詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

戯曲「クリスタル・グローブ」(最終)& 詩

精霊劇
クリスタル・グローブ  


登場人物
(被爆霊)
 校長先生
 春子先生
 理科教師
 太郎
 清子
 止夫
(迷い霊)
 美里
 ヤンキー
 廉
 紀香
 ライダー男
 ライダー女
 男(ストーカー)
悪魔


男の子


女の子



一 南の島の浜に打ちあげられた小さなガラス玉の中


(美しい南国の砂浜が舞台背景に映り、波の音。映像がその白砂の一粒にフォーカスすると原爆の廃墟が広がっている。ブランド・ファッションを身にまとい、ミニプードルを連れた美里は、車に撥ねられたとたんに廃墟の町に入り込んでしまった。血しぶきがかかった純白のスカート)


美里 ここはどこ? (小犬とともに辺りを見回し)怖い! まるで原爆でも落ちたみたい……。
多数の声 落ちたんだ。
美里 (瓦礫のところどころに、隠れるようにして先生と小学生たちが汚れた顔を出しているのを見つけ)キャッ!
春子先生 (美里の手を握り)怖がらないで。たまに、こういうこと起こるの。ほら、アインシュタインですよ。三次元空間の隣です。五次元空間って言うのかな……。 
校長先生 地球に起こった悲劇は、こうした空間にいつまでも残るんじゃ。あんた、車に撥ねられた? 
美里 はあ? 車ですか?
太郎 ほら、スカート。
美里 血? ケガしたの?
清子 死んだのよ。
美里 うそ。(体中を見回し)生きてる。
止夫 跳ばされてさ、ここに落ちた。
美里 何が?
幽霊たち なんでしょう。
美里 (怖くなって)どこなのここ? 怖いわ。死にたくない!
幽霊たち (笑って)もう、死んだんだ。
美里 だって、まだ二十歳よ。
清子 あたし、八歳。
校長   人生は不平等、死も不平等じゃ。
美里 (地べたにべったりしゃがみ込み、放心状態で)……きっと夢ね。(頬っぺたをつねり)ほら、痛くない。


 (ライダージャケットにヘルメット姿の男女、ヤンキー、ラッパズボンをはいた二十代の廉と中学生の紀香が現れる)


廉 新入りさんだ。
ライダー女 ようこそ、お見事、一億倍の難関でした。
ライダー男 (わらって)運悪く、こんなところに落ちやがった。
紀香 宝くじなら十億円。
美里 (放心して)どこです、ここ……。
ヤンキー (からかうように)爆心地じゃ。(子供たちを指し)ほら、こいつら、被爆霊。
美里 被爆霊? なんですか、それ……。
止夫 原爆で死んだんだ。
ライダー女 ごらんの廃墟です。夢かうつつか幻かって、そのどれも外れ。ここは単なる過去の化石よ。
美里 過去の化石?
清子 時計が止まって化石になった町よ。
紀香 宇宙はビッグバンの残り香。夢も希望も吸い込むブラックホール。
ライダー女 何をやっても無駄。出口がなくて、終わりもないところ。
美里 終わりのない……。
ライダー女 死んじゃったけど、生きてる。生きてるけど、死んじゃった。
廉 命はないけど生きてる。だって、悔しい思いは生き続ける。
美里 (頭を抱え)……からかっているのね。
春子先生 私たち、思いもかけずに命を奪われた。だから生きているのよ。
校長 怨念じゃ。怨念は不滅じゃ。宇宙を構成する元素のひとつじゃ。
美里 元素って小さいんでしょ?
校長 (笑って、諭すように)あんた、小さいんじゃよ。生きてる人には見えないんじゃ。
廉 でも、悲しがることはないよ。(子供たちに)君たち悲しい?
子供たち 悲しいよ。
廉 退屈なだけだろ。(校長先生に)あんたが焚き立ててるんだ。戦前の教育方針だろ。
校長 教育は勝つことしか教えん。人生も、戦争も、勝ち続けろ! だから、悲しみは負けた体験で身につけるんじゃ。
春子先生 それは魂にしみ込んで、化石になって積みあがるの。
廉 (わらって)化石から涙が出る? あんたら、琥珀の中のアリさんだ。悲しみの標本かよ。
春子先生 生きてる人は、目を背けるだけね。
止夫 僕たちの悲しさ、伝わらないの?
ヤンキー 無理だぜ。みんな忘れる。すぐに化石さ。
美里 (恐怖で震え)私、出来立ての化石? (犬を抱き上げ)まだ、あったかい。
廉 俺の手を触ってごらんよ。
美里 (廉の手を触って)キャッ! 氷。
廉 (子供たちに)君たちもドライアイスだろ?
子供たち あっついよ。
廉 (止夫の手を握り、驚いて手を離し)アッチ! 若けえ……。
止夫 だって分からないことだらけ。なぜなの。どうしてなの。なぜこんな目に遭うの。だから、いつまでも熱っついぞ。
太郎 ずうっと熱いんだ。
紀香 大人のケンカのとばっちりを食らってさ。
廉 僕が教えてあげるよ。君たちは、好きな答えを選べばいいんだ。世の中には、正しい答えなんかないんだぞ。思い込んで大きな声でわめけば、そいつが正解だ。戦争だって原爆だって、正しいと思えば正しい。僕が好きな答えは、君たち運が悪かった。世の中は運だ。君たちはアンラッキーだった。
美里 (泣き崩れ)なぜ……。
廉 生まれた時代が悪かった。歴史はまるで火山だ。噴火を繰り返しながら最後を迎える。君たちは噴火に巻き込まれた。
校長 …閉じ込められただけじゃよ。
美里 どこに?
校長 ガラス玉。
美里 ガラス玉って?
ライダー男 ここさ。
美里 (耳を押さえて)言ってること、分かりません!
ライダー女 あんたの終の棲家さ。
紀香 あんたのシェアハウス。とっても悲しい運命共同体。
ヤンキー 宇宙のエアポケットじゃい。
廉 三次元空間プラス、永久の退屈と消えた希望の五次元空間。
美里 (頭を抱え)もうたくさん!
春子先生 それでは気分転換に、私たちのオアシスにご案内しましょう。
子供たち わあーい、遠足だ!


