詩人 響月光のブログ

詩人響月光の詩と小説を紹介します。

ネクロポリスⅩ & 恐るべきリケジョたちⅡ

ネクロポリスⅩ


老人は天まで届くような巨木の下に佇む
首なし兵隊に誰何された
「昔、貴方の敵兵でした」
「ここはキリングフィールドさ。君たちが射止めた連中は
大地に帰って木々の栄養になったんだ」
兵隊のされこうべは、ヤゴの指輪になっていた


破壊され
忘れ去られたあとに
無数の巨木の芽が
ぶち割られた髑髏の隙間から
勝ち抜くための糧を得ながら
太陽に届こうと必死に伸びるのさ


嗚呼、死ぬか生きるかの瀬戸際で
立ち止まって後ろを振り向くと
眉間から脳漿とともに飛び出した熱い鉛は
二千年前の年輪に食らいついて
あと二千年巨木をおかし続ける
一瞬たりとも醒めるな!
一秒のシニズムが敗者となる宇宙の論理
草木も獣もすべてが必死になる灼熱の昼下がりは
魂という電磁波が蒸発するに相応しい草刈場だ


それは質量のないニュートリノ?
いいや、この世に質量のない物質は皆無となれば
魂は得体の知れない幻影というべきだ
だからこそ、過去も未来も、喜びも悲しみも、愛も憎しみも
捉まえ切れずにすっかり消えていく 何処へ?
波動となって宇宙のそのまた宇宙へ……


されこうべよ、果報者
見るものに不気味な感傷を引き起こす白濁
得体の知れない物体よ……
得体の知れない本質よ……




響月 光(きょうげつ こう)


詩人。小熊秀雄の「真実を語るに技術はいらない」、「りっぱとは下手な詩を書くことだ」等の言葉に触発され、詩を書き始める。私的な内容を極力避け、表現や技巧、雰囲気等に囚われない思想のある無骨な詩を追求している。現在、世界平和への願いを込めた詩集『戦争レクイエム』をライフワークとして執筆中。




響月 光のファンタジー小説発売中
「マリリンピッグ」(幻冬舎)
定価(本体1100円+税)
電子書籍も発売中




世にも不愉快な物語
恐るべきリケジョたちⅡ


 翌日の朝は約束の時間にマイクロバスがやってきて全員が乗り込み、あとから軽トラックで二人の作業員がきてダンボールの家々を解体し、きれいさっぱり自然の河原に戻していった。バスが到着したのは山奥のプライベートな植物園だった。広大な敷地の四分の一程度を無料公開しているが、来場者なんぞほとんどいない。ずっと奥の見えない場所に、金持ちが入る保養所のようなゴージャスな研究施設があって、一〇人はそこに収容された。植物園も研究施設もミドリの所有で、どうやら彼女は大金持ちらしい。
 建物は厳重に警備されていて、共同研究者の医師一人と看護師の女性が三人いるだけで、ほかの人間はだれも入ることは許されていなかった。もちろん治験者の一○人はこの建物内に収容され、まずは浴場に通されて体を洗い、検診着のようなユニフォームを与えられて二階のホールに案内された。
 一〇〇人ぐらいは食事ができそうな大部屋だ。バイキング方式だが、大きなテーブルの上にバラエティーに富んだ豊富な料理が用意されていた。加えてウィスキーから日本酒、ビール、焼酎等々、アルコール類まであったのには全員が驚かされた。ここ一、二年満足に酒を飲んだこともない連中だから、思わず顔を見合わせニヤリとした。
 久しぶりの豪華な料理と美味い酒に舌鼓を打ち、満腹感に浸っていると、ミドリが出てきて話し始めた。
「これからお話しすることはインフォームド・コンセントですが、すでにご契約いただいたわけですから、お聞き流してくださってもけっこうです」


 タコ以外はほとんどだれも聞いていなかった。難しすぎて細かいことは分からなかったのだが、大雑把なことはタコにも理解できた。要するに、これから地球はますます食糧不足になって、増え続ける人間を養うことができなくなる。で、当然のこと戦争が起きて、世界中が大変なことになるが、その最悪な未来を回避できる唯一の方法がミドリの研究する人間改造なのだという。
 ミドリはひと通り話し終えると、もう一度実験の利点をアピールした。
「人類の脳の進化は、すでに数万年前に止まっているのです。でも、肉体的な進化の余地はまだまだ残されています。私たちが研究している新しい人間は、エネルギーの基となるでんぷんを体内で自ら生み出すことが可能なんです。つまり、食べ物を摂らなくても生きていけるんですから、みなさんの最大の悩みである空腹感からも解放されます。人類から飢餓が一掃されるんです」
「そいつは夢のような話だぜ」と、毎日夢しか見ないヤスが大きな声を上げた。ひさし振りに酒を飲んだので、かなり酔っ払っている。
「しかし、こんな美味い食事をできないのもしゃくにさわるな」とトメ。
「それは大丈夫ですわ。胃袋はちゃんとありますから、美味しいものはいつでも食べられるんです。でも、食べる必要はありませんけどね」
「いいんだよ。こんな豪華な食い物にありつけるチャンスなんか、もう二度と来やしないんだからな。残飯食いの生活に戻るより、腹がへらなくなったほうがありがたいさ」
 タコはそういって、ミドリにウィンクした。ミドリは微笑みながら優しい眼差しをタコに向けて、しばらくの間逸らそうとしなかった。タコは赤い顔をますます赤くして、ミドリの愛らしい顔を一生懸命脳裏に焼き付けようとした。
〝ようし、今夜も夢の中でこいつとセックスだ〟


