分の財産を残しているかによるわね」とチエ。
「行きましょう。あのジジイに聞かなけりゃ話が進まないわ」とトシコが言うと全員が立ち上がり、エレベータで五階の執務室に向かった。トシコは執務室のドアをトントン叩いてから、返事も待たずにドアを開けた。すると、徳田が座る大きなデスクの両脇に小さなデスクが置かれていて、蒲田と殿山が山のように書類を積んで作業をしている最中だった。


「いきなりなんだい」と徳田はきつい調子で女たちを叱った。
「お父さん。私たちに内緒で財団をつくるなんて、いったいどういうことですか!」とハツエが大きな声で徳田にたずねた。
「それは前々から君たちに話していたことだよ」と徳田は答える。
「でも、こんなに事が進んでいるとは思わなかったわ」とカリナ。
「私ももう八十四歳なんでな。焦っておったんだよ。しかし、こちらの優秀な弁護士さんが代わりにチャッチャと事を運んでくださって、あれよあれよという間に財団が設立されたんだ」
 蒲田は椅子から立ち上がると女たちに向かって頭を下げた。
「弁護士の蒲田です。よろしくお願い申し上げます」
「あなた、私に税務署だなんてウソ言ってさ。弁護士はウソついていいの?」とハツエは激しい口調で蒲田を罵った。
「申し訳ございませんでした。スムーズに事を運ぶためには仕方がございませんでしたので」
「それで、単刀直入に聞くけど、お父さんの財産はどのくらい財団に移ったの?」とトシコ。
「全財産でございます。この家も土地も含まれます」


 エッというかん高い複数の声が不協和音で部屋中に響き渡った。
「あたしたちは子供ですよ!」とハツエは顔を真赤にして叫ぶ。
「それは法律上のものですか?」と蒲田は落ち着いた口調でハツエにたずねると、一瞬沈黙に包まれる。
「確か、法律上は徳田先生に現在お子様は一人もいらっしゃいません。それどころか、財産を継承する権利をお持ちの方はだれもおられないはずです」
「そんなことはないわよ。私の血を調べれば、私がお父さんの実子であることは証明されます」とトシコ。
「それはもっと早くにされるべきでしたね。いまからそんなことを証明されて裁判で訴えたって、徳田先生は全財産を財団に寄付なさったのですから、たとえ勝訴してももらえる財産はありませんよ。しかし、こちらから逆におたずねしますが、いったいいつまでこの家におられるつもりです?」と蒲田の逆襲が始まった。
「それはどうゆうことよ!」とユカリ。
「ここにおられるなら家賃をいただきます、ということです。この家は財団が管理していますので、当然そういうことになりますね。もちろん、そのほかに光熱費、水道使用料もあります。それに、食堂は財団の食堂ですので、勝手に料理されるのも困るんです」と蒲田。


「お父さん。こんなこと言わせていいんですか。この人たちは娘を追い出そうとしているんですよ!」とハツエは叫ぶように大声を上げ、女たちは津波のごとく徳田の机に詰め寄った。
「ごめんよ。私だってこの家の所有者じゃないんだよ。それに、君たちに譲る財産はもうないんだ。それでもこの家にいたいのかい? いい若い者が、外にも出ずに家の中でブラブラしているのも不健康だし……」と徳田が目を伏せておどおどしながら言うと、とうとうトシコが切れた。
「うるせえクソジジイ! 下手に出ればつけ上がりやがって。出てってやるよ。出てきゃいいんだろ。金の切れ目が縁の切れ目だ。アバヨ!」とたんかを切って横のフレーム椅子を蹴飛ばし出ていった。思わず女たちから拍手がわき上がる。


「撤退、撤退、撤退だーい! バカバカしい。青春の貴重な時間をムダに過ごしちまった。ほなサイナラ!」と青春をとうに過ぎたハツエが言うと、女たちはチエを残して退散。チエは「お父様、最高よ」と小声で言って蒲田にウインクし、徳田の手を軽く叩いた。
「私も一応みんなと一緒に出ていきます。しばらくほとぼりが冷めるまでは帰りませんわ。この家に出入りしていることがバレたら、あの人たちになにされるか分かりませんもの。代わりに私の友達を秘書に雇ってもらいます。弁護士さん、お願いしますね」
「分かりました」と蒲田。


「しかし、いったいいつまでこの家を空けるんだい?」と徳田は寂しそうにたずねる。
「ひと月以内に帰ってきますわ。お父様が心配ですもの。それから、お父様のお手伝いをします」
「お嬢様は英語が堪能のようですから、援助対象国の視察をお願いいたします。実際に現地に出向かないと、なかなか子供たちの実態が分かりませんからね」と蒲田が言うと、「それはいい。君、旅費を支給してくれたまえ」と徳田が殿山に指示する。
「分かりました。お嬢様、計画書の提出を願います。理事長の承認を得て経費を計上したします」と殿山。
「いやいや、五百万くらいあげればいいんだ。たしか金庫にあるはずだよ」と徳田が言うと、蒲田が慌てて「いえいえ、財団ですからそれはできません。できたとたんに横領行為ではイカサマな団体だと思われてしまいますからね」と否定した。


 こうして、チエもほかの女たちと一緒に徳田家を後にした。五人の女が大きなスーツケースを転がしながら、田園調布の駅までぞろぞろ歩いていく。
「おいチエ。これからあんたはどこに行くの?」とトシコがチエにたずねる。
「アパートに戻るわ。あなたは?」
「お母さんのところ以外にないでしょ」
「お母さんの家の仏壇には、あなたのお骨があったわよ」
「気色悪い。誰の骨かしら」
「警察があなただって言ったそうよ。水死体だって」
「へーえ、やっぱあんたうちに来たんだ。母さんが喋ったんだな。私が死んだと思ってシメシメとここに来た。そこでミーとバッタリ出くわしたってわけね。オイ、ほかの女たち。徳田ジイサンの子供じゃない人、手をお挙げ」


 すると、トシコ以外の全員が手を挙げる。
「ヒャーッ! 世の中ペテン師ばかりだわ。驚いた。嗅覚鋭いゴキブリ連中。いや、かびたお札とジジイの枯れた臭いにゃ敏感に反応する枯葉菌か……」
「といって、こうなっちまったら公園で寝るっきゃないね」とハツエ。
「こりゃやっぱり枯葉菌だわ」とカリナ。
「いいよいいよ、みんなうちに来な。婆さん一人で大きな家に住んでんだ。二十年前に徳田からせしめたお金でさ。婆さんがイヤがったらお骨といっしょに追い出しゃいいさ。悪党が四人集りゃ、またなんか悪巧みも生まれるだろ」とトシコが太っ腹なことを言うと家なき娘たちはとたんに元気付き、過去の怨恨を忘れて互いに握手をした。


「嗚呼、悪党ども!」とチエが吐き捨てるように言ったので、女たちはゲラゲラと笑った。とりあえず寝場所が見つかったので、ヤンチャ娘たちは爾来の陽気さを取り戻していた。


(つづく)








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