二 理科教室
(破壊された理科教室。悪魔と理科教師が話している)


理科教師 (悪魔に)あなたがこのガラス玉に出入り自由だというのが、分かりませんな。
悪魔 (割れたビーカーをいじりながら)簡単な理由さ。私の体は、君たちの知らない素粒子で出来ている。私は地球だって通り抜けることが出来るんだ。
理科教師 で、こんな地獄に何の御用で?
悪魔 地獄に悪魔は付き物さ。しかし私は普通の悪魔じゃない。私は昔天使だった。
理科教師 堕天使?
悪魔 そう。私の高慢が神の怒りを買い、天国から追放された。しかし、堕天使は良い行いをすれば、再び天使に戻ることが出来るんだ。
理科教師 ……ということは。
悪魔 君たちを救うことができれば、私も天使に戻れる。君はここを地獄だと言ったが、私の宗教では何と言うか知っているかい?
理科教師 煉獄?
悪魔 そう。君たちは罪を犯していないのに、天国に入ることができない。かといって、地獄に落ちるほどの罪も犯していない、宙ぶらりんな状況だ。
理科教師 どうすれば、天国に行けるんで?
悪魔 煉獄の炎さ。炎によって浄化を受けるんだ。そうすれば、狭き門は開いてくれる
理科教師 馬鹿馬鹿しい。ここではみんな心も体も冷え切っていて、火なんか起こすこともできやしない。それに、すでに燃えつくされていて、火が点いても直ぐに消えちまうさ。
悪魔 (わらって)君たちに何が出来る? この小さなガラス玉の中で。
理科教師 じゃあどうすれば?
悪魔 私がするのさ。しかし、条件がある。君と私の取引だ。
理科教師 取引?
悪魔 そう、取引。君は、君たち全員が願うように仕向けるんだ。その願いを私が叶えてあげて初めて、神は私の良い行いをお認めになる。私は天使に返り咲く。
理科教師 何を願うんです?
悪魔 私たちを、この小さなガラス玉から解放してください、さ。
理科教師 (笑って)言われるまでもないことでしょう。ここの全員が、何百万回、何千万回も繰り返してきた言葉だ。
悪魔 いいや、君たちの願いには心がこもっていなかった。
理科教師 (怒って)どうしてです! 僕たちは心の底から願っている。
悪魔 君は科学者なのに、頭が悪いな。このガラス玉から逃れる方法は一つしかないんだよ。君たちが天国に行くためには、このガラス玉が溶けなければならないんだ。高熱でガラス玉を溶かさなければならないんだ! あのときの炎を思い出してごらん。
理科教師 (泣き崩れ)嗚呼、悪魔め! キサマは天使になんかなれない。
悪魔 (祈る仕草で)神様! 原爆をもう一度落としてください。(教師の耳元で囁くように)今度はきっと誤作動さ。人為的なミスなんだ。君の所為じゃない。君たちはここから祈りを発すればいい。祈りは「原爆を、もう一度落としてください」、だ。(慟哭する理科教師の背中に手を当て)さあ、頑張れ。君の体に悪魔のエネルギーを与えよう。君はマジシャンだ。


(悪魔が消えると、理科教師は跪き、泣き顔でわらい続ける)



三 廃墟の散策


(先生と子供たちの衣服は焼けただれているが、顔や体は汚れているだけ。彼らは美里とともに廃墟の中を歩き始める)


廉 東西南北、どこへ行っても瓦礫、瓦礫!
紀香 悲劇の世界遺産じゃん。
ヤンキー うんざりするぜ。 
清子 ここはきれいなガラス玉の中。先生たちが紙テープを貼った教室の窓ガラスだった。
止夫 溶けて丸くなった飴玉さ。
千代 そん中に、逃げ込んだの。
止夫 あっついから、入ったのさ。でも、固まってさ。
春子先生 閉じ込められちゃった。
ヤンキー (笑って)おまえら、湯豆腐のドジョウさんだ。で、誰か一人逃げ損ねたガキがいた。
清子 のろまの義信君。
太郎 ガラスに頭だけ突っ込んで…
紀香 原爆にお尻を食べられちゃった。
止夫 溶けてガラスになっちゃった。
ヤンキー おかげで、いびつなビー玉になっちまった。
春子先生 いいえ、私たちに大きなプレゼントをしてくれたの。


(突然背景の廃墟が、夜明けの砂浜に変わる。遠くには椰子の林。一転、彼らのいる暗い舞台には所々に髑髏が転がり、青白く光る死の灰に埋まった畑から育つ大ナスが、やはりぼんやりと光っている)