 ミドリの話が終わると、ミドリに負けないぐらい素敵な皮膚科のマコ先生が話を始めたが、みんな酔っ払っちまって、意識朦朧としている。ミドリは植物学者だが、マコは医療行為ができるので、実際に臨床を行うのは彼女のほうだ。マコは実験のプロセスを一通り説明したあと、「さて、明日から始まりますので、今日は豪華な個室の柔らかいベッドでゆっくりお休みください」といって、晩餐会はお開きとなった。




 明くる日の朝、全員が二日酔い状態の中で、一人ひとり処置室のような部屋に呼ばれて少しばかり尻の皮を剥ぎ取られた。ここから幹細胞を取り出して培養するという。それから一カ月ほどは、三食付きの優雅な生活が続き、昼と晩にはアルコールが飲み放題というわけで、ほかになにもすることのない連中だからすっかりアル中状態になっちまった。  もっとも一〇人が一〇人、もともとアル中で、酒を買う金がなくて我慢していたんだからタダ酒が飲めるとなると際限がなくなる。昼間っぱらから赤い顔して、施設内をフラフラ徘徊する。もちろんタバコも吸い放題。路上のシケモクを吸うよりゃよっぽど健康的だ。マコにいわせると、狭い場所でストレスを溜めるよりか、好き放題にしていたほうが臨床実験には良いコンディションが得られるとのことだが、実際は皮膚移植の拒絶反応を弱めるために、免疫力を低下させるのが狙いだった。


「俺たち天国にいるんじゃない?」とゾウが絆創膏の貼られた大きな尻を搔きながら感慨深げにいった。豪華な食事と高級ウィスキーやタバコ類、それに優雅な個室に寝心地のいいベッド。おまけに二人の先生と三人の看護師はどれもとびきりの美人ときてる。こんなのは夢か天国か高級クラブかのどちらかに違いないとなれば、天国を選ぶのは当然のことだ。全員が夢でないことを確信できたのは、ひとつの欲望だけが満たされていないこと。毎晩先生たちと寝ることができるのは夢の中で、そいつだけが口惜しかったからだ。


 しかし、天国があれば地獄もある。彼らは地獄の話を聞かされなかったと主張するだろうが、契約書にはちゃんと書かれていて、ちゃんと判を押している。入所から一カ月後にとうとう地獄の釜が開くことになった。本格的な臨床実験が始まったのである。
ミドリは切り取った皮膚から幹細胞を取り出し、高度なバイオ技術を使って小麦の遺伝子を組み込んだ。これを三週間かけて、特殊な培養床で移植用の皮膚の大きさまでに培養したが、そいつは一センチ四方の基から一平米にまで大きく育っていた。
 いよいよ移植手術である。けっこうな大手術なので、一日二人が限度で、全員の手術が終わるまでは五日ほど要した。試験台は全身麻酔をかけられ、まず移植部分の皮膚が全身にわたり二〇カ所剥がされ、二〇分割された移植用皮膚が次々に貼り付けられていった。一人四時間ぐらいかかって手術が終わると、すぐに無菌室に運ばれ、移植部分が定着するまで絶対安静となった。
 最終日まで残ったのはタコとモツ。仲間と呼べるほど親しくはないが、ほかの連中が二人ずつコンビで忽然と消えていくのは、二人にとっても不気味な感じだ。しかもここ数日、先生方を見かけることがなかった。タコとモツの世話をするのはモナという若い看護師一人だけで、ほかの看護師もどこかへ消えちまった。タコは不安になってモナに聞いた。
「いったいみんな、どこへ消えちゃったんだい?」
「一日二人ずつ手術をしているんです。先生たちは手術で忙しくて、ここに来る時間もないんです」
「そんなに大変な手術なのかい?」と、モツが不安そうな目つきでたずねた。
「いえ、一〇分くらいの簡単な手術です。光合成のできる皮膚を移植するお話は、もう知っていらっしゃいますよね」
「ああ、体内ででんぷんができるから、メシを食う必要がない」とタコ。
「そいつはソーラーパネルのようなものかな?」とモツ。
「いいえ、それ以上のものです。移植は簡単ですけど、皮膚は外から侵入するばい菌を遮断する関所ですからね。完全にくっ付くまでは、無菌室に隔離する必要があるんです。五日間ぐらい入っていれば、もとのようになって、みなさんここに帰ってこれますよ」
「へえ、五日間禁酒禁煙かい?」
 モツはいって、顔をしかめた。ただでさえ皺だらけの顔が、丸めた紙くずのようにクチャクチャになった。
「少しばかりのガマンです。お酒を飲むと皮膚の定着が遅くなるんです。そろそろ肝臓を休めてもいい時期ですしね」といって、モナは可愛らしくわらった。

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