詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ロボ・パラダイス(二十二)& 詩


フランス料理の極意


モンマルトルの汚らしい袋小路に
★マイナス三つの
客の入らない料理屋がある
時たま蜘蛛の巣にかかった蛾のように
日本人が迷い込むと
蜘蛛のように尻の太ったガルソンがやってきて
薦める料理が カオスという名のビーフシチュー
この料理を食べるとフランスのすべてが分かるのです
料理の味は その国民のセンスを表現しているのですと…
出てきたシチューは黒々としていて毒々しい匂いがする
どうですこれがフランス文化の洗練された香りです
とガルソンの後ろにデカルトみたいな顔したシェフいわく
イタリア料理は単純明快で子供のよう
日本料理はうわべばかりがきれいなままごと遊び
どうやらイタリア人も日本人も子供の文化といいたいようだ
さあスプーンにすくって舌に乗せ 音を立てずに香りを鼻から抜くのです
嗚呼なんという奇怪な香り そのお味はウンザリするほど濃厚な複雑さ
まるで難解な哲学みたいなコテコテ料理ですな
ありがとう最大の賛辞だ 料理はまさに哲学なのです
分かりますか これが大人の文化の味わいです
貴方ならきっとこの味をご理解いただけるでしょう
考えて考えて考え抜いて 明快な答えを求めれば求めるほど
料理の味は複雑になって 試行錯誤を繰り返しカオスに拡散する
結論などありゃしない 理想の味などありゃしない
人間の考えることなんて単なるお遊び、堂々巡りに過ぎないんだ
しかしイデアを求めてただただ悪戦苦闘した傷跡が
たらたらと膿を出して発酵し 肉汁を丸め込んで不思議な味を醸し出すのです
「そう、執念さ、執念なんだ! …それがこの暗黒物質の正体さ」とデカルト・シェフ


さあもう子供の味付けは卒業だ 味の分かる大人になりなさい
悩み悩み悩み抜いたこの渋い一品に 貴方はもう魅せられているのですから…





ロボ・パラダイス(二十二)

(二十二)

 自由帰還軌道に投入された氷玉たちは次々と大気圏に突入し、三百度以上の空力加熱によりどんどん小さくなって、最後には爆弾が露出した。このとき円盤状の爆弾は空気抵抗を受けてチカⅡたちの乗ったカプセルから離脱し、さらに蓋が剥がされてウイルスをばら撒きながら落ちていった。カプセルは落下傘を開いて、地上にゆっくり落ちていく。
 チカⅡのカプセルは海に落ちて浮き上がった。彼女はカプセルの蓋を開けて海の中に飛び込んだ。巨大なサメが寄ってきたが、冷たい体で血の臭いもしなかったため横をすり抜けていく。彼女は潜水艇のように、海中を陸に向かって泳ぎ始めた。仲間たちのカプセルも、突入のタイミングが少しずつずれたために着陸地点は大きく異なった。


 チカが月から発信した情報は、すでに多くの人々が共有し、地上はパニック状態になりつつあった。しかし地球連邦政府は慌てなかった。政府関係者はすでにワクチンを使用していた。ウイルス散布成功の知らせを受けた時点で、透かさず富裕層に向けて緊急情報を発信。連邦軍が有効な生ワクチンを大人一本百万ドル、十歳以下五十万ドルで販売するという。政府への入金が確認され次第、屈強なワクチン搬送ロボ部隊を使って確実に自宅にお届けする。一人一本飲めば、確実に抗体ができて生き残ることができる云々。
 地球全体に戒厳令が発せられ、各地の大深度地下倉庫に隠されていた有事ロボット部隊がスイッチ・オンとなり、続々と地上に出てきた。彼らには秩序を乱す連中を射殺する権限が与えられていた。無数のドローンが飛び交い、目的もなく家から飛び出した狼藉者の監視を始めた。もちろんドローンにもレーザー銃が装備され、極小の対人用小蝿型ミサイルも二千機格納している。実際、街のあちこちで略奪行為が発生し、ドローンが出動して連中を容赦なく殺していった。


 高額ワクチンのことは噂となって巷にも流れ始めていた。ロボット軍は金融機関や宝飾店の周囲を警備し、金塊等の略奪を阻止した。政府は「離脱」による生き残りを声高に叫んだ。各所に臨時の脳情報採取所が設置され、最新の脳スキャン・マシーンが置かれて長蛇の列ができた。彼らは一応、一年に一度の脳スキャンが義務付けられていた。従来は危険思想を調査するのが政府の主目的だった。しかし、たったいま生きている本人にとっては、ここ一年の脳情報が飛んでしまうのは最悪の事態だ。近々の脳情報さえスキャンしておけば少しは安心でき、病に倒れてもいずれは目覚めることが可能なのだ。いまや人々にとって、ロボ化は天国に行くことよりも現実的な選択になっていた。機械という肉体に変わっても、自分が自分であり続け、人間としての尊厳が与えられれば、それは死であろうはずもない。
 全身感染症を引き起こすサタン・ウィルは世界中の空にばら撒かれ、急速に伝染していった。空気感染するので、感染力ははしかと同じぐらい強いものだった。感染するとほぼ百パーセント発症し、病毒と高熱による多臓器不全で致死率は約五十パーセント、ということはワクチンを飲んだ連中を除き、人類全体が感染した場合、世界人口は半減することになる。世界連邦議長が目論む人類のリセットが成功するというわけだった。生き残った人々は自分の快楽を削ることなく、地球環境を再生することが可能になる。世界人口の一割にも満たない金満家たちは、家族と親類全員にワクチンを買い与え、大きな核シェルターに避難した。ワクチンもシェルターも持たない貧乏人たちは、症状が出ると病院に駆け込むが治療法はなく、生存率五十パーセントのグループに入る強運を期待するだけだった。高齢者や子供などの抵抗力のない人々はもちろん、丈夫な若者も過剰な免疫反応が起こって次々と死んでいき、デジタル化された脳データだけが残されていく。それらは将来の再生を期待されながら、記憶媒体の中に保存された。これら有象無象の脳情報は、支配階級にとって価値がないと判断されれば、良くて塩漬け、悪くて廃棄処分だろう。政府の約束など誰も信じてはいないが、溺れた者は藁をも掴むというわけだ。肉体の死だろうが永遠の精神だろうが、そんな難しい話は置いといて、とにかく死にたくなかったのだ。