ライダー女 デコボコガラスから、外の景色が入ってきたぜ。
太郎 でも、ずうっと水の中だったんだ。
校長先生 ガラス玉は、黒い雨に流されて、死体と一緒に川を下っていったんじゃ。
春子先生 そして真っ暗な海の底……。
止夫 ザリガニさんに転がされながら、南の島まで来たんだよ。
紀香 いま分かった。原爆と津波とどこが違うの? 原爆は人間のせいじゃない。あれは、おバカな下等生物がやらかした自然現象だもの。
清子 (いきなり駆け回り)ウソ! 人間がバカだなんて!
廉 あいつら、おサルの仲間だよ。
止夫 人間は二度も失敗しないんだ。こんなことはもう起こさないよ。
春子先生 そうね。悲しんでくれるのも人間。間違いを繰り返さないのも人間だね。
清子 だって人間、平和をいつも夢見てる。
太郎 幸せを夢見てるんだ。
ヤンキー 宮殿に住んで、遊んで暮らす夢じゃ。ボスになって彼女をたくさん独占する夢じゃ。
紀香 (わらって)自分だけの幸せかよ。
春子先生 清子も太郎ちゃんも賢いわ。氷の上でも砂漠でも、人間は生きていける。ほら、私たちも死の灰の中で生きてる人間。シンデレラのように、きっといつか幸せが来る人間。
廉 ちゃんと教育しろよ。君たちは死の灰と一緒に、ふるいにかけられ、おっこっちゃった元人間、幽霊です。死んでるけど生きてる。生きてるけど死んでる。なんちゃって生きてる気分の気色悪~いお化けちゃん。母ちゃんの心の中にだけ生きてる幽霊なんだ。(清子と太郎は抱き合って急に泣き出す)
校長 (二人の背中を摩り)幽霊にも夢はあるさ。それは、浮かばれることじゃ。
止夫 宇宙に飛んでいくこと?
理科教師 (突然現われ)そうさ。ここから開放されて、天に召されることさ。
校長 そうじゃな。宇宙の果ては天国じゃ。
ライダー女 どうかなあ。
ライダー男 天国なんかあるか? 
紀香 人間は悪い奴だらけだもん。地獄しかないよ。
校長 そりゃ違う。人間は利口じゃ。もう、二度とこんなことは起こさんよ。でなければ、わしら浮かばれん……。
理科教師 校長。あなたの言うことは矛盾していますな。
校長 私のどこが矛盾しているのかね?
理科教師 再び原爆が落ちようが落ちまいが、我々は浮かばれないからです。
春子先生 理科先生、どうしてです?
理科教師 このガラス玉に閉じ込められているかぎり、浮かばれない。
校長先生 そりゃそうじゃ。しかし、また原爆が落ちたら、もっと浮かばれんぞ。
理科教師 それがおかしい。浮かばれないことに大小がありますか? 松コース、梅コースがありますか? 単なるポエムだ。私は科学的にあなたの矛盾を指摘しているんです。(涙ぐむ子供たちに向かって)君たちは幸せか?
紀香 こいつら幸せのわけないじゃん。
子供たち 幸せじゃないよ。
理科教師 じゃあ、どうしたい?
子供たち 天国に行く。
理科教師 ほら校長。原爆が落ちようが落ちまいが、ここにいれば浮かばれないんです。
春子先生 だけど、二度と同じ悲劇を繰り返してはいけないわ。私たちでもう十分!
理科教師 じゃあ聞きます。我々を閉じ込めているこのガラス玉が溶けて、我々が解放され、天に昇るためには、いったい摂氏何度の熱を必要とするか。
春子先生 そんなこと、私に分かるはずもありません!
理科教師 なら、みんな耳をほじって聞きなさい。我々が解放されるためには、大きな隕石がここに落ちるか、原爆が落ちるかの二者択一しかないんです。
全員 (驚いて)ヒェーッ!
校長先生 (激しくわらって)君はやはりおかしなことを言っておる。この広い地球上で、原爆がここに落ちるはずもないじゃろ?
理科教師 それは素人の思い込みです。あなたは物理学を知らない。私たちが何かも知らない。
太郎 何なの?
紀香 何なのさ。
理科教師 怨霊という、未解明の物質だ。その怨霊から、未解明の情念が素粒子となって出ている。私はこれを怨霊粒子と呼んでいます。
校長先生 未解明、未解明。似非学者の言葉遊びじゃ。怨霊粒子? そんな気色悪いもの、聞いたこともないぞ。
理科教師 当たり前でしょ。私が発見して、学会にも発表していないんですから。なんせ、ガラス玉に軟禁状態ですからな。
(全員が大わらいする)
ヤンキー (わらいながら)おじさん、そいつを見せてくれよ。
ライダー女 あたしたちと同じくらいの大きさなんでしょ?
太郎 だったら見れるよね。
校長先生 (わらいながら)そのポケットに隠しておるのかね?
理科教師 (ポケットから黒光りする機雷のような玉を出し)よく分かりましたね。これです。
清子 (触ろうとして)じゃあ、そのトゲトゲを摩ると願いが叶う?
理科教師 (清子に渡し)摩るんじゃなく、手榴弾のように投げるのさ。君は何を願う?
清子 爆弾が落ちる前の景色。(玉を理科教師に返す)
理科教師 面白い。さあ、みんなで願うんだ。昔の町を見たいなって、三回唱える。心から願え!
全員 (海岸の景色に向かって)昔の町を見たいな、昔の町を見たいな、昔の町を見たいな。


(理科教師が黒玉を投げ付けると、海岸の景色に代わって、原爆投下前の町が浮かび上がり、全員が歓声を上げる。)


太郎 うわあ! お祖父ちゃんのお店が見えるぞ。(感激して泣きながら)店の前に母さんがいる。母さんだ!
清子 (理科教師に)ねえねえ、私の家も見せて!
理科教師 (清子に)願いなさい。心から願うんだ。みんなも一緒に!
全員 清子の家を見せてください。清子の家を見せてください。清子の家を見せてください。
(理科教師が黒玉をもう一つ投げると清子の家が現われ、庭で水浴びする清子と兄、それを見守る母親が映し出される)
清子 わああ。憶えているわ。兄ちゃんとよく水遊びをしたんだ。母さんも幸せそうにわらってる。(耐えられなくなって泣き崩れ、春子先生が抱きかかえる)
理科教師 止夫。君は?
止夫 (下を向いて)僕はいい。父ちゃんも母ちゃんも嫌いだ!
校長先生 (涙を流して泣いている太郎を抱き)もういい。わしらには刺激が強すぎる光景じゃ。(全員、一瞬白ける)
理科教師 そうですな……。(今度は白い玉を投げ付けると、再び海岸風景に戻る)どうです。願えばなんでも叶うのが、私の発見した怨霊粒子です。
廉 (気を取り直し、明るく)それじゃあ、話は簡単だ。みんなでここから出れるように願えば叶うんだ!
ヤンキー 簡単に出れるぞ!
ライダー女 やったぜ!
ライダー男 やった、やったい!


(校長も含め、全員が小躍りする)


校長先生 (はやる心を抑えて理科教師に)理科先生。それは可能じゃろ?
理科教師 もちろんです。(再び全員が小躍りする)しかし、このガラスは溶かすことも割ることも出来ません。(全員小躍りを止め、理科教師に注目する)
紀香 じゃあだめじゃん!
理科教師 ガラスはあまりにも透明すぎて、怨霊粒子は通過しちまうんだ。割れ、溶かせって願っても、当たらなけりゃ無理さ。(全員が失望して、がっくり跪く)
校長先生 じゃあ、どうすれば可能なのかね?
理科教師 方法は一つ。明日になったら、お話ししましょう。



四 夜の放射能広場
(死の灰で埋め尽くされた広場は灰が雪のように降り、一面に放射能の薄く青白い光で満たされている。ヤンキーと紀香、廉、校長先生、春子先生がやって来る)


ヤンキー 先のことなんか必要ねえよ。勝ちゃあいいじゃん。獣も草もみんな張り合ってんだもんな。そいつが地球の掟じゃ。(急にシャドウボクシングを始め)どけどけどけ、ここは俺様の縄張りじゃい。なにい、ケンカで決着だ? いいじゃん。手っ取り早く、ドカーンとやっちまおうぜ。先手必勝。うずうずするぜ。生き残ったやつの勝ちだ。(がっくり肩を落として)俺、強かったぜ……。
紀香 じゃあ、なんで死んだん?
ヤンキー (シャドウボクシングをしながら)殺る気なら勝った。一瞬ひるんじまった。
紀香 どっちがよかった? 死ぬのと、殺すの……。
ヤンキー 生き残るために戦うのさ。
校長先生 なんでひるんだんじゃ?
ヤンキー 相手のことを考えたんだ。ほんの一瞬……。
校長先生 死ぬ自分を考えたのか?
ヤンキー (わらって)俺がかよ。
校長先生 自分が死ぬことを考えて、相手に同情しちまった。
紀香 バカか?
ヤンキー (シャドウボクシングを止め)大バカ野郎!
春子先生 あなた、ただのバカじゃなかった。そのとき、何かが見えた。
廉 そいつは幻さ。優しさ? 哀れみ? いや、弱さだ。
紀香 臆病風!
ヤンキー (怒って)俺が臆病者か!
廉 白けたのさ。空中を天使が通過したんだ。ニヤニヤしながらさ。バカどもめ!
校長先生 どちらも突っ走れば、弱いほうは粉々じゃ。(体を震わせ)原爆じゃ、原爆じゃ!
春子先生 私たちのように……。
清子 あたしたちの戦争? 
止夫 大人たちの戦争だよ。
紀香 やんちゃな負け戦。


(後から美里たちの集団がやって来る)


美里 そして私は?
清子 おねえちゃんは車に撥ねられた。
美里 私を撥ねた人は?
ライダー男 いまも元気な他人様だ。
ライダー女 加害者はしっかり生きている!
美里 許せない! (犬を抱いて)私、犬死?
廉 (話に加わり、わらって)そう、俺たちみんな、犬死。浮かばれない呪縛霊さ。
ライダー男 スピードオーバーで飛んできたこの俺様は?
ライダー女 自業自得じゃろ。
ライダー男 俺は俺を殺した加害者で被害者の一人芝居。
ライダー女 だからあんたは、いつまでも悔やみ続けろ。だって、あんたの半分が、あんたの半分の被害者だ。でも、あたしはあんたの後ろに乗ってた、丸々あんたの被害者だ。
ライダー男 お前と俺は一心同体。お前は被害者である俺の一部さ。
ライダー女 お笑い種だ! あたしはあんたの持ち物か。あたしは、殺した野郎を恨んでるよ。
ライダー男 驚いた。一緒に死んだ仲だろ。
ライダー女 どうだい、このうぬぼれ振り。(ヘルメットを足元に叩きつけ)無関心野郎! (ライダー男の頬を叩き)自分のことばっか! この自己中男、どうしたらいい?
ヤンキー お気の毒。みんな自分が一番じゃい。
廉 加害者死亡につき審議打ち切り!
春子先生 (子供に向かって)戦争はみんなが加害者で被害者。でも平和は、被害者の心に浸ってつくるのよ。
ライダー男 (ライダー女のヘルメットを拾っていとおしく摩り)分かんねえよ、お前の心。お前の苦しみがさっぱり分からねえ。俺はお前がいなけりゃやってけないんだ。
ライダー女 あたしのお袋、死んだあんたの顔に唾吐いたぜ。このドジ野郎!(ライダー男の胸を拳固で何度も叩くが、そのうちライダー男の胸の中で泣き崩れ、男は彼女の額にキスをする)
美里 (両手で顔を覆い)そうだ、きっとお母さんも泣いてる……。
太郎 (死の灰遊びを止め)僕のお母さんは?
清子 いまも泣いてる。
止夫 (わらって灰を太郎にかけ)とっくに死んでるさ。
太郎 じゃあ、天国に行けば逢えるんだ。
清子 ほんと? 春子先生、お母さんに逢えるの?
春子先生 きっとね。明日の理科先生に期待しましょう。



五 海辺の朝


(朝になり、海岸では米軍の上陸訓練が始まる。理科先生が登場すると、全員が拍手で迎える)