 チカⅡは着水から三日後、サン・フランシスコに上陸した。このときすでに、チカが地球に持ち込んだウイルスが猛威を振るい始めていた。街の薬局は破壊され、いろんな薬が略奪されていたが、そんなものは焼け石に水だった。病院には長蛇の列ができたがすでに病床は満杯で、人々は廊下や玄関先でバタバタと倒れていった。道路にも多数が倒れ、車が通れない状況になった。中には人を轢きながら走る車もあった。人気のない砂漠地帯に逃げようとする連中だった。ブルドーザロボが出て、路上の死体や、死にかけた連中を道路わきに押し出した。その後ろには町から逃げ出す車が長々と続き、先頭車両の緩慢さに痺れを切らしてしきりにクラクションを鳴らすが、ブルドーザロボは黙々と仕事を続けていた。
 中には船で逃げようとする連中もいた。桟橋に係留していた船は客も乗せずに次々と出港していった。ほとぼりが冷めるまで洋上に停泊していようというわけだが、ウイルスは風に乗って船までやってきて、甲板の人々に襲いかかった。乗船できずに取り残された人々は、桟橋の上で倒れていった。高熱の患者たちは海の中に入る者も多かったが、気を失って沖に流された。


 チカⅡは落ち着いた態度で、阿鼻叫喚の巷と化した町を通り抜け、車を失敬して砂漠地帯へ向かっていた。彼女はヨカナーンから命令を受けていた。パームスプリング近くにヨカナーンのオリジナルが収容されているというのだ。彼女はヨカナーンのオリジナルに会って、その考えや意向を聞き、戦略的な調整を図らなければならなかった。
 一方チカのほうは、ロボ・パラダイスの仲間たちを五十人集めて、岩の下の秘密集会所で地球帰還のための戦略会議を開いていた。そこにはエディもキッドもピッポも参加していた。彼らは通信機能付きの眼球を外して海に捨ててしまい、代わりにロボット廃棄場からくすねた眼球を入れていた。三人はポールから託された仕事を途中放棄したのだ。この会議には、チコも初めて参加した。彼も地球への帰還を望んだのだ。
 チカは、地球からの訪問客を乗せた宇宙船を乗っ取り、地球に帰還することを提案し、全員が賛同した。彼らの目的は、地球に保管してあるワクチンをできるだけ多く人々に開放することだった。
「私たちの目的は、地球で人間たちと一緒に暮らすことにあるのよ。生身の人間と死んでAIになった人間が、仲良く暮らしていける社会を創るの。そのうち『死』という言葉はなくなって、人類は永遠の命を得ることになる。地球を一部の特権階級だけの星にしてはいけないわ」
 古代の社会では神と人が混在していたが、いまはAIと人が混在する社会だ。人は死を迎えるとパーソナルロボットとなって再生する。それは蝉の幼虫が地表に出て羽ばたくようなもので、形体は違っても同じなのだ。しかし特権階級は地球を自分たちの領分だと決め付け、庶民を強制的にAIに変換させ、地球の生態系から追い出そうとしている。無数の個人がそれぞれの欲望を満足させるために走ってきた地球温暖化ロードをガラガラポンするために、少数の特権階級は「サタン・ウィル」という手荒な手段を採用したのだ。
この会議には、月の裏側からノグチという名のパーソナルロボが参加していた。彼はチカⅡたちにサタン・ウィルを渡した科学者の一人だった。彼はワクチンの製造が地球を周回する宇宙ステーションで行われているという極秘情報をばらした。地球に帰還する前に、そこから多量のワクチンを強奪することで、万が一地球での強奪作戦に失敗しても、ある程度のワクチンは確保できる。もちろんワクチンの数は足りないが、一緒に製造データを持ち出せば、巷の製薬会社で大量生産も可能だというのだ。
「革命を起こすのよ!」
 チカが手を壁にかざすと、秘密の扉が開いて武器庫が現われた。仲間たちは次々にレーザー銃を受け取り、秘密集会場から飛び出ていった。


(つづく)




響月 光(きょうげつ こう)

詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




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