ヤンキー そら、希望の星がご登場だ。
廉 イヨッ! 霊界のアインシュタイン。
ライダー女 大先生、早く天国に引き上げて。
理科教師 (にこやかに微笑みながら)任せなさい。私の言うとおりにすれば、必ず天国に行けます。
校長先生 で、どうすれば良いのじゃ?
理科教師 祈るんです。相手は運命だ。全員で祈るしかない。心の底から祈る。必死に祈る。一糸乱れぬ祈りとともに、私がこの怨霊粒子を投げ付けます。
校長先生 どこに向かって?
理科教師 この島のミサイル基地に向かってです。
校長先生 何だね、そのなんとか基地ってのは?
理科教師 飛行場のようなもんです。
春子先生 どんなことを祈るんです?
理科教師 おまじないです。南無阿弥陀仏のようなやつ。
清子 教えて、教えて。
太郎 どんなおまじない?
理科教師 簡単さ。君たち復唱しなさい。原爆を、もう一度ここに落としてください。
子供たち 原爆を、もう一度ここに落としてください。
春子先生 原爆を、もう一度?(震えて)な、なんですか、そのおまじない!
校長先生 君、何を考えとるのかね!
子供たち (春子先生にすがり)怖いよう!
ヤンキー (わらって)オッサン、冗談だろ?
ライダー女 (怒って)本気なら、大バカ野郎だ!
理科教師 (怒って)大ばかだと! 私を侮辱するのは止めたまえ。感情的な反論はナシだ! 我々も、その怒りも、地球も、宇宙も、天国だって、物理現象で動いている。(辺りを見回し)この住家も物理現象。じゃあガラス玉を溶かすには、もう一度同じ温度の熱を加えるしかない。それが物理法則というものだ。ほかに方法はない!
紀香 (海岸を指差し)でもさ、ここに原爆落としたら、海岸の人たちも死んじゃうよ。
理科教師 いいじゃないか、それで我々が助かるなら。この一帯は敵の軍事基地だ。民間人なんていやしない。それに季節外れで、島に海水客は誰もいない。被害は最小限。そりゃ何人かは死ぬだろう。しかし、みんな天国に行ける。連中だって、天国のほうがずっと幸せになれる。結果良ければすべて良し!
美里 待って! 私たちがみんなで祈ると、ミサイルがここに飛んできて、原爆が破裂するのね。海岸の人たちが死ねば、私たち全員、殺人者になるってことですか?
理科教師 (わらって)新入りさん。君は何も分かっていない。私が死んだのは戦争中で、誰もが殺人者だったんだ。それに私も君も、いまは人間じゃないんだよ。考える葦にもなれない。じゃあ何か? 呪縛霊というチャチな埃さ。埃が人を殺しても、殺人とは言わないんだ。
美里 でも、私はいま考えている。考える埃だわ。埃になった私でも、心はきれいに生きている。
理科教師 (怒って)じゃあ君は、永久にこんなところに閉じ込められて満足か?新入りのくせに、大きな口を叩くな!
美香 ……。(言葉を失い、小犬を抱いてうろたえる)
ヤンキー 先生よ、そりゃ言い過ぎだぜ。
理科教師 ごめん、謝る。しかしここは、我々をこんな目に遭わせた敵の基地です。我が大日本帝国が奪い取られた島だ。気兼ねなんかするこたあない。奴らが原爆を落としたなら、倍返しだ。しかもその原爆は、奴らの誤作動で爆発する。自業自得さ。
ヤンキー (わらって)あんた、まだアメリカさんと戦争してんのかよ。
廉 戦争なんか、俺の生まれるずっと前さ。
理科教師 君たちは時代を逆戻りしたのさ。(辺りの廃墟を指差し)見ろよ! ここは戦争ど真ん中じゃないか。
校長先生 (体を震わせ)そうじゃ。戦争は終わっておらん。ここは戦場じゃ!
理科教師 倍返しだ!
校長先生 報復せにゃならんぞ!
子供たち 原爆を、もう一度落としてください!
春子先生 (子供たちに)おやめなさい! 校長も冷静になってください。戦後生まれの皆さん、何か言ってください。
ライダー男 (白けて)恐ろしいギャップ。
ライダー女 戦争なんか、どうでもいいさ。
廉 要するに、ここから出れるか出れないかの問題だろ?
理科教師 そういうこと。
美里 いいえ、人を殺すか殺さないかの問題よ!
紀香 う、もう、多数決の問題じゃん。
廉 (わらって)議会制民主主義の問題かよ。
ヤンキー 爆弾落とすか落とさないかの問題じゃろ。
理科教師 紀香君だけマシなことを言った。君たちが納得するのは、議会制民主主義だ。その意見を取り上げよう。(破壊された教室の黒板に、白墨で字を書き始める)民主主義イコール多数決だ。一人でも多い方が勝ち。まずは私、参考人に呼ばれた専門家のご意見。ここから抜け出すには、原爆がここに落ちなければならない。なぜなら、ほかの方法が無いからだ。次に、ここに原爆が落ちれば、人が何人か死ぬことになる。しかし、死んだ人たちは天国に行ける。そして、我々も解放されて、一緒に天国に行きましょう。天国は現世よりもすばらしい所だ。…ということは、我々は彼らに功徳を施したことになる。これは敵国語で何と言うのかね?
紀香 ウィンウィンゲーム。
理科教師 そう、それだ! 誰も損をしない。敵も味方も、みんな幸せになれるんだ。
春子先生 うそっぱち! 残された家族はどうなるの?
理科教師 じゃあこうしよう。我々も、新たに死んだ人も、天国に行ける。しかし、現世に取り残された人たちは、死んだ家族のことを思って悲しむだろう。だけど、彼らだって、結局は天国で、家族と再会できるんだ。タイムラグがあるだけじゃないですか。魂は永遠なり。魂の時間で考えれば、そんなタイムラグ、一瞬のことさ。
校長先生 さすが理科先生じゃ。極めて論理的な意見じゃ。我々魂は地球時間から離脱し、宇宙時間に支配されておる。
理科教師 物理的に言えば、ガラス玉自体は外の現世に属しております。しかし、ガラス玉の中は異次元だ。外から見れば、時がほとんど止まっている。しかも、外に属する玉の外皮は、次の大波で砂に埋もれちまい、念力も効かなくなっちまう。
ヤンキー よせやい、埋もれちまったら、真っ暗闇じゃんか!
止夫 怖いよ!
清子 お化け出るよ!
太郎 (清子を指差し)ワッ、お化け! (清子は太郎を追いかける)
理科教師 じゃあさっそく多数決だ。天国に行きたい人、挙手願います。
(全員が手を挙げる)
理科教師 決まり! 春子先生、指揮をお願いします。全員で「原爆を、もう一度ここに落としてください」を唱える。
子供たち 原爆を、もう一度ここに落としてください。
春子先生 待って! 誘導尋問。みんな天国に行きたいから、手を挙げたのよ。じゃあ、ここに原爆を落としたい人、手を挙げてください。(誰も手を挙げない)ほおらね。
廉 原爆を落として天国に行きたい人、手を挙げてください。
(校長、理科教師、三人の子供、廉が手を挙げるが、春子先生が手を挙げないのを見て、三人の子供は手を下げる)
春子先生 (わらって)たった三人ね。
理科教師 原爆を落としてまで天国に行きたくない人、手を挙げてください。
(春子先生、三人の子供、紀香、ライダー女が手を挙げる)
ほかの人たちは棄権かね?
ヤンキー 決めるの、早かねえ?
ライダー男 考える時間もないじゃん。
理科教師 急いでいるんだ。明日嵐が来れば、ガラス玉が海に沈んで、念力は効かなくなる!
春子先生 でも、私たちの勝ち。
理科教師 バカな、子供に参政権があるか! 三対三だ。
校長先生 よし、私が決める。このガラス玉は学校の所有物じゃ。私は大家のようなもんじゃ。大家は原爆投下を決めたぞ。
春子先生 校長、それは拡大解釈ですわ。
ライダー女 パワハラじゃん。
校長先生 女の出る幕じゃない! 
紀香 セクハラじゃん!
理科教師 手を挙げない奴らは卑怯者だ。明日、嵐が来るんだぞ!
ライダー男 じゃあ、俺は連合いと同じノーに手を挙げるさ。
ヤンキー じゃあ俺は、大家さんの店子として、イエスといきましょう。難しいことは苦手なんだ。
理科教師 四対四。ウーン、新入りさんの結果次第か……。
春子先生 美里さん。あなたはなぜ手を挙げなかったの?
美里 新入りで、遠慮したんです。まだ何も分かっていないから……。
春子先生 遠慮なんかすることないわ。自分の考えでしっかり手を挙げてください。
理科教師 (悪魔が物陰からTの手サインを出すのを見て)まあ待ちなさい。来たとたん、いきなりじゃ可愛そうだ。彼女の考えで我々の未来は決まるんだからな。明日の朝まで、時間を与えよう。明日陽が出たらここに集まり、太陽を拝みながら、新入りさんの判決を伺いましょう。結果次第では、永遠の暗闇。時間の概念も吹っ飛んじまう。
春子先生 美里さん。あなたは朝まで放射能広場にいてください。ほかの人は美里さんに近づいてはダメ。そそのかさないでね。
全員 また明日。
理科教師 太陽が出ることを祈って……。
(美里を残して全員が消える。舞台は暗転し、当惑した美里にライトが当たる)



六 理科教室
(理科教師が机に肘を付いて頭を抱えている。悪魔とストーカーが忽然と現われる)


ストーカー 本当に美里ちゃんに逢えるんですか?
悪魔 もちろんさ。君のために、美里をここに閉じ込めたんだ。君は彼女と結婚して、二人は永遠の愛を誓い合うんだ。
ストーカー ああ、やっぱりここに来てよかった。で、彼女はどこに?
悪魔 (理科教師の肩を軽く叩いて)おい先生。美里ちゃんはどこにいる?
理科教師 (そのままの恰好で)放射能広場とか言ってたな。
悪魔 (ストーカーに)死の灰が積もった青白く光る広場だ。探せばすぐ分かるさ。(ストーカーは駆け出して退場)
理科教師 (顔を上げて悪魔を見詰め)この勝負は負けますぜ。美里は新入りで、ここの恐ろしさを知らない。あいつは平和主義者だ。ところで、いまここから出て行った奴は?
悪魔 飛び降り自殺をした若者さ。美里が奴を気に入れば、きっと二人で天国に行きたいと思うだろう。しかし残念ながら、このガラス玉が溶ければ、奴だけ地獄に落ちる。
理科教師 なんだ、悪党か……。
悪魔 自殺もいかんが、奴は人殺しだ。
理科教師 誰を殺した?
悪魔 美里さ。
理科教師 (激しくわらい出し)あんたも悪党だな。
悪魔 私は悪魔さ。しかし良い悪魔だ。君たちを救おうと頑張っている。感謝されこそあれ、悪党呼ばわりされるいわれはない。
理科教師 ところで、基本的な質問を悪魔殿にお聞きしたい。原爆の投下を願うこと。これは罪になるんですかね?
悪魔 もちろんさ。原爆だろうがなんだろうが、やましいことを考えるだけでも罪さ。
理科教師 ハハハッ、じゃあガラス玉が溶けても、天国に行けないじゃないか!
悪魔 ハハハッ、君は現世の住人かね。君は死んだとき、天国行きが決まったんだ。一度決まった神の判決は覆らない。いまどんな悪いことを考えようと、君は天国に行ける。私は君を地獄に連れて行こうとは思わないさ。
理科教師 (急に立ち上がり、両手で悪魔の襟首を掴み)嘘を付くな! きっと俺は地獄に落とされるんだ。性悪な魂が、天国に行けるわけがない。
悪魔 (理科教師と揉み合いながら)苦しい、離せ!(理科教師は悪魔に撥ね除けられて床に倒れる。悪魔は慟哭する教師の肩を摩り)まあ、落ち着けよ。お前の魂は化石になって、永遠の時間を与えられたんだ。ここにいたいなら、無理強いはしないさ。お前は毎日、ガラス玉の中を歩き続けろ。私はもう二度とお前の前に現われないさ。
理科教師 (去ろうとする悪魔に)待ってくれ。俺を見捨てる気か?
悪魔 お前が拒否したんだ。
理科教師 拒否はしないさ。嘘を付くなと言っているだけだ。天国に行けると確約してくれ!
悪魔 そりゃ無理だ。俺を信じる以外ないな。決めるのは神様だからな。
理科教師 (ため息を付き)分かった。信じよう。(悪魔は教師に手を差し伸べ、教師は立ち上がって悪魔とハグする)
悪魔 放射能広場に行って、二人の様子を窺うんだ。あとは君に任せるよ。(悪魔は消える)



七 放射能広場
(薄青白く光る広場。死の灰が降り、時たま放射線が霧箱のように飛び交う。美里は水の無い崩れた噴水池の縁に腰掛けて、小犬を撫ぜながら考え込んでいる。背後からストーカーが近寄り、暫く様子を窺う。後ろの物陰には、理科教師が隠れている)


ストーカー 美里さん。
美里 (後ろを振り返り)どなたですか?
ストーカー 僕です。
美里 (美里は立ち上がって男の顔を確認し、仰天して後ずさりする)私を追い掛け回していた男! なんで、こんな所に……。
ストーカー 君が交通事故で死んだことを知って、後追い自殺したんです。
美里 (驚いて)どうしてそんなことを……。
ストーカー 君のいない人生は考えられなかったんだ。
美里 バカだわ。女の子なんて、いっぱいいるのに。
ストーカー 君ほど素敵な女性は、どこにもいないさ。
美里 でも、私はあなたを好きになれないわ。気色が悪いもの。きっと、これからも好きになれない。
ストーカー いいんだ。何と言われようが、構わないさ。僕にとって、君は王女様だから。君の側にいるだけでも幸せなんだ。
美里 私はあなたが側にいると、鳥肌が立つの。消えてください!
ストーカー 消えようにも、この小さなガラス玉の中じゃ難しいな。
美里 (噴水の縁に座って顔を両手で塞ぎ)じゃあ、十メートル離れてください!
私の視界に入らないようにしてください。
ストーカー (美里から距離を置き)僕はこれから、君のことをどんなに好きか、告白したいと思う。
美里 (両手で耳を塞ぎ)やめて!
ストーカー (声を荒らげ)君に僕の告白を止める権利は無い。これって、僕の独り言だもの。
美里 じゃあ、私が去る以外ないわね。
理科教師 (美里が去ろうとするのを見て、物陰から姿を現し)待ちなさい。
美里 (驚いて)理科先生……。
理科教師 行ってはいけない。ここで決着を付けるんだ。美里さん、車で君を撥ねた奴が誰だか知っているかね?
美里 分かりません。
理科教師 おい君、白状しろよ。美里さんを殺したのはお前だろ!
美里 (唖然として)あなたなの! 私を殺したのは……。
ストーカー (気色ばんで)どこにそんな証拠があるんですか?
理科教師 (大声で)証人の方、こちらへ!
悪魔 (宅配の制服を着て登場し)はい、魂の配達人です。こちらのお客様の魂を、ガラスのお家に配達いたしました。美里様をお届けしたのも私です。最初は美里様、次はご自身の魂。すべてこちらのお客様からのご依頼です。(さっと退く)
理科教師 分かったかね? 
美里 (ストーカーに駆け寄り、胸を叩こうとするが、彼に腕を摑まれ)人殺し! 命を返して! (ストーカーが額にキスをしたので驚いて離れ、額を手で拭って泣き出す)
ストーカー 確かに君を殺した。でも、時間は永久にある。僕は一生かけて、君に償いたいと思う。
理科教師 (わらって)無理だね。明日、我々のいるガラス玉は溶けて無くなるんだ。君を除いて全員が天国に出発する。君はどこに行くと思う?
美里 (泣きながら)地獄だわ。
理科教師 そう、地獄だ。人殺しが天国に行けるはずない。
ストーカー (常軌を逸して美里に抱き付き)嘘だ! 僕は美里ちゃんと絶対離れないぞ。一緒に天国に行くんだ!
美里 (抵抗し)やめて!
理科教師 (ストーカーを後ろから引き離そうとし)やめるんだ!
ストーカー (自ら美里から離れ、青白い地べたにうずくまって慟哭し)嗚呼、こんなに愛しているのに、なんで分かってくれないんだ。
理科教師 (うなだれる美里の手を引いて)さあ、君はこんな地獄にいちゃいけないよ。明日、我々は天国に向かって飛び立つんだ。こんな野郎を永遠の夫にしちゃいけない。


(理科教師と美里は去り、ストーカーだけが慟哭したまま取り残される)



八 朝の海岸


(美里を除く全員が海岸の見える所に集まっている。夜が明け、金色に輝く陽光が全員を浮かび上がらせる。物陰で、天使に脱皮しつつある悪魔が様子を窺っている)


理科教師 (怨霊粒子をポケットから取り出し、みんなに見せながら)こいつは、最後の一発だ。投げるか投げないかは美里さんの一言で決まっちまう。きっとそれが民主主義というやつさ。
春子先生 ところで、あのトゲトゲの黒玉を投げるのに賛成した廉さん、理由を説明して。
廉 簡単。こんな所に永久に閉じ込められるのが嫌なだけさ。それより、春子先生はなんで反対するのか、説明してくれよ。
春子先生 それも簡単。人を殺してまで、天国に行きたくないだけです。
紀香 だいたい天国って、どんなところなのさ? 理科先生、科学的に説明してください。
理科教師 そこはエーテルという特殊な空気で満たされている。そいつを胸いっぱい吸うと、誰もが幸せになれる。
ヤンキー (わらって)麻薬じゃん!
理科教師 たわけ者! 砂金を採る情景を想像してごらん。泥まみれの悪い心が洗われ、良い心だけが篩いに残り、輝き出すんだ。いま君たちが太陽に当たって、金色に輝いているように、な。
春子先生 私はここにいても、いつも良い心を持とうと思っているわ。
廉 でも幸せはやって来ない……。
美里 (突然現われ)きっと、やって来ます。(全員が拍手で迎える)
理科教師 さあ、期待の裁判長がご登場。天国に行けるか行けないかは、彼女の一言で決まっちまう。さて、その答えは?
美里 その前に、昨日来たばかりの新人さんを紹介します。(背後に現れたストーカーを見て)さあ、こっちへ。(ストーカーが彼女の横に立つと)この人、私を殺した犯人です。(理科教師以外の全員が驚く)
校長先生 あんたが、美里さんを……。
子供たち (春子先生にしがみ付き)怖いよう。
ストーカー 僕が美里さんを殺しました。
理科教師 みんな安心したまえ。ガラス玉が溶ければ我々は全員天国に昇り、こいつは地獄に落ちるんだ。
美里 私もそう願いました。彼が憎かったし、こんな狭い玉の中で、ずっと一緒にいると思うと、頭がおかしくなりそうでした。
理科教師 ほおら、彼女の心は決まった!
美里 でも私、もう死んじゃったんです。いくら憎んでも、生き返ることはありません。
理科教師 だからって、こいつを許すわけにはいかんだろ。
美里 私は天国のことを考えました。天国って、恨みだとか怒りだとかはきっとない世界だと思うんです。
校長先生 そんなのがあったら、天国とは言わんな。だいいち、心が落ち着かんじゃろ。
美里 そう、天国にいる人たちの心は、ずっと安らいでいるんです。憎しみなんて、きっと消えてしまいます。でも、後悔の念はどうでしょう。
理科教師 君は、後悔するような罪を犯したのかね?
美里 いいえ。でも、このガラス玉が溶けて彼が地獄に落ちれば、きっと私は天国に行っても心が安らがないと思うんです。
廉 こいつは自業自得じゃん。
理科教師 君を殺した犯人だぞ!
廉 天国に行けなかった後悔のほうが大きいぜ。
校長先生 仲間の期待を裏切ったことを、ずっと後悔し続けるぞ!
春子先生 それは脅しです、校長!
紀香 パワハラじゃん。
美里 彼はここでも、私の追っかけです。泣きながら、私の後を付いてくるんです。私は立ち止まり、彼から五メートル離れて、ずっと睨み付けていました。最初は後から後から憎しみが湧き出てきました。けれど暫くすると、憎しみの泉が枯れてしまったんです。そのあと、哀れみの感情が出てきた。(ストーカーを見詰めて)あなたは病気だわ。殺すほど私を好きだなんて、きっと病気。そう考えると、私は単なる交通事故で死んだような気になってきたの。悪いのは彼じゃなくて、彼の病気。そんな彼を地獄に落とすのは、可哀そうじゃないかって……。
理科教師 それは単なる感情論だよ。人質犯に同情しちまう人質みたいなもんだ。
美里 私は彼を許したんです。好きになれないけれど、彼が横にいても、もう心が乱れることはありません。
ライダー女 ……おんなじ心境ね。
ライダー男 (ライダー女に抱き付き)俺を愛してるんだろ? (ライダー女に突き放される)
理科先生 (激しくわらって)一時的な気分だ! 君は怨霊なんだぞ。ここは怨霊たちの巣窟なんだ。ここにいるかぎり、心が安らぐことなんかないんだ。 みんなみんな、恨み辛みでパンパンな連中だ!
春子先生 確かに、私たちは怨霊。でも、恨みを持ったまま天国なんかに行けるはずないわ。本当に天国に行きたいなら、まずはその恨み辛みを無くさなければ。
美里 わたしは出来ると思います。
清子 そしたらここが天国になるの?
紀香 きっとなるよ。天国なんて、空想かも知れないしさ。
ヤンキー 住めば都って言うからよ。
紀香 ここが楽しいって思えばいいんだ。
美里 みんな、わらって! (校長と理科教師、ストーカー以外はわらう)
春子先生 校長。すべてを許せますか?
校長先生 (みんなに背を向け)わしらをこんな目に遭わせた敵を許すんか!
止夫 (海岸を指差し)アッ、お友達。
(島の男の子と女の子が、海岸の銃弾を拾っている)
廉 演習場に忍び込んで、鉄砲の弾を集めているんだ。
春子先生 危ないわ。不発弾があるもの。理科先生。その黒玉で、危険を知らせてあげて!
理科先生 冗談じゃない! (黒玉を握り)こいつは原爆を落とすために必要な最後の一発なんだ。
美里 まだそんなことを言っているんですか! 私は原爆に反対します。(拍手が上がる)
春子先生 校長、理科先生に命令してください。
校長先生 (我に帰り)理科先生。結果は出たんじゃ。我々の意見は通らなかった。いや、我々の意見は間違っていた。二度と原爆を落としてはいけないんじゃ。敵だからといって、こんな苦しい思いをさせちゃいけない。おまけに、新たな可能性が開けたぞ。この小さなガラス玉を天国にする。少なくとも、恨み辛みをここから追い出すことは出来るかもしれん。
廉 ついでに後悔の念も追い出しちゃえ!
美里 みんなで楽しくやっていきましょう!
紀香 まずは大掃除ね。恨みも辛みも後悔も、死の灰と一緒に片付けよう!
理科先生 (ため息を吐き)私の負けだ。このクソ玉、……使い道が無くなった。さあ、春子先生。みんなで、願いましょう。あいつらにプレゼントだ。
春子先生 神様、あの二人の子供を守ってください!
全員 神様、あの二人の子供を守ってください!
(理科先生が二人の子に向かって怨霊粒子を投げ付けると、突然雷鳴とともにスコールが襲って、大きな雹が彼らに落ちてくる)


九 軍事演習場の海岸


(白砂の上にはピンポン球ぐらいの雹が一面に落ち、男の子が気絶している。女の子は野球の球ぐらいの大きなガラス玉を持って男の子の横に座り、顔を覗いている)


女の子 (男の子の体を揺すり)ねえ、目を覚まして! 大丈夫? 起きてよ! 
男の子 (コブの出来た額を摩りながら、上半身を起こし)痛いよ、痛いよ。
女の子 こんな所に来て、罰が当たったんだわ。
男の子 もう来ない!
女の子 こんな大きな雹が当たったんよ。
男の子 (ガラス玉を受け取り)ワッ、デカッ! でも冷たくない。ガラス玉じゃん。
女の子 宝石?
男の子 だったらお金持ちだ。でも、ガラスさ。
女の子 きっと宝石よ。
男の子 簡単。あの岩に投げて割れなければ宝石だ。
(立ち上がり、岩に投げると粉々に砕ける)
女の子 なあんだ、ガッカリ……。
男の子 ガッカリ。さあ、帰ろう。
女の子 帰ろ、帰ろ。


(二人が帰ろうとすると、背景に綺麗な虹が架かり、その上を精霊たちが小躍りして登っていく姿が映る)


男の子 (憑かれたように虹を見詰め)みんなの姿が見えるよ。お空の下をみんなが歩いてる。校長先生、春子先生、理科先生、子供たち、美里さん、ヤンキー、廉さん、紀香さん、ライダー夫婦、ストーカー。先頭にいるのは天使だ。白い羽が草刈鎌みたいに光ってる。みんな仲良く手を繋いで、だんだん小さくなって、お日さまに向かって昇っていく……。
女の子 (優しく微笑んで) いつも嘘ばっか。


(幕)


(僕の青春に暗黒粒子を投げ付けたベルイマンに捧げる)







DOZAEMON


ある日 広い川の流れをじっと眺めていたとき
流されていくマネキンを見つけたのだ
頭は禿げていたが
顔つきはどこか誰かに似ていた
カーニバルの仮面のように
だんごっ鼻を水面から出して空を見つめている
死体のように投げやりに ただ呆然と
抵抗もなく なすすべもなく
ひたすら流れに任せて 海に向かって流れていく
状況を変えられず 運命を受け入れ 体力を温存している
いつもうまく行った白日夢でも思い出したように
少しばかりシニカルにわらっている
しかしこの川の向こうに海があるとは思っていないようだ
うつろな眼差しは 数万年先まで見透かしている
だから海辺に打ち上げられるのはいやだろう
そうだ 時の流れのように忘却の川は永久に流れ続けるのだ
神でさえ止めることのできない宇宙の摂理
きっと誰かに似ているマネキンは 
些細な運命の渦に引き込まれてしまったと悟り
心ない物体と化して無駄な抵抗をあきらめたのだ
疲れることよりは疲れないことを選んだ
生きものにかかるバイアスは地球が磁石だから
ならばあきらめることはニュートラルになること
すべての干渉から開放されてひたすら流れていくことだ
これからはきっと一度だって
重力に逆らって立つことはない
逆風に逆らって歩くこともない
周囲に逆らって叫ぶことは、もちろんない
生命体に科せられたバイアスを放棄したのだから…
マネキンは物体であることを自覚して失笑し
多少は腐臭を気にしながらも
ゆったりと流れに身を任せたのだ
溺れることもなく 呼吸することもなく
時の流れのなすがままに朽ちて消えていく
生と死の違いなどありはしない宇宙に向かって
生と死の違いなどありはしないと自覚して…